刑法(贈収賄罪)

贈収賄罪の罪数(3)~「事前収賄罪と受託収賄罪の関係」を説明

 前回の記事の続きです。

事前収賄罪と受託収賄罪の関係

公務員となる前に請託を受けても、公務員となった後に賄賂を収受・要求・約束した場合

 公務員となる前に請託を受けても、公務員となった後に賄賂を収受・要求・約束した場合には、事前収賄罪刑法197条2項)は成立せす、受託収賄罪刑法197条1項後段)の一罪のみが成立します。

  理由は、賄賂の趣旨が請託を前提とするものであることが、当事者間の認識の範囲内であるから、請託を伴う賄賂の収受と解すべきとされるためです。

公務員となる前に請託を受けて、賄賂を収受・要求・約束し、公務員となってから、同じ請託を受けて賄賂を収受・要求・約束した場合

 公務員となる前に請託を受けて、賄賂を収受・要求・約束し、公務員となってから、同じ請託を受けて賄賂を収受・要求・約束した場合は、事前収賄罪と受託収賄罪は包括して一罪となる場合が多いと考えられています。

 しかし、具体的事実関係によっては、併合罪と解すべき場合もあると考えらえています。

公務員となる前に利益の供与を受け、公務員となった後に請託があってその利益が賄賂であることを知った場合

 公務員となる前に利益の供与を受け、公務員となった後に請託があってその利益が賄賂であることを知った場合には、利益の収受を継続する限り、その時点で、受託収賄罪が成立します。

公務員となる前に、請託と賄賂の約束・要求があり、その後、公務員となった後に賄賂の収受があった場合

 公務員となる前に、請託と賄賂の約束・要求があった場合には、公務員となった時点で、事前収賄罪が成立しますが、その後、公務員となった後に、賄賂の授受があったときには、

賄賂の授受が請託の趣旨であることが当事者間の了解の範囲内である限り、

事前収賄罪と受託収賄罪が成立し、両罪は包括して重い受託収賄罪によって処罰されることになります。

 この点につき、受託収賄罪は、就任後に請託がある場合に限るので、単純収賄罪が成立するにすぎないとする見解がありますが、事実認定の問題として、請託に基づいて賄賂の授受がある場合には、当事者間で請託があったことは当然の前提であり、

黙示の請託があるといえるのが通常

であるから、特に、事前の請託と無関係であることが明らかな場合は別として、受託収賄罪が成立すると考えられています。

現に公務員である者が、転職後の職務について請託を受けて賄賂を収受・要求・約束する場合

 現に公務員である者が、転職後の職務について請託を受けて賄賂を収受・要求・約束する場合には、現在の職務が転職後の職務権限と全く無関係な場合に、受託収賄罪が成立するのか、事前収賄罪が成立するのかという問題があります。

 公務員の職務権限が現在はなくても、将来これを担当することが客観的に可能性のある場合においては、賄賂の収受・要求・約束や請託があるのであるから事前収賄罪が成立すると解することも可能と考えることもできます。

 しかし、現に公務員である点で法文に反する面があるほか、公務員である以上、贈収賄罪の保護法益である

  • 公務員の職務行為の公正性
  • 公務員の職務行為に対する社会の一般的信頼

の侵害が認められるので、職務権限が現にないとしても、受託収賄罪が成立すると解されています。

 これは、公務員が転職後に、現在では職務権限を有しない前職について賄賂を収受した場合に収受罪が成立することと同じ側面を有します。

 この点について以下の判例が参考になります。

最高裁決定(昭和28年4月25日)

 収受の1週間後に他の税務署に転勤した場合について収賄罪の成立を認めた事例です。

 裁判所は、

  • 収受の当時において公務員である以上は収賄罪はそこに成立し、賄賂に関する職務を現に担任することは収賄罪の要件でないと解するを相当とする
  • 供与の当時において公務員である以上は贈賄罪はそこに成立し、公務員が賄賂に関する職務を現に担任することは贈賄罪の要件でないと解するを相当とする
  • この点に関し原審が転任によってその一般的職務に異同を生ずるものではないと説示したのは現在の職務関係に拘泥するものであって措辞適切を欠くものがある

と判示し、公務員の転職後、前の職務に関する収賄罪の成立を認めるに当たり、転職前後の職務の異同を問うものではないとする一般的な解釈を示した上、単純収賄罪(刑法197条1項前段の成立を認めました。

最高裁判決(昭和28年5月1日)

 この判例は、上記収賄罪の判例に対する贈賄側の判例です。

 裁判所は、

  • 贈賄罪は公務員に対してその職務に関し賄賂を供与するによって成立し、公務員が他の職務に転じた後、前の職務に関して賄賂を供与する場合であっても、いやしくも供与の当時において公務員である以上は贈賄罪はそこに成立し、公務員が賄賂に関する職務を現に担任することは贈賄罪の要件でないと解するを相当とする

と判示し、贈賄罪(刑法198条)の成立を認めました。

※ このほかの判例については単純収賄罪(12)の記事参照

 上記2つの判例の立場に立っても、従前の職務と賄賂との間には対価関係が必要であることは言うまでもないし、賄賂罪の保護法益の重要部分を公務の公正さに対する社会の信頼とみる限り、現に公務員である者が、転職前又は後の職務に関して、賄賂を収受すれば、その保護法益を害することは間違いなく、しかも、対価関係を要求することによって無限定に構成要件が拡がるわけでもないから、判例の立場が正しいと考えらえています。

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