道路交通法違反

酒気帯び・酒酔い運転(4)~「呼気検査」を説明

 前回の記事の続きです。

呼気検査

 道路交通法違反(酒酔い運転)と道路交通法違反(酒気帯び運転)の証拠保全は、基本的に、任意検査として、

  • 呼気検査(飲酒検知器によってその者の呼気中に保有するアルコールの程度を測定すること)
  • 酒酔い・酒気帯び鑑識カードにより、その者の言語、歩行能力等の外観的観察によること

によって行われます。

 運転者が任意検査を拒否した場合は、強制検査として、

  • 強制採血又は強制採尿によってアルコール保有量を測定すること

によって証拠保全をはかることになります。

 この記事では、「呼気検査」について説明します。

呼気検査におけるうがいの要否

 呼気検査を行う前に、水でうがいをするのが通常です。

 これは

  • 呼気検査の数値をより正確になものにすること
  • 後から「呼気検査の数値が正確ではない」などと争われないようにすること

が目的としてあります。

 ただし、呼気検査を行う前に水でうがいをしなかったとからといって、呼気検査の結果が必ずしも否定されるものではありません。

 この点に関する以下の裁判例があります。

東京高裁判決(昭和45年5月19日)

 裁判所は、

  • アルコールの身体保有量の点について、本件飲酒検知器による酒気帯び程度の検査結果は、呼気1リットルにつき1.00ミリグラムのアルコール保有量を示しているが、右検査に際しては、被告人にうがいをさせずに呼気を採取して検査したので、口中の唾液等に含まれたアルコールの影響を受け呼気中のアルコール保有量を正確に示したものではないから、うがいをさせた後、呼気を採取する正しい検査方法によれば、当然その保有量は右検査結果を下回ったはずであると主張する
  • そこで検討するに原判決挙示の関係証拠並びに当審における事実取調べの結果によれば、本件においては飲酒後一時間半以上を経た後の検知であり、呼気中のアルコ ール分のピークは、所論のごとく飲酒後一時間であるから、原審における「呼気による酩酊後の検査について」、「回答書」、「口中アルコール濃度測定」という各書面の記載によっても、うがいをさせると、させないとで検知の結果に相違はないことが認められる
  • なお、飲酒後30分においては、うがいをさせた直後の呼気中のアルコール分は僅かに減少するが、それはやがてもとにもどるので、うがいをさせても、させなくても検知の結果には、 実質的に差異がないことは、当裁判所における過去の事件審理の結果においても顕著な事実である

と判示しました。

東京高裁判決(昭和51年12月22日)

 裁判所は、

  • 呼気検査前のうがいは、口腔中のアルコールの影響で検査の結果が不正確になるのを防止するためであるから、飲酒を終えてから検査に至るまで3時間を経過し、その間嘔吐したことを疑わせる事情が全くない以上、うがいをさせなかったことが、検査結果を不正確にしたという疑いは存しない

と判示しました。

京都簡裁判決(昭和56年10月13日)

 裁判所は、

  • 一般に呼気アルコール測定の方法は、呼気採取に先立ち口中に残存するアルコール分の混人を防止するため被検者にうがいをさせた後これをなすべきものであるが、飲酒後15分以上経過するとその影響は僅少となるため少くとも飲酒後30分以上経過したと認められるときは、右手続を省略することも慣行とされているようであるが、飲酒後1時間を経過してもその影響が皆無となることのないのは、警視庁の東京高等検察庁からの依頼により作成した昭和42年9月1日付鑑定書によっても明らかであるばかりでなく、飲酒後暖気、嘔吐があったときは、経過時間にかかわりなく測定値に影響を与える可能性があることもまた同鑑定書の指摘するとおりである
  • しかるところ本件は、飲酒後数分ないし20分以内の経過した時点で、うがいをさせないまま呼気検査を施行したものと認められる以上、右測定は不正確であり、これによっては当時真に被告人が身体に保有したアルコールの程度を測定したものと断定することはできない

と判示しました。

仙台高裁判決(昭和62年11月12日)

 裁判所は、

  • 所論は、被告人にうがいをさせずにアルコール検知調査を実施したことは、適正手続を欠き鑑識カードの証拠能力を失わせるものであると主張するが、被告人が飲酒を終えてスナックを出たのは、昭和61年5月1日午後11時30分ころであって、その後事故を起こして検知調査を受けるまで全く飲酒しておらず、調査を受けたのは、同月2日午前0時29分であり、飲酒終了後調査まで約1時間を経過したこと、及び口腔内に残留する酒類は30分経過後は、おう吐など特別な条件がなければ、北川式飲酒検知器(飲酒検知管SD型使用)による検知結果に及ぼす影響を考慮する必要はないことが認められる
  • 右の事実によると、アルコール濃度の検知調査当時、事前に被告人にうがいをさせなかったとしても適正手続を欠くとはいえず、鑑識カードの証拠能力を失わせるものとはいえない

と判示しました。

たばこを吸った後の呼気検査の正確性

 たばこを吸った後の呼気検査の正確性について判示した以下の裁判例があります。

東京高裁判決(平成2年2月20日)

 裁判所は、

  • 呼気検査前に喫煙していても測定値に影響が現れるのは、たばこの煙が直接検知管に入ったようなときであり、喫煙後2分も経過すれば、その影響を無視して差し支えない

と判示しました。

呼気検査の証拠能力

 呼気検査は、鑑定又は実況見分の性質を有するものです。

 裁判では、一般的に、

  • 呼気検査で使用され、アルコール保有量が測定された検知管

   又は

  • 検知管に表示されたアルコール保有量を記載された書面(酒気帯び検知表など)

が証拠として提出されます。

 呼気検査の証拠能力が問題となった裁判例として以下のものがあります。

福井地裁判決(昭和56年6月10日)

 A巡査作成の酒気帯び検知表は、A巡査が病院の寝台に意識不明の状態で寝ていた被告人のロもとから、その承諾を得ることなく、直接飲酒検知管を通して呼気を吸人採取するという方法によって作成したものあることから、その任意性が争われた事案です。

 裁判所は、

  • 本件呼気採取は、被疑者の酒臭によって生じた酒酔い運転の罪の嫌疑に基づき行われ、その体内のアルコール濃度が時間の経過とともに急速に消失するおそれがあり、早急に検査を実施する必要があったこと、その呼気採取方法は風船によるものより、その結果が被疑者に不利に働く許される範囲内のものと認めるのが相当である

と判示しました。

浦和地裁越谷支部判決(昭和56年11月6日)

 裁判所は、

  • 本件呼気採取の方法は、自然の呼気にともなって排出される呼気を短時間採取したものであって被告人の身体に何ら有形力を加えていないことはもちろん、被告人の意思をことさら制圧したり、被告人に苦痛を与えてもおらず、しかも尿を採取する場合のように被告人の羞恥心や名誉を侵すこともなく、また血液を採取する場合のように被告人の人権を侵害するおそれも全くなく、さらに 医師の了解のもとに行ったのであって、医師の治療行為を阻害もせず、被告人の健康状態を何らそこなうこともなかった
  • また、本件呼気採取の方法は、通常のそれに比し呼気以外の外気が混人しやすいため採取した呼気中のアルコールの濃度が外気によってうすめられ、より低く判定される可能性がより高くその結果被告人に不利に作用する危険性がなく、当時の状況から考えると最も有効適切な方法であったというべく、これに本件呼気採取の必要性、緊急性を考えると本件呼気採取は被採取者の同意がなくとも任意捜査として許されるものと認めるのが相当である

と判示しました。

福岡高裁判決(昭和56年12月16日)

 裁判所は、

  • 本件呼気採取は、意識があるのかないのかはっきり判らない状態にあった被告人から令状なしに行ったものであることは否定しがたいが、その方法は、泥酔者用の風船の吹き口の一辺を破ったものを、べッドに寝ている被告人のロの上にもっていき、自然に吐き出す息をこれに集めたもので、特に被告人がこれを拒否したり、あるいは、強制力を用いたりしたわけではないと認められるから、令状によらなくても違法であるとまではいえないと解するのが相当である

と判示しました。

東京地裁判決(平成9年6月25日)

 裁判所は、

  • 被告人は、酒気を帯び、呼気1リットルにつき0.25ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で、普通乗用自動車を運転したものであるというのであるが、被告人は喉頭がんの手術のためロ腔と肺が完全に遮断されており、前頸部下方に気管に通じる穴を開けてそこから呼吸をしていることが認められる
  • したがって、呼気検査の際に被告人が風船内に吐き出した気体は呼気ではなく、単に口から食道と胃に取り人れた空気にすぎないので、呼気検査の結果をそのまま犯罪認定の証拠に用いることは相当ではない

と判示しました。

呼気検査が拒否された場合における道交法67条3項(危険防止の措置)の適用の可否

 道交法67条3項(危険防止の措置)は、

車両等に乗車し、又は乗車しようとしている者が第65条第1項の規定に違反して車両等を運転するおそれがあると認められるときは、警察官は、次項の規定による措置に関し、その者が身体に保有しているアルコールの程度について調査するため、政令で定めるところにより、その者の呼気の検査をすることができる

と規定します。

 道交法67条3項は、67条4項に規定する無免許運転、酒酔い・酒気帯び運転などをすることの危険防止のための応急の措置をとるため必要なときに限って呼気検査を行うことができることを規定したものです。

 したがって、酒気帯び・酒酔い運転の疑いで検察官が運転者を職務質問し、呼気検査を実施しようとしたが、これを拒否された場合に、必ずしも道交法67条3項(危険防止の措置)を適用して呼気検査をできるというものではありません。

 例えば、酒気を帯びて運転していた者が交通事故を起こし、そのため、負傷して現場から病院に収容され入院したような場合は、もはや道交法67条4項の応急の措置を必要としないので、67条4項を適用して呼気検査を実施することはできません。

 道交法67条4項は、上記のような性格を有する規定であることから、原則として犯罪捜査のためには活用できません。

 しかし、道交法67条3項(危険防止の措置)の規定の要件を充足することによって呼気の検査を行った場合において、その者が身体に政令数値以上にアルコールを保有していることが判明した場合は、67条4項に規定する措置をとるほか、その検知結果を飲酒運転に関する違反の捜査のための資料として活用できるとされます。

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