道路交通法違反

道交法違反(速度違反)(5)~「緊急避難の成否」を説明

 前回の記事の続きです。

道交法違反(速度違反)における緊急避難の成否

 道路交通法違反(速度違反)において緊急避難(刑法37条)の成否が争点となった以下の裁判例があります(緊急避難の説明は「緊急避難の成立要件」の記事参照)。

 いずれの裁判例も緊急避難の成立は認められていません。

東京高裁判決(昭和40年10月6日)

 自動車運転者が乗客の医師Aから病院に急行を命じられたことをもって、刑法第37条1項にいわゆる現に危難の切迫している状態にあったとは認められず、また、法定の最高速度の遵守を期待しえない場合とも認められないとした判決です。

 裁判所は、

  • Aが病院における急用を理由に被告人に急がせた事実はこれを認めうるけれども、この事実のみをもってしては、前記法条にいわゆる「現在の危難」、すなわち現に危難の切迫している状態にあったと認めえないことは明らかであるのみならず、また一般の自動車運転者として、法定の最高速度の遵守を期待しえない場合とも認められない
  • しかも検察官の指摘する如く、被告人は原審公判廷の最終陳述において、我々運転者が40キロメートルの制限速度を守っていたのでは、実際間題として生活が成り立たないので、ついスピードを出してしまった云々と供述しているところに徴すれば、当時被告人は主観的にも、右の緊急性というが如き事情は考えていなかったと認めざるをえない
  • いずれにしても、被告人の本件犯行が緊急避難行為に該当しないのはもちろん、期待可能性のない場合に該当しないといわなければならない

と判示し、緊急避難の成立を否定しました。

福岡高裁判決(昭和47年2月1日)

 裁判所は、

  • 同乗していた妻が胃痛を訴え、顔面蒼白となり嘔吐したので、約2キロメートル先の病院まで、最高速度40キロメートルのところを98キロメートルで運転した場合、いまだもってやむを得ざるに出た行為とは認め難く緊急避難とはなし難い

と判示しました。

札幌高裁判決(平成26年12月2日)

 後続車からのいわゆるあおり行為があったため緊急避難として速度超過をした旨の被告人の弁解を排斥し、緊急避難の成立を否定した事例です。

 被告人は、

  • 速度違反(法定最高速度60キロメートル毎時を34キロメートル超える94キロメートル毎時の速度)の原因が、後続車のいわゆる「あおり行為」(対向車線での並走や後方の密着行為)によるものであった

と主張し、緊急避難の成立を主張しました。

 この主張に対し、裁判所は、

  • 原判決は、被告人の、「被告人車両が片側1車線の道路を長く大きいトラックに続いて進行する状況で、後続車が、対向車線に出て被告人車両に並ぶことを2、3回繰り返したり、2、3分間にわたり被告人車両の1、2メートル後方で密着したように迫ってきた。」旨の供述をもとに、①上記のような後続車の走行態様は、被告人が自車を道路状況や交通状況に合わせて安全に走行させることを強く制約するだけでなく、接触事故の危険性を高めるものであるから、当時、被告人の生命及び身体に対する危難が存在したというべきであり、②被告人が被告人車両を加速させて前方のトラックを追い越したことは、後続車が生じさせている前記危難から逃れるための行為であると認められるところ、係る危難を避ける現実的な方法がこれ以外に存在したことを認めるに足りる証拠はない旨判示し、緊急避難の成立を認め、被告人を無罪とした
  • これに対し、本判決は、被告人の後続車に関する供述は極めて曖昧であり、変遷していることなどから、その信用性にかなり疑問があるとした上、仮に被告人供述を前提としても、後続車が被告人車両に接近するに先立ち、後続車の運転者との間で格別の争いはもとより何の関わりもなく、後続車の上記運転状況に照らせば、後続車の運転者は被告人車両を追い越すことを意図してかかる走行方法をとったものとみるほかなく、被告人においても、そのことを優に認識していたものと認められるのであるから、そのような場合、先行する車両の運転者として、ブレーキを軽く踏んで制動灯を点灯させ、後続車に被告人車両への接近行為をやめるよう注意を喚起し、なお後続車が同様の走行方法を続ける場合には、適宜減速して左寄りに進路を変更したり、道路左端の路側帯等に退避したりして、後続車による追い越しを促すことが、常識的かつ通常の対処方法であるとした
  • その上で、本判決は、「被告人が供述する本件当時の具体的状況を踏まえても、被告人がそのような対処方法をとることは、現実的で十分に可能であったと認められ」、「本件において、被告人が本件速度超過行為に及ぶ以外に後続車の接近等を避ける現実的な方法がなかったとは到底いえず、上記のような対処をすることなく、速度超過という犯罪に出たことが、条理上肯定し得ないことは明らかであり、本件速度超過行為は刑法37条1項にいう『やむを得すにした行為』に該当しない

として、緊急避難の成立を否定し、道路交通法違反(速度違反)の成立を認めました。

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