前回の記事の続きです。
道交法違反(救護措置義務違反)の成立を否定した裁判例
道交法72条1項前段の道交法違反(救護措置義務違反)の成立を否定した裁判例として、以下のものがあります。
東京高裁判決(平成14年4月16日)
被告人が普通貨物自動車を運転して交差点を左折進行した際に、被告人車両とほぼ並進する形で進行方向左側の歩道上を進行し、そのまま横断歩道上を直進して道路を横切ろうとした被害者運転の自転車前部に自車の左側面部を衝突・転倒させたが、救護等必要な措置を講じなかった事案です。
裁判所は、
- 本件事故の態様からすると、被告人が本件自転車との衝突、接触やその後の本件自転車の転倒を音や衝撃で感知したはずであると断定することはできないことや目撃者や被告人の供述本件事故後の被告人の言動等のいずれをとっても、被告人が本件事故を認識していたことを認めるに足りる証拠はないにもかかわらず、これを是認した原判決には事実誤認があり、原判決を破棄し、救護義務違反及び報告義務違反については無罪とする
と判示しました。
東京高裁判決(平成17年5月25日)
事故現場の道路性を否定し、道交法違反(救護措置義務違反、事故の報告義務違反)の成立を否定した判決です。
※ 道交法違反は、道路上の違反を処罰するものなので、道路上ではない場所において違反行為をしても、道交法違反は成立しません。
裁判所は、コンビニエンスストア敷地内の駐車場で発生した交通事故に関し、
- 駐車場の「通路部分」については、不特定の自動車や人が自由に通行することが認められているため道路に該当するが、「駐車区画部分」は道路ではないため、救護・報告義務違反罪の適用はない(道路交通法第2条1項1号参照)
と判示しました。
横浜地裁判決(平成24年3月21日)
事故当時、被告人は是非を弁識する能力等を欠いていたとして、無罪を言い渡した事例です。
※ 是非を弁識する能力等を欠く場合(責任能力がない場合)は犯罪が成立しないことについては「責任能力とは?」の記事参照
裁判所は、
- 被告人が普通乗用自動車を運転中、自車を自転車に衝突させ、同車運転者に傷害を負わせる交通事故を起こしたが、被告人は事故当時、1型(インスリン依存型)糖尿病に起因する低血糖(無自覚・低血糖)により「分別もうろう状態」に陥っており、当時の精神状態等に照らすと、少なくとも、何かにぶつかったことにより、人が負傷したことまでも未必的にでも認識したと断定するのは躊躇され、救護義務違反の故意は認められない
- しかし、少なくとも、自車と何かがぶつかり、その結果、フロントガラスの大部分がくもの巣状に破損したことを認識し、理解していたものと認められ、事故後も相当な距離を走行し、停止や警察官らの報告をせずにそのまま走行していた事実も認識じていたのであるから、報告義務違反の故意は認められるが、自己の行為の是非を弁識する能力等を欠いていた疑いが残り責任能力を認めることができず無罪とする
と判示しました。
救護義務違反の成立は否定したが、事故の報告義務違反は成立するとした裁判例
道交法72条1項前段の道交法違反(救護措置義務違反)の成立は否定しましたが、後段の道路交通法違反(事故の報告義務違反)は成立するとした以下の裁判例があります。
大津地裁判決(平成6年4月6日)
【事案】
被告人が自動車を運転中、疲労等のため仮眠状態に陥って、信号待ちをしている自動車に追突し、当該車の運転者等に傷害を負わせた事案です。
【判決の要旨】
被告人は衝突前に仮眠状態であったが、衝突の衝撃で覚醒したとしても、疲労や頭部を打った衝撃により、事態を認識できない状態になり、そのまましばらく無目的のまま単に道に沿って運転をしていたという可能性を否定することができず、被告人には交通事故や負傷者の発生について認識があったとの証明はないことになり、事故直後の救護義務違反を問うことはできない。
しかし、何らかの交通事故の発生を認識した後においては、最寄りの警察署の警察官に事故の発生を報告する義務があり、その際の報告内容は、事故の日時場所をはっきり認識していなかった場合は、事故に気づいた日時場所と事故の詳細を覚えていない旨を報告すれば足りると考えられる。
【判決の内容】
裁判所は、
- 被告人は、捜査段階の当初から公判廷を通じて、「事故現場の約400メートル手前の地点を通り過ぎた以降の記憶が全くなく、同乗者のC子が「苦しい、車を停めて。」という声で我に帰ったときには、大津市粟津町15番地先道路を走行していた。そこで、右折してすぐの所に車を停車し、辺りを見回して石山駅の近くであることがわかった。車を降りて、初めて車が壊れていることを知った。」と供述しており、公判廷での供述態度や同様の説明を夫やC子にもしていることからみて、ことさら虚偽を述べているものとも思えない
- したがって、事故前後の被告人の内心状態に関する記憶は全くないと認めざるを得ず、前記C子の各供述調書によっても、被告人は、衝突後C子が大声で「停めて。」というまでの間、全く無言で運転していたというのであるから、事故直後の被告人の言動により、その内心状態を推認することも不可能である
- しかも、前記Eの警察官調書によれば、被告人らは本件事故現場をタクシーで通りかかる際、右事故について他人事のように驚いた様子で眺めていたことが認められ、事故後、比較的早期から前記の記憶のない状態が続いていた可能性が高い
- しかるに、前掲各証拠によれば、被告人は従来から心臓病の持病を有し、事故前日は風邪をひいていたので服薬して仕事をし、事故当時は疲労と眠気が相当たまっていたことが認められ、また平成5年1月22日付犯罪捜査復命書では、事故により被告人も右前額部を打ちつけ、額が赤く腫れるという負傷をしていたことが認められる
- これによれば、衝突時に覚醒したとしても、疲労や額部を打った衝撃により、事態を認識できない状態になり、そのまましばらく無目的のまま単に道に沿って運転していたという可能性を全く否定することができない
- したがって、被告人が事故現場から石山駅付近まで運転する途中、被告人には交通事故や負傷者の発生について認識があったとの証明はないことになり、右行為について救護義務違反を問うことはできない
- ただし、被告人は、降車した際、自己の車両が大破していることから、何らかの交通事故の発生は認識したと考えられるから、遅くとも同乗者のC子を自宅に送り届けた後、最寄りの警察署の警察官に事故の発生を報告する義務があり、被告人には報告義務の違反は認められる
- なお、この際の報告内容については、被告人が事故の日時場所をはっきり認識していなかった場合は、事故に気づいた日時場所と事故の詳細を覚えていない旨を報告すれば足ると考えられる
と判示し、道路交通法違反(救護義務違反)の成立は否定しましたが、道路交通法違反(事故の報告義務違反) の成立は認めました。