自動車運転死傷処罰法

自動車運転死傷処罰法(5)~「進行の制御が困難な高速度での走行による危険運転致死傷罪(2条2号)」を説明

 前回の記事の続きです。

進行の制御が困難な高速度での走行による危険運転致死傷罪(2条2号)の説明

 危険運転致死傷罪(自動車運転死傷処罰法2条1号~8号)の2条2号の行為態様である

「進行の制御が困難な高速度での走行」

について説明します。

「進行を制御することが困難な高速度での走行」とは?

 「進行を制御することが困難な高速度での走行」とは、

速度が速すぎるために道路の状況に応じて進行することが困難な状態で自車を走行させること

を意味します。

 例えば、カーブを曲がることができないような高速度で自車を走行させることが該当します。

 本罪においては、当該速度で運転を続ければ、車両の構造・性能等の客観的事実に照らし、ハンドルやブレーキ操作のわずかなミスにより

自車を進路から逸脱させることとなるような速度

で自車を走行させたか否かが問題となります。

 なので、「進行を制御することが困難な高速度での走行」したか否かの判断は、基本的には、

カーブの状況などの具体的な道路の状況

によることとなります。

 危険運転致死傷罪は、故意犯である(過失犯ではない)ことに鑑みると、個別的な人や車の動きなどの対応の可能性自体は、「進行を制御することが困難な高速度での走行」したか否かの判断の考慮の外に置かれるべきとされます。

これは、そうでなければ速度超過に起因する単なる過失犯(過失運転致死傷罪:5条)と危険運転致死傷罪との区別が不明となりかねないことによります。

 この点、例えば、「直線道路」において速度違反をし、前方不注視が原因で前方を走行する車両に追突した場合については、通常、車両の速度が、進行を制御することが困難な速度にはいたっていないため、危険運転致死傷罪に当たらないことが多いものと考えられています。

実際の裁判例では、湾曲した道路を、高速度(具体的な道路状況等により異なる)で走行したため、ハンドル操作の自由を失い、自車を暴走させた場合が危険運転致死傷罪に該当すると認定されているものが多いです。

裁判例

 裁判例は以下のものがあります。

道路がカーブしている事案

水戸地裁土浦支部判決(平成14年11月1日)

 最高速度時速50キロメートル指定の左カーブにおいて、普通乗用自動車を時速約110キロメートルで走行させ、路外の河川敷転落させるなどした事案で、危険運転致死傷罪の成立を認めました。

横浜地裁判決(平成14年10月31日)

 酒気を帯びて普通乗用車を運転中、最高速度時速40キロメートル指定の右カーブを時速約78キロメートルで走行させ、対向車線に暴走させて対向車両に衝突させるなどした事案で、危険運転致死傷罪の成立を認めました。

徳島地裁判決(平成14年10月25日)

 最高速度時速50キロメートル指定の右カーブにおいて、普通乗用車を時速約120~130キロメートルで走行させ、対向車線に進入させて対向車両に衝突させるなどした事案で、危険運転致死傷罪の成立を認めました。

青森地裁八戸支部判決(平成14年10月15日)

 最高速度時速50キロメートル指定の左カーブにおいて、普通乗用車を時速約110キロメートルで走行させ、右斜め前方に暴走させて対向車両に衝突させるなどした事案で、危険運転致死傷罪の成立を認めました。

函館地裁判決(平成14年9月17日)

 酒気を帯びて普通乗用車を運転中、最高速度時速40キロメートル指定の左カーブを時速100キロメートルを超える速度で走行させ、路外の街路灯等に激突させるなどした事案で、危険運転致死傷罪の成立を認めました。

直線道路の事案

道路が直線である場合には、進行の制御が困難な高速度で走行したことにより事故が起きたのではなく、運転操作の誤り等により事故が起きたとして、危険運転致死傷罪の成立が否定され、過失運転致死傷罪5条)の成立が認められるのが通例です。

 この点に関する以下の裁判例があります。

千葉地裁判決(平成28年1月21日)

 危険運転致死罪の「その進行を制御することが困難な高速度」に該当するかどうかを判断するに当たり考慮すべき道路状況等には、他の自動車や歩行者の存在は含まれないとして、直線道路における「進行を制御することが困難な高速度での走行」による危険運転致死罪の成立を否定した事例です。

 事案は、被告人が飲酒運転をしてB運転車両の衝突する事故を起こしたが、その場から逃走した上、Bからの追跡から逃れるため、最高速度が時速50kmと指定されていた直線道路を、背後を気にして前方左右を注視せず、進路の安全を十分確認しないまま、時速約120km程度で進行した過失により、対向右折しようとしているC運転の原動機付自転車に自車を衝突させ、Cを死亡させた事案です。

 裁判所は、

  • 危険運転致死罪の「その進行を制御することが困難な高速度」とは、自動車の性能や道路状況等の客観的な事実に照らし、ハンドルやブレーキの操作をわずかにミスしただけでも自動車を道路から逸脱して走行させてしまうように、自動車を的確に走行させることが一般ドライバーの感覚からみて困難と思われる速度をいい、 こでいう道路状況とは、道路の物理的な形状等をいうのであって、他の自動車や歩行者の存在を含まないものと解される
  • これに対し、検察官は、前記の道路状況には、道路の物理的な形状等のほか、歩道・路側帯や路外の施設の有無、それに応じた横断歩行者車両の存在可能性等も含まれると主張する
  • しかし、前記「進行を制御することが困難な高速度で走行」した状態は、その語義として、物理的な意味で 自動車の制御が困難になった状態をいうものと解され、これに検察官が指摘するような考慮要素への対応 が困難になった状態まで含まれると読み取るのは無理である。その他立法の経緯や過失運転致死傷罪との関係を考慮すると、検察官の主張は採用できない
  • 第ニ事故の現場付近の道路はほぼ直線であり、被告人が第ニ事故の現場手前における車線の減少に対応して車線を変更しながら、事故発生までの間、自車の車線を逸脱することなく走行していることは明らかであ る。そうすると、被告人が時速約一ニ〇km程度で本件車両を走行させた行為は、「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」には当たらない。よって、第四の事実については、危険運転致死罪は成立せず、過失運転致死罪が成立するにとどまる

と判示し、危険運転致死罪の成立を否定し、過失運転致死罪が成立するとしました。

速度についての故意

 進行の制御が困難な高速度での走行による危険運転致死傷罪が成立するためには、

速度が速すぎるために当該道路状況等に応じて進行することが困難な状態で走行していたという認識

を有していたことが必要です。

 具体的には、進行の制御の困難性を基礎づける事実の認識として、例えば、

  • ハンドルのぶれや車体の揺れがあったこと
  • 速度計により道路状況に応じて進路を維持するのが困難と思われる速度が表示されていたこと
  • 他車より著しく速かったこと

などの認識を要します。

 被疑者にとって全く意外なところで道が曲がっていたときには、通常この認識は否定され、他方、山道のように当然カーブが多数あることを予想しているときにはこの認識を認めやすいとされます。

 この点に関する故意が問題となり、速度についての故意が認定された事案として、以下の裁判例があります。

函館地裁判決(平成14年9月17日)

 裁判所は、

  • 被告人の危険運転行為についての故意の存否についてみると、危険運転致死罪は故意犯であるから、被告人に、「進行を制御することが困難な高速度」であることの認識が必要であるが、その内容は、客観的に速度が速すぎるため道路の状況に応じて車両を進行させることが困難であると判断されるような高速度で走行していることの認識をもって足り、その速度が進行制御が困難な高速度と判断されることの認識までは要しないと解すべきである
  • これを本件についてみると、関係各証拠によれば、①被告人は、本件現場に至るまで、国道上を時速100キロメートルを超える速度で走行していることを認識しながら本件車両を本件現場に向けて進行させていたこと、②被告人は、過去に何度も本件カーブを通行した経験から、本件カーブが急であり、本件カーブを通過できる限界速度は時速80キロメートルくらいであると思っていたことから、本件カーブを通過する際には適宜減速して通過するつもりであったこと、③ところが、被告人はスピードメーターなどに気を取られ、本件車両が本件カーブに近づいていたことを、その直前になって初めて気付きブレーキをかけたものの、間に合わずに本件事故に至ったことが認められる
  • してみると、被告人としては、前記のとおりの本件現場付近の道路状況を認識し、その上で、同所を安全に進行することはできない速度である時速100キロメートルを超える高速度で走行していることを認識しながら本件現場に向けて進行し、本件カーブを通過可能な速度まで減速するという進行制御をすることができずに、そのままの速度で本件現場に至って本件事故を惹起させたのであるから、被告人が、本件当時、客観的に進行を制御することが困難と判断されるような高速度で、本件車両を走行させていたことを認識していたことは優に認められる

と判示し、速度について故意を認定し、危険運転致死傷罪が成立するとしました。

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