刑法(贈収賄罪)

単純収賄罪(4)~賄賂とは?③「将来の利益も賄賂の客体となる」を説明

 前回の記事の続きです。

将来の利益も賄賂の客体となる

 単純収賄罪(刑法197条)における「賄賂」とは、

  • 公務員の職務に対する不法な報酬としての利益

をいいます(詳しくは前の記事参照)。

 今回の記事では、

供与の対象となる利益は供与の時点で確定しておらず、将来に生ずるものであってもよい

ことについて説明します。

1⃣ 供与の対象となる利益は、供与の時点で確定しておらず、将来に生ずるものであってもよいし、条件に係るものであっても差し支えありません。

 この点を判示した以下の判例があります。

大審院判決(昭和8年11月2日)

 裁判所は、

  • 賄賂たる利益は必ずしも確定的なることを要せず
  • その需要欲望を充たすと否とが第三者の意思に係り、その者の承諾なくしてはその実現を見ることわざる場合においても、その第三者においてその供与を為すべきことが期待し得らるるにおいては、その機会に与えることはすなわち人の欲望を充たすに足るべき利益なりというべく、これをもって賄賂たる適性なしというべからず
  • また、賄賂の提供は賄賂たるべき利益の収受を促す行為なれば、その相手方において収受し得べき状態においてこれを促すをもって足り、従ってその利益の多寡及び現実供与の時期が相手方の意思によりて決定せらるべきことはもとより何ら賄賂の提供たることを妨げざるものとす

と判示しました。

2⃣ 供与の対象となる利益は、実現の可能性がないと認められる条件に係る場合は利益といえませんが、必ず発生するものに限らず、発生の可能性が認められるものであればよいです。

 例えば、

  • 投機的事業に参加する機会(大審院判決 大正9年12月10日)
  • 就職のあっせん(大審院判決 大正14年6月5日)
  • 将来、設立される予定の会社の株式(大審院判決 昭和7年7月1日)

なども供与の対象となる利益に含まれます。

未公開株式を賄賂としたの場合の考え方

1⃣ 新株の割当てを受けることが予定されている親引け株の割当取得が賄賂に当たり得ます。

 割当てを受ける新株が将来、上場により値上がりすることを見越して割当てが行われるものであるので、

「予想される将来の利益」が賄賂に当たるのか

それとも、そのような

「予想される利益を伴う地位又は財産の入手自体」が賄賂に当たるのか

といった様々な考え方ができるところです。

 この点、「予想される利益を伴う地位又は財産の入手自体が賄賂に当たる」とした判例があります。

最高裁決定(昭和63年7月18日)

 新規上場に先立ち株式を公開価格で取得できる利益が贈収賄罪の客体になるとされた事例ですう。

 裁判所は、

  • 証券取引所への新規上場に先立つ株式の公開に際し、上場時にはその価格が確実に公開価格を上回ると見込まれ、一般には公開価格で入手することが極めて困難な株式を公開価格で取得できる利益は、それ自体が贈収賄罪の客体になる

と判示しました。

 なお、この判例の一審判決(東京地裁判決 昭和56年3月1日)は、新規上場の公開株式の公開価格より、その上場始値が確実に上回るという実情及び公開株式が一般人にとって容易に入手できないという実態を踏まえ、

公開株式の公開価格と上場始値との差額

を賄賂と認めました。

 そして、賄賂の授受の実行行為自体は上場前に公開価格で公開株式を取得すること、又は取得させることに尽きるものであって、上場始値が公開価格を上回ることはその後の因果の流れに過ぎず、仮にこれが公開価格を下回るような事態が生じたときは結果が発生しなかったものであり、賄賂の申込み、要求又は約束に当たる場合があるにとどまるとしました。

 この一審判決は、このような場合における賄賂を将来発生する利益としたものであり、そのために実際の利益が発生した時点で賄賂の授受罪が完成するという構成を採ったものです。

 これに対し、控訴審判決(東京高裁判決  昭和59年1月17日)は、株式価格が変動するものである以上、上場始値だけを特別視する理由はないとして一審の判断を変更し、賄賂の内容を上場後の取引価格の値上がりの期待を含んだ株式受渡期日又は株式交付日に新株の株主となる地位であると認め、実際に上場後にその株価が公開価格より値上がりするかどうかは賄賂の授受の罪の成否に影響を及ぼさないとしました。

 これらの判断を経て、最高裁は、

  • 本件は、A株式会社、B株式会社その他の株式会社の株式が東京証券取引所等において新規に上場されるに先立ち、あらかじめその株式が公開された際、贈賄側の者が公開に係る株式を公開価格で提供する旨の申し出をし、収賄側の者がこれを了承してその代金を払い込むなどしたという事案であるが、右株式は、間近に予定されている上場時にはその価格が確実に公開価倍を上回ると見込まれるものであり、これを公開価格で取得することは、これらの株式会社ないし当該上場事務に関与する証券会社と特別の関係にない一般人にとっては、極めて困難であったというのである
  • 以上の事実関係の下においては、右株式を公開価格で取得できる利益は、それ自体が贈収賄罪の客体になるべきものというべきであるから、これと同趣旨に出た原判断は正当である

と述べ、公開株式を公開価格で取得できるという利益自体が賄賂に当たるとしたものです。

2⃣ 同様の判断を示した判例・裁判例として以下のものがあります。

最高裁決定(平成11年10月20日)

 未公開株式を賄賂の客体としました(リクルート事件)。

東京地裁判決(平成2年10月9日)

 NTTの代表取締役社長が、回線リセール事業等A社の新規事業に支援と協力を与えたことに対する謝礼等の趣旨のもとに リクルート関連会社の未公開株式を譲り受けたことが、日本電信電話株式会社法に定める収賄罪に該当するとしました。

 また、賄賂と追徴する場合の額の算定について、賄賂の価格は未公開株式の授受当時の価格によるべきであるとし、その価格は現実に形成された市場価格に基づき推計すべきであるとしました。

東京地裁判決(平成3年4月26日)

 N社の企業通信システム事業部長が、B社の回線リセール事業について種々の取り計らいをしたことに対する謝礼等の趣旨のもとに、B社関連会社の未公開株式を譲り受けたことが、日本電信電話会社法に定める収賄罪に該当するとしました。

 また、賄賂を追徴する場合の額の算定について、未公開株式が譲渡された当時に店頭登録後に見込まれた価格から譲渡価格を控除した差額によるべきであるとしました。

東京地裁判決(平成6年12月21日)

 衆議院議員が、就職協定に関して国会質問をして欲しい旨の依頼を受け、その謝礼の趣旨のもとに、小切手の供与を受け、会社名義の銀行口座送金を受け、未公開株を譲り受けたとして、受託収賄罪の成立を認めました。

東京地裁判決(平成9年9月17日)

 C社長室次長等であった被告人が、労働省職業安定局長や労働事務次官の職にあったJに対し、就職情報誌の発行時に対する職安法による法規制の問題及び行政指導等につき種々便宜な取り計らいを受けたことの謝礼並びに右法規制の問題等に関し、同様の取り計らいを受けたい趣旨の下に〇〇株3000株を譲り渡して賄賂を供与した行為に対し、贈賄罪が成立するとしました。

東京地裁判決(平成15年3月4日)

 新規学卒者向け就職情報誌事業を営む会社の代表者が、内閣官房長官に対し、国の行政機関が就職協定の趣旨に沿った適切な対応をするように尽力願いたい旨の請託をし、その報酬として店頭登録を間近に控えた株式を譲渡して賄賂を供与した行為について、贈賄罪の成立を認めました。

次の記事へ

贈収賄罪の記事一覧