前回の記事の続きです。
虚偽の告訴、告発その他の申告は、担当官署に対して行わなければならない
虚偽告訴罪(刑法172条)における虚偽の告訴、告発その他の申告は、担当官署に対して行われる必要があります。
担当官署とは、
- 刑事処分については、検察官、検察事務官、司法警察職員
- 懲戒処分については、懲戒権者又は懲戒権の発動を促す機関
となります。
以下でそれぞれについて説明します。
① 刑事処分の虚偽の告訴、告発その他の申告は、検察官、検察事務官、司法警察職員に行うことを要する
1⃣ 刑事処分の虚偽の告訴、告発その他の申告は、捜査権が与えられた機関である
- 検察官
- 検察事務官
- 司法警察職員
に対して行われる必要があります。
この点に関する以下の判例があります。
大審院判決(大正2年3月20日)
司法警察官、司法警察官の補助機関である巡査が担当官署たり得るか否かについて判示した事例です。
裁判所は、
- 他人をして刑事の処分を受けしむる目的をもって捜査権を有する官吏に対して不実の申告を為すにおいては誣告罪(虚偽告訴罪)は直ちに成立するが故に、原判示の如こく被告が他人を詐欺罪に陥れる目的をもって虚偽の事実を記載する告訴状を警察分署に提出し、捜査権を有する司法警察官に不実の申告を為したる以上は、その申告が起訴権を有する検事に到達せざる以前といえども、誣告罪は完成すべきものとす
と判示しました。
大審院判決(大正2年10月4日)
裁判所は、
- 刑事の処分を受けしむる目的をもって人を誣告(虚偽告訴)したる場合に在りては、誣告罪(虚偽告訴罪)は虚偽の申告をもって起訴又は捜査処分の開始を促すによりて成立するものなるが故に、該罪の既遂となるには、捜査権を有する官吏又はその補助機關たる官吏に対して虚偽の申告を為すをもって足れりとし、その申告が起訴権ある官庁に到達することを必要とせず
- 蓋し、巡査は独立して捜査処分を開始するの権限を有するものにあらずといえども、捜査権を有する司法警察官の補助機関にしてその指揮の下にこれが手足となりて捜査を実行kすべきものなれば、犯罪に関する申告を受けるの権限を有するはもちろん、常に必ずこれを司法警察官に報告するの職責を有し、自己の独断をもってこれが採否を決することを得ず
- 従って、巡査に対して虚偽の申告を為すは、すなわち不正に捜査処分の開始を促したるものにして、申告者の意思をもっては最早その処分の開始を防止することを得ざるものとす
- 故に誣告罪は、巡査に対して虚偽の申告を為したる時において完成するものといわざるべからず
判示しました。
2⃣ なお、公務員には告発義務があるので(刑訴239条2項)ので、公務員をして担当官署(検察官、検察事務官、司法警察職員)に告発をなさしめる意図で公務員に対し虚偽の申告を行い、その公務員がその申告を真実と誤信して担当官署に告発した場合にも虚偽告訴罪の成立を認めてよいと解されています。
虚偽の告訴、告発その他の申告は、事件の管轄区域外の捜査機関に向けられたものでも足りる
虚偽の告訴、告発その他の申告は、事件の管轄区域外の捜査機関に向けられたものでも足りると解されています。
この点に関する以下の判例があります。
大審院判決(昭和11年11月24日)
長崎県A警察署長をして刑事処分を受けさせる目的で、A署長が汚職を行った内容の不実の記載をした書面を、A署長を監督する長崎県警察部長に対して郵送せずに、誤って指揮監督権を有しない福岡県警察部長に郵送したところ、福岡県警察部長はこれを直接A署長に交付し、A署長が裁判所に虚偽告訴罪の証拠として提出した事案です。
裁判所は、
- 他人をして刑事処分を受けしむる目的をもって捜査権を有する官吏に不実の申告を為し、刑事処分に関する職権の発動を促したるときは、誣告罪(虚偽告訴罪)は直ちに成立すべく右の申告を受けたる官吏が捜査に着手したるや否やは犯罪の成立に影響を来すべきものに非ず
- しかのみならず、刑事訴訟法はその第272条(旧法)において告訴告発は検事又は司法警察官にこれを為すべき旨を規定するのみにして、犯罪の申告を為すにつき何ら土地的関係の制限をふせざるのみならず、第274条において司法警察官が告訴告発を受けたるときは、速やかにこれに関する書類及び証拠を管轄裁判所の検事に送付すべき旨を規定し、第293条第1項において検事事件その所属裁判所の管轄に属せざるものと思料するときは、書類及び証拠物と共にその事件を管轄裁判所の検事又は相当官署に送致すべしと規定し、また大正12年司法省刑事局訓令司法警察職務規範第29条は司法警察官が管轄区域外において、捜査等の職務を行う場合においては、なるべくその地の警察官に通知し齟齬なきことを期すべき旨を規定し、なお同法第32条第1項は、司法警察官に告訴告発ありたるときその管轄を定むべき原因管轄区域内に存せざる場合といえどもこれを受理すべき旨規定するに由てこれをみれば、告訴告発は必ずしも犯罪地犯人の住所等管轄の標準となるべき事由の存在する地の検事又は司法警察官に対して為すことを要するものにあらずして、いずれの地の検事又は司法警察官に対してもこれを為し得べく、これらの官吏は事件が自己の管轄区域外に在るの故をもって告訴告発を拒否することを得ざるものと解すべきが故に、本件において、被告人が長崎県A警察署長をして刑事処分を受けしむる目的をもって虚偽の犯罪事実を記載したる書面を幅岡県警察部長に郵送して不実の申告を為したること原判決認定の如くなる以上、たとえ事件が福岡県警察の管轄区域に属するものにあらざるとて誣告罪の成立すべきは当然なりというべく、また、福岡県警察部長がその後、該事件の捜査に着手したると否とは犯罪の成立に何らの関係を有せざるものとす
- 果たして然らば、原審が被告人の所為を刑法第172条、第169条に問擬(もんぎ)したるは相当にして、所論の如き違法あるものというを得ざるをもって論旨は理由なし
と判示しました。
② 懲戒処分の虚偽の告訴、告発その他の申告は、懲戒権者又は懲戒権の発動を促す機関に行うことを要する
懲戒処分の虚偽の告訴、告発その他の申告は、懲戒権者又は懲戒権の発動を促す機関に行うことを要します。
この点に関する以下の判例があります。
大審院判決(明治45年4月12日)
裁判所は、
- 懲戒処分を受けしむるための誣告罪(虚偽告訴罪)は、必ずしも訴追権ある本属長官に対してこれを為すを要せず、監督権ある上官に対してこれを為すをもって足れりとする
- 苟も区裁判所書記をして懲戒処分を受けしむる目的をもって虚偽の申告を為すにおいては、該申告はその書記所属の区裁判所の監督判事に対してこれを為したる場合はもちろん、その区裁判所を管轄する地方裁判所の長に対してこれを為したる場合においてもまた誣告罪(虚偽告訴罪)を構成するもなること疑いを容れるべからず
- されば原判決において被告が千葉区裁判所八幡出張所主任書記Sをして懲戒処分を受けしむる目的をもって千葉地方裁判所長に対し虚偽の申告を為したる本件第ニの所為を誣告罪に問擬したるは相当
と判示しました。
大審院判決(大正2年7月9日)
裁判所は、
- 懲戒処分を受けしむる目的をもって為す虚偽の申告が誣告罪(虚偽告訴罪)を構成するには、必ずしも懲戒処分を審査決行する職権あり本属長官に対しこれを為すを要せず、下僚吏員の行為を監視しその服務規律違背を本属長官に具申して懲戒処分を促すの職権を有する者に対してこれを為すをもって足れりとす
- 而して、監督権ある上官は、その所属官吏に対し懲戒処分を為すを要すと認むるときは、事情を具してこれを本属長官に通告すべき義務あること官吏服務規律第16条の規定により明らかなれば、苟くも虚偽のの申告を受けたる者が、懲戒せらえるべき本人に対し、監督権ある吏員なること明らかなる以上は、該申告は刑法第172条の誣告罪を構成するに足るといわざるべからず
- 而して、鉄道院所属鉄道踏切番は、法令の規定により職務に従事する公務員にして保線区主任の指揮監督を受ける者なること鉄道係員職制第1条第25条條保線区主任服務規程第4条墜道番、橋梁番及踏切番服務規定第1条により明らかなるをもって、踏切番に関し、保線区主任に為したる虚偽の申告は、その懲戒処分を目的とする場合において誣告罪を成立せしむべきは当然なりというべし
- 然らば、原院がその判示の如く鉄道院所属山陽線三原町仙場町踏切番たるFをして免職処分を受けしむる目的をもって、Fが鉄道院所有の石材枕木を窃取売却したるとの不実の事実を認めたる匿名書状を踏切番監督の職権を有する糸崎保線区主任に宛て郵送到着せしめたる被告の所為を誣告なりとし、刑法第172条、第169条に問擬したるは相当
と判示して、懲戒処分の権限ある者に対してのみならず監督権ある上司に対して申告すれば虚偽告訴罪が成立するとしました。