刑法(虚偽告訴罪)

虚偽告訴罪(3)~「『人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的』とは?」「刑事又は懲戒の処分を受けさせるという結果発生の認識の程度は、未必の認識で足りる」を説明

 前回の記事の続きです。

「人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的」とは?

 虚偽告訴罪は、刑法172条において、

人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴、告発その他の申告をした者は、3月以上10年以下の拘禁刑に処する

と規定されます。

 この記事では、「人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的」を説明します。

「刑事の処分」とは?

 「人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的」における「刑事の処分」とは、刑事上の処分を指します。

 刑事上の処分とは、具体的には、

・有罪判決

のほか

も含みます。

 また、学説の見解として、

  • 本罪が捜査から審判にいたるまでの国家的法益の侵害とその過程における個人の私生活の平穏を侵害するものであるとの立場から、逮捕、勾留、留置等の処分も含めるべきであるとの見解
  • 個人的法益について、不当に捜査・調査手続の対象とされない利益であると解する立場から逮捕・勾留等の強制処分や起訴猶予処分を含むとする見解

があります。

「懲戒の処分」とは?

 「人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的」における「懲戒の処分」とは、

公法上の監督関係に基づいて職務規律維持のために科される制裁

をいいます。

 例えば、

が該当します。

過料処分は「懲戒の処分」に含まれるか?

 過料処分が「懲戒の処分」に含まれるか否かについては、肯定説と否定説があります。

 肯定説は、過料も国家の強制力によって国民の財産を奪う行為であり、虚偽申告によって国家的法益と個人的法益が侵害されること及び過料も行政罰の1つであることから懲戒に含めるべきであるとする説です。

 否定説は、刑事の処分との均衡上、公法上の特別権力関係による制裁に限られるので、過料処分は除外するヘきであるとする説です。

外国の処分は含まれない

 「刑事の処分又は懲戒の処分」には、外国のものを含みません。

刑事又は懲戒の処分を受けさせるという結果発生の認識の程度は、未必の認識で足りる

 虚偽告訴罪の目的は、刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的であるところ、虚偽告訴罪の成否を決するに当たり、刑事又は懲戒の処分を受けさせるという結果発生の認識の程度がどの程度必要かという問題があります。

 この点につき、

  • 刑事又は懲戒の処分を受けさせる結果発生の意欲を要するとする説(①説)
  • 刑事又は懲戒の処分を受けさせる結果発生の未必的認識(未必の故意)で足りるとする説(②説)

があります。

 ①説は、その根拠を、告訴告発制度との調和を図るために、いわれなき刑事・懲戒処分を受けさせる意欲が必要であるとします。

 ②説は、その根拠を虚偽告訴罪が捜査権又は懲戒権の発動の適正を侵害する可能性をその中核とすることから、その可能性を認識して虚偽の申告をなす限り虚偽告訴罪を構成するとします。

 通説・判例の考え方は②説に拠っています。

 結果発生の未必的認識で足りるとした以下の判例・裁判例があります。

大審院判決(大正6年2月8日)

 裁判所は、

  • 刑法第172条にいわゆる人をして刑事又は懲戒の処分を受けしむる目的をもってとは、不実なる申告がその性質上他人をして刑事若しくは懲戒の処分を受けしむる結果を発生すべきことの認識をもってするの意なれば、誣告罪(虚偽告訴罪)の成立には右認識の下に不実の申告あるをもって足り、必ずしも上叙結果の発生を欲望することを要せず
  • 故に、原判決において被告らがAほか1名に対する不実の申告により同人らが刑事の処分を受くべきことを認識し、不実の申告を為したる事実を認むべき証拠の挙示ある以上、被告らが右結果の発生を欲望せる事実を認むべき証拠を明示せざるものとするも違法に非ざるのみならず、原判決援用の各証拠を総合すれば、いわゆる事実を認むるに難からず

と判示し、結果発生の意欲を要しないことを明らかにしました。

大審院判決(大正12年12月22日)

 裁判所は、

  • 苟も虚偽の申告を為すに当たり、被申告者がこれによって刑事の処分を受けるに至るべきこと事実に対する認識ある以上は、誣告罪(虚偽告訴罪)の成立を認むべきものなること本院判例の存するところにして、上叙の如き認識ある以上は、刑法第172条にいわゆる目的ありと為すべきものにして、その他特別の希望意欲の存するを要するものに非ず

と判示しました。

大審院判決(昭和2年11月7日)

 裁判所は、

  • 虚偽の申告を為すに当たり、他人がこれによって刑事又は懲戒の処分を受くることあるべしとの認識ある以上は、刑法第172条にいわゆる目的の存在を認むるに足るものにして別にその処分を希望する意思あるを必要とせざること当院判例(大正15年(れ)第1622号同年12月22日判決)の旨趣の存するところなれば、原審が第一審公判調書に被告人の供述とし証第123号の手紙を出したるは駐在巡査Kをして刑事又は懲戒の処分を受けしめたき心より出でしものあらざるが、その樣の投書を為せばK松巡査が上官より取調べを受け、右の如き処分を受くることあるやも知れずとの考はありたる旨の記載あると、証第123号に原判示の如き文旨の記載あるとにより、被告人が判示投書を為したるは、K巡査をして刑事又は懲戒を受けしむる目的をもって為したるものなることを認定したるは正当にして所論の如く証拠に拠らずして事実を認定したる違法あるものに非ず

と判示し、結果発生の意欲が不要であることを明らかにしました。

大審院判決(昭和11年3月12日)

 裁判所は、

  • 刑法第172条にいわゆる目的とは不実なる申告がその性質上他人をして刑事又は懲戒の処分を受けしむる結果を発生すべきことの認識を要するも該認識のほか、更に動機縁由を要する趣旨に非ず
  • 故に、同罪の成立するには叙上認識あるをもって足り、その結果の発生を希望することを要せざること同条の解釈上疑いを容れず、原判決には被告人が第一点摘録の如くAに対する不実の申告により同人をして刑事の処分を受けることあるべきを認識して不実の申告を為したる所以を証拠により認めあるか故に、被告人が更に右結果の発生を希望せる事実を認めざるも誣告罪(虚偽告訴罪)の要件に欠けるものに非ず

と判示しました。

福岡高裁宮崎支部判決(昭和31年1月25日)

 裁判所は、

  • 論旨は虚偽告訴罪(誣告罪)は目的犯であって、結果に対する意欲、少なくとも認容を必要とすると解すべきであり、本件被告人には被申告者をして刑事処分を受けしめる目的がないのにかかわらず、その目的の存在を認定したのは事実誤認であり、また被告人においてA以下2名の選挙の自由を妨害する犯意がないのにこれを認定したのも事実誤認であるというに帰するが、172条所定の目的を所論のように解釈する学説もあるけれども、当裁判所はそれと見解を異にし、同条の目的とは虚偽の申立てが刑事上の取調べを誘発し得べき程度のものたることの認識をもって足り、更に処罰の意欲、認容は必要としないと解する
  • 原判決挙示の証拠を総合すると被告人が判示虚偽の事実を申告するにいたるまでの経緯の点はともかくとして、昭和30年2月22日K警察署において同署刑事係長Yに対し、被告人がねつ造した事実を選挙違反事実として申告していることが確認できるし、該虚偽事実は被申告者に対する刑事上の取調べを誘発し得べき程度であることは明らかであるから前記目的において欠けるところはない

と判示しました。

取調べを受けさせることを目的とする場合でも虚偽告訴罪の成立が認められる

 虚偽告訴が相手方を処罰することを直接の目的とするのではなく、取調べを受けさせることを目的とするような事案において、結果発生の未必的認識を認定して虚偽告訴罪の成立を認めた以下の判例があります。

大審院判決(昭和8年2月14日)

 裁判所は、

  • 刑法第172条にいわゆる人をして刑事の処分を受けしむる目的をもって虚偽の申告を為すとは、虚偽の申告を為すに当たり、これがために他人が刑事の処分を受けることあるべしとの認識あるをもって足り、その処分を希望するの意思あること、又は、処分なる結果の発生を要せざる趣旨なりと解すべきものとす
  • 而して申告する虚偽の事実が刑事上の取調べを誘発し得べき程度にある以上は、刑事の処分を受こることあるべしとの認識ありというべく、該申告が誣告罪(虚偽告訴罪)を構成することもちろんなり
  • 原判決認定の事実は、所論の如くにしてその証拠説示中第一審公判廷における被告供述として自分はN次郎妻と駆け落ちせんと為したるも、Nに追いかけられては目的を遂行するに困難なりと思い、同人を放火の嫌疑者として警察へ引っ張らせるが得策と考え、M所有の平家及びH所有の小屋へ放火し、帰宅後、A警察署宛に本日の放火事件につきN次郎を早く取調べもらいたしと記載せし封書を郵便に出し、なお電話にて取調べ方を促したる旨及被告の第一回予審調書の自分らの駆落ちにつき、Nが追い掛け来るやも知れずと不安に思い、Nを警察に引致せしめ追い掛けること能わざらしむるように考え、急にどこか放火してこれをNの所為にするという悪い考えを起し云々との供述記載に徴すれば、被告の申告したる虚偽の事実は、Nに対する刑事上の取調べを誘発し得べき程度のものたるとともに、被告は同人が放火の被疑者として警察官の取調べを受け、ひいて刑事の処分を受くるに至ることあるべしとの認識の下に申告を為したること明白なれば、前記法条にいわゆる刑事の処分を受けしむる目的をもって虚偽の申告を為したるものに該当することを言を俟たず

と判示しました。

大審院判決(昭和12年4月14日)

 裁判所は、

  • 人をして刑事の処罰を受けしむるは特に希望するところに非ざるも、民事事件を有利に解決せしむるとして虚偽の申告を為したるときも刑法172条にいわゆる目的ありというを得べし
  • 蓋し、虚偽の申立が刑事上の取調べを誘発し得べき程度のものたることの認識ある以上は、更に処罰を希望せざるも同条にいわゆる目的の存在を認むるに足るものなればなり
  • 第一審公判調書中被告人の供述として自分の家に放火してAにその嫌疑をかけ巡査に申告すれば、Aが警察署や裁判所において取調べられ自分との民事事件につき折れて示談し来ると思いたるがAを刑務所に人れる心算はなかりしというは、畢竟、叙上のいわゆる目的の存在を認むるに足るものと解すべく、原判決が罪証に供せるも右趣旨にほかあらず
  • 故に原判決には所論の如く証拠の趣旨を変更し、又は虚無の証拠をを断罪の資料に供したる違法あるものに非ず

と判示しました。

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