令和4年司法試験の刑法論文問題から学ぶ

 令和4年司法試験の刑法論文問題の答案を作成してみました。

 この論文からは以下のテーマが学べます。

1⃣ 横領罪刑法252条1項

2⃣ 窃盗罪刑法235条

3⃣ 正当防衛

  • 行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合の正当防衛の成否
  • 誤想過剰防衛

4⃣ 緊急避難

  • 自ら危険を招いていた場合の緊急避難の成否

問題

 以下の【事例1】及び【事例2】を読んで、後記〔設問1〕及び〔設問2〕について、答えなさい。

【事例1】

1 Aは、某月1日、立ち寄ったホームセンターの駐車場において、エンジンキーが付いたままの状態で駐車されていたB所有の普通自動二輪車(以下「本件バイク」という。)を発見し、これを自由に乗り回したいと考え、Bに無断で本件バイクを発進させて走り去った。

2 Aは、本件バイクに偽造ナンバープレートを装着しようと思い、これを手に入れるまでの間、本件バイクを人目に付かない場所に隠しておこうと考えた。

 そこで、Aは、友人甲の自宅にシャッター付きのガレージがあることを思い出し、当分の間、甲に頼んで同ガレージに本件バイクを保管させようと考えた。Aは、同日、本件バイクを運転して甲宅に行き、甲に「これは俺のバイクなんだが、今まで使っていた駐車場が使えなくなってしまったので、しばらく預かってくれないか。」と頼んだところ、甲はこれを承諾し、本件バイクを上記ガレージに入れた。

3 甲は、本件バイクの保管を続けていたが、同月5日夜、Aと電話で話をした際、ささいなことから激しい口論となった。甲は、Aと仲違いしたまま電話を切ったが、怒りが収まらなかったことから、Aを困らせるため、Aに無断で本件バイクを別の場所に移動させて隠そうと考えた。

 甲は、自宅から約5キロメートル離れた場所にある甲の実家の物置内に本件バイクを移動させればAに見付からないだろうと考え、同月6日未明、自己が所有する軽トラックの荷台に本件バイクを積み込むと、同トラックを運転して実家まで行き、同物置内に本件バイクを隠して帰宅した。なお、甲は、怒りにまかせて本件バイクを上記物置内に移動させて隠したが、本件バイクをその後どうするかは考えていなかった。

〔設問1〕

 【事例1】の甲に横領罪(刑法第252条第1項)の成立を認める立場から後記⑴及び⑵の各主張がなされたとする。各主張の当否について、それぞれ簡潔に論じなさい。

⑴ 甲は、Aに頼まれて本件バイクを保管している以上、これを「横領」(同項)すれば横領罪が成立する。

⑵ 甲が実家の物置内に本件バイクを移動させて隠した行為は、「横領した」(同項)に当たる。

【事例2】

(【事例1】の事実に続けて、以下の事実があったものとする。)

4 Aは、偽造ナンバープレートを手に入れたことから、本件バイクを回収しようと考え、同月10日午後8時頃、甲に電話を掛け、「今日これからバイクを取りに行く。」と言った。これに対し、甲は、笑いながら、「あのバイクはここにはないよ。ざまあみろ。俺を怒らせたお前が悪いんだぞ。」と言った。Aは、甲の発言を聞いて激怒し、甲に殴る蹴るなどの制裁を加えようと考え、強い口調で甲に、「いい度胸をしているじゃないか。8時半にC公園に来い。覚悟しておけよ。」と言った。これに対し、甲も、「おう、行ってやるよ。」と怒鳴って電話を切った。

 甲は、高校時代にAと同じ不良グループに所属しており、Aが短気で粗暴な性格で、過去にも怒りにまかせて他人に暴力を振るったことが数回あったことを知っていたため、Aの前に姿を現せば、Aから殴る蹴るなどの暴力を振るわれる可能性が極めて高いだろうと思ったが、甲も頭に血が上っていたことから、自宅にあった包丁(刃体の長さ15センチメートル。以下「本件包丁」という。)をズボンのベルトに差して準備した上で、C公園に出向き、Aを待ち構えていた。

 Aは、同日午後8時30分頃、C公園に到着し、甲の姿を見るなり、「お前、ふざけんなよ。ボコボコにしてやるからな。」と怒鳴り声を上げた。これに対し、甲は、「できるものならやってみろ。この野郎。」と大声で言い返した。

5 Aは、甲の態度に逆上し、甲に至近距離まで接近すると、右手の拳を突き出して甲の顔面を殴打しようとした。甲は、Aの拳をかわしながら、本件包丁をベルトから抜いて、Aに向けて突き出した。Aは、これをかわし、ひるむことなく更に甲の顔面を殴打しようと拳を振り上げた。

6 ちょうどその頃、甲の勤務先の後輩乙は、偶然にC公園に来て、前記5のとおり、Aが甲を殴打しようとしているのを目撃し、とっさに甲を助けようと考えた。

 乙は、護身用に携帯していたサバイバルナイフ(刃体の長さ18センチメートル。以下「本件ナイフ」という。)を取り出して、直ちにAの背後に回り、同日午後8時31分頃、何の警告もせずにAの右上腕部を狙って本件ナイフを同部に強く突き刺し、Aに加療約3週間を要する右上腕部刺創の傷害を負わせた。

 このとき、乙は、前記1から4までの各事実を知らず、また、甲が本件包丁を持っていることも認識しておらず、Aが甲に対して一方的に攻撃を加えようとしていると思い込んでいた。

7 Aは、すぐに後方を振り向き、乙に刺されたことを認識した。Aは、「誰だ、お前。何をしやがる。」と怒鳴りながら、乙を蹴り付け、ひるんだ乙は本件ナイフをその場に落とした。乙は、Aから更に殴る蹴るなどの暴力を振るわれてしまうと思って怖くなり、走って逃げ出した。これを見たAは、乙を捕まえて痛め付けようと考え、「待て。この野郎。」と叫びながら、走って乙を追い掛けた。

 乙は、逃げながらAが背後から追跡してきているのを見て、このままではすぐに追い付かれて暴力を振るわれてしまうと思っていたところ、進路前方の道路脇に、飲食物の宅配業務に従事していたDがエンジンを掛けたままで一時的に停めていたD所有の原動機付自転車(以下「本件原付」という。)を見付けた。このとき、Dは、配達のために付近のマンション内に立ち入っていたことからその場にいなかった。

 Aは乙よりも足が速く、乙がAの追跡を振り切るためには、本件原付を運転して逃げることが唯一採り得る手段であったところ、乙は、本件原付を使ってAの追跡を振り切り、安全な場所まで移動したら本件原付をその場に放置して立ち去ろうと考えた。乙は、同日午後8時33分頃、Dに無断で本件原付を発進させ、Aの追跡を振り切った。

8 甲、乙及びAは、いずれも20歳代の男性であり、各人の体格に大差はなかった。

〔設問2〕

 【事例2】における乙の罪責について、論じなさい(特別法違反の点は除く。)。

答案

設問1

1 ⑴の主張の当否

⑴ 横領罪(刑法252条1項)は、委託信任関係に基づき他人の物を占有する者が、委託信任関係に背く権限逸脱行為を行い、不法領得の意思をもって、その物を横領した場合に成立する。

 甲は、Aから依頼されて本件バイクを自宅ガレージで預かり、本件バイクに対する占有を及ぼしていることから、本件バイクが「他人の物」に当たる場合には、不法領得の意思をもってこれを横領すれば横領罪が成立する。

⑵ 本件バイクは盗品であり、不法原因給付物であるが、これが「他人の物」といえるか。

 これは、不法原因給付物に対しても横領罪が成立するかという問題である。

 不法原因給付物とは、窃盗をして得た物など、不法な原因に基づいて給付されたものをいう。

 不法原因給付物は、裁判上返還請求をし得ない物(民法708条)であるが、その所有・所持が禁止されるわけではなく、財物性が一般に認められる。

 不法原因給付物でも財物性が認められるので、不法原因給付物を盗む、詐取するなどすれば犯罪が成立すると解する。

 横領罪に関しては、裁判上返還請求をし得ない不法原因給付物が「他人の物」と認められ、横領罪の対象物となるのかが問題となる。

 横領罪の目的物は、単に横領犯人の占有する他人の物であることを要件としているので、物の給付者において民法上その返還を請求し得べきものであることを要件としていない。

 また、横領の目的物が、不法原因給付として委託者が返還請求権を有しないことをもって、横領犯人の物であるということはできない。

 よって、横領の目的物が不法原因給付物であっても「他人の物」であるといえる。

⑶ 本件バイクは、Aが無断で持ち去ったものであるから、財物領得罪の被害品である。

 それをAの依頼に基づき預かり保管した甲は、不法原因給付物を占有するに至ったことになる。

 不法原因給付物である本件バイクは、Aは甲に対して裁判上返還請求し得ないものであるが、甲の物であるとはいえないなので、甲は本件バイクを「他人の物」として占有している。

⑷ よって、甲は、本件バイクを横領すれば、「他人の物」を横領したとして、横領罪が成立する。

2 ⑵の主張の当否

⑴ 横領罪は財産犯であり、その成立には不法領得の意思が必要であるところ、Aから預かり保管している本件バイクを移動して隠す行為に不法領得の意思が認められ、「横領した」といえるか。

 横領罪における不法領得の意思は、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに、所有者でなければできないような処分をする意思をいう。

 これに対し、窃盗罪における不法領得の意思は、権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様に、その経済的用法に従い、これを利用又は処分する意思をいう。

 横領罪と窃盗罪の不法領得の意思の大きな違いは、窃盗罪の定義にはある「その物の経済的用法に従い、これを利用処分する意思」(経済的利用処分意思)が含まれていない点にある。

 窃盗罪においては、毀棄隠匿目的の場合には、経済的利用処分意思がないとして、不法領得の意思が否定され、窃盗罪ではなく、器物損壊罪が成立する。

 しかし、横領罪においては、経済的利用処分意思が不法領得の意思の要件に含まれていないため、毀棄隠匿目的の場合であっても、不法領得の意思が認められると解する。

 なぜならば、横領罪は、所有権の保護だけでなく、委託信任関係も保護するので、経済的利用処分意思なく、自己が占有する他人の物を処分した場合でも、委託信任関係の侵害が認められることから、横領罪で刑罰権を行使し、侵害された委託信任関係を保護するべきだからである。

⑵ 甲は、Aを困らせるために、本件バイクを自宅から5キロメートル離れた場所にある甲の実家の物置内に移動させて隠している。

 甲の意思は、本件バイクをAが発見できないように隠匿することなので、経済的利用処分意思は認められない。

 しかし、Aは、本件バイクに偽造ナンバープレートを装着するために甲に保管を委託していたのであり、甲が本件バイクを隠匿する行為に信任委託関係を侵害が認められる。

 よって、甲は、Aの本件バイクを保管する委託の任務に背いて、権限がないのに、本来Aでなければできない本件バイクの移動行為を行っていることから、横領罪における不法領得の意思の存在が認めれ、横領罪が成立する。

⑶ よって、本件バイクを移動させた行為は「横領した」に当たる。

設問2

1 乙がAの右上腕部を本件ナイフで突き刺した行為(以下、「刺突行為」という。」につき、傷害罪(刑法204条)が成立するか。

⑴ 刺突行為が傷害罪の構成要件に該当しないか。

 殺傷能力のある刃体18センチメートルのナイフで右上腕部を突き刺し、加療約3週間の傷害を負わせた行為は、人の生理的機能を害する行為であり、「傷害」したといえる。

 よって、傷害罪の構成要件に該当する。

⑵ もっとも、乙は、Aが甲を殴打しているのを目撃し、とっさに甲を助けようとして刺突行為に及んでいることから、正当防衛刑法36条1項)が成立しないか。

ア 正当防衛とは、急迫不正の侵害に対して、自分または他人を守るために、やむを得ずにした反撃行為をいう。

 刑法36条の趣旨は、急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したものである。

イ 正当防衛には、「防衛の意思」が必要である。

 乙は、甲がAから一方的に攻撃を受けていると思い込んでいたものの、甲を助けるために刺突行為を行っていることから、「他人を守るため」の防衛の意思が認められる。

ウ 「急迫不正の侵害」とは、違法な法益侵害が現に存在するか、目の前に差し迫っていることをいう。

 まず、防衛者である乙について、乙は、Aが甲を殴打しようとしているのを目撃して助けに向かっていることから、違法な法益侵害が現に存在し、目の前に差し迫っていることを認識していることから、「急迫不正の侵害」の存在の認識が認められる。

 次に、被侵害者である甲について、「急迫不正の侵害」が存在するか。

 甲は、Aが攻撃をして来ることを予期した上でC公園に向かっていることから、行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合の正当防衛の成否が問題となる。

 行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合は、侵害を予期していたことをもって直ちに急迫性が失われるものではないが、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきである。

 その場合の急迫性の判断に際して考慮すべき事情として、①防衛行為者と相手方との従前の関係、②予期された侵害の内容、③侵害の予期の程度、④侵害回避の容易性、⑤侵害場所に出向く必要性、⑥侵害場所にとどまる相当性、⑦対抗行為の準備の状況(特に、凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等)、⑧実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同、⑨防衛行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容が挙げられる。

 上記のような先行事情を含めた行為全般の状況を踏まえ、防衛行為が上記刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には、侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである。

 本件につき、甲はAと同じに不良グループに所属していたことがあり、Aが短気で粗暴な性格であることを知っていた(①の事情)。

 甲はAから殴るけるなどの暴行を振るわれる可能性が極めて高いと思っていた(③④の事情)。

 甲はAの呼び出しに応じてC公園に行かないことで侵害は容易に回避できた。また、そこでAを待ち構える必要もなかった(⑤⑥の事情)。

 甲はAに対抗するため刃体の長さ15センチメートルの包丁を準備していた(⑦の事情)。

 実際に行われたAの侵害行為は拳で甲の顔面を殴ろうとするものであり、甲が予期した侵害である殴るけると同等のものであった(⑧の事情)。

 甲はAに包丁を向けて突き出しており、Aへの加害の意思が認められる(⑨の事情)。

 上記のような先行事情を含めた本件行為全般の状況から、甲はAの侵害を予期することも回避することも容易であった上、殺傷能力の高い包丁を準備してAを加害する意思も認められることから、甲の行為は、上記刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとは認められず、侵害の急迫性の要件を充たさないというべきである。

 よって、被侵害者である甲に「急迫不正の侵害」の存在は認められない。

エ 「急迫不正の侵害」の存在が認めれらない以上、正当防衛の成立要件を満たさない。

 よって、乙が甲を助けるために行ったAへの刺突行為に正当防衛は成立しない。

⑶ もっとも、乙は「急迫不正の侵害」を誤信しているため、傷害の故意が阻却されないか。

 故意責任の本質は、規範に直面し、犯行を思いとどまるという反対動機を形成できる状況にありがら、あえて犯罪行為に及んだことに対する道義的非難にあるから、違法性を阻却する事由である正当防衛を基礎付ける事実の存在を認識していた場合、規範に直面し得ないため、故意が阻却される。

 もっとも、乙が過剰防衛を基礎付ける事実を認識していた場合には、規範に直面する余地があったといえるから、故意責任は阻却されない。

 正当防衛が成立するためには、反撃行為が「やむを得ずにした反撃行為」であることを要する。

 「やむを得ずにした反撃行為」といえるためには、具体的事情の下において、防衛行為が、必要かつ相当なものであったこと、すなわち「防衛行為の相当性」があったことを要する。

 「防衛行為の相当性」を判断するには、法益の権衡(侵害行為と反撃行為が同程度のパワーバランスにある)、防衛行為の態様の2つの要素から考える必要がある。

 本件につき、素手であるAに対し、気付かれないままその背後に回り、何の警告もなく本件ナイフを突き刺すという乙の防衛態様は、Aが甲に行った殴るけるの侵害行為と比して過剰であることから、法益の権衡を欠き、防衛行為の相当性が認められない態様である。

 よって、乙に正当防衛の成立要件である「やむを得ずにした反撃行為」という認識があったとはいえない。

 したがって、乙が正当防衛を基礎付ける事実の存在を認識していたと認められないことから、乙の傷害罪の故意は阻却されない。

 乙に過剰防衛を基礎付ける事実の認識はあったといえるが、過剰防衛の認識は傷害罪の故意を阻却しない。 

⑷ もっとも、誤想過剰防衛が成立しないか。

 誤想過剰防衛とは、急迫不正の侵害がないのに、侵害があるものと誤信して反撃し(誤想防衛)、しかも、その反撃が不相当である防衛行為(過剰防衛)をいう。

 誤想防衛とは、侵害行為が存在しないのに、存在すると誤信して行った正当防衛行為をいう。

 過剰防衛(刑法36条2項)とは、正当防衛の程度を超えた防衛行為をいう。

 乙のAへの刺突行為は、Aから攻撃を受ける甲に急迫不正の侵害があると誤信して行ったものであるから、誤想防衛である。

 また、乙の刺突行為は、Aが甲に行った殴るけるの侵害行為と比して過剰であるから、過剰防衛である。

 よって、乙に誤想過剰防衛が成立し、任意的に刑が減軽又は免除される。

⑸ したがって、乙に甲に対する傷害罪が成立する。

 ただし、誤想過剰防衛につき、任意的に刑が減軽又は免除される。

2 乙がDに無断で本件原付を発進させた行為につき、窃盗罪(刑法235条)が成立しないか。 

⑴ 本件原付は、他人の占有する「他人の財物」か。

 「占有」とは、人が財物を事実上支配し、管理する状態をいう。

 「他人の財物」とは、犯人以外の者が占有・所有する財物をいう。

 本件原付の所有者Dは、配達で付近マンションに立ち入るため、本件原付をエンジンを掛けたまま一時的に停めていたものであり、配達を終わればすぐに戻ってくるのだから、Dの一時的な立ち去りと本件原付とに時間的・場所的接近性が認められ、Dは本件原付を支配し、管理する状態であったといえる。

 よって、Dに本件原付に対する占有が認められる。

 したがって、本件原付は、Dが占有する「他人の財物」である。

⑵ 「窃取」といえるか。

 「窃取」とは、目的物の占有者の意思に反し、その占有を侵害し、その物の占有を自己又は第三者の占有に移すことをいう。

 乙は、Dは本件原付が配達業務で必要であるのに、無断で乗り去って自己の占有に移しており、Dの占有を侵害していることから「窃取」に当たる。

⑶ 不法領得の意思が認められるか。

 不法領得の意思とは、権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様に、その経済的用法に従い、これを利用し又は処分する意思をいう。

 権利者排除意思は、窃盗既遂後の事情を考慮し、窃盗罪と違法性の乏しい一時使用窃盗を区別し、一時使用窃盗を不可罰にするために必要となる。

 「その経済的用法に従い」とは、領得した財物自体から生み出される利用価値・交換価値を窃盗犯人が享受する使い方をいう。

 利用処分意思は、「捨てる」という意味でなく「盗んだ物を売却する」「他人に譲り渡す」「自己使用する」などの処分行為を意味し、財物領得罪と器物損壊罪を区別するために必要となる。

 本件では、Dに権利者排除意思があることは明らかである。

 Dは、本件原付を使ってAの追跡を振り切ることを目的としているので、本件原付自体から生み出される利用価値を直接享受する意思が認められる。

 本件原付の利用法は自己使用であり、利用処分意思が認められる。

 よって、不法領得の意思が認められる。

⑷ よって、窃盗罪の構成要件を満たす。

⑸ もっとも、乙はAの追跡を免れるために本件原付を窃取していることから、緊急避難刑法37条1項)が成立し、違法性が阻却されないか。

 緊急避難とは、自分又は他人の生命、身体、自由もしくは財産に対する現在の危険を避けるために、やむを得ずにした避難行為であって、避難行為によって生じた害が、避けようとした害の程度を越えなかったものをいう。

 「現在の危険」とは、法益侵害が現実に存在し、または目の前に差し迫っており、法益(守られるべき権利)に対する実害や危険がある状態をいう。

 「やむを得ずにした避難行為」とは、危険を避けるための必要な唯一の方法であって、ほかに方法がなかったことをいう(補充の原則)。

 これは、緊急避難は、避難行為者と相手方が「正対正」の関係にあるためである。

 「危険を避けるための必要な唯一の方法であって、ほかに方法がなかった」かどうかは、具体的事情に照らし、社会通念上の判断に従って決せられる。

 「避難行為によって生じた害が、避けようとした害の程度を超えなかった」とは、避難行為によって侵害された法益が、避難行為によって危険から免れた法益よりも大きくなかったことをいう(法益権衡の原則)。

 本件につき、乙は、乙を痛めつけようと考えているAから「待て。この野郎。」と叫ばれながら追いかけられており、法益侵害が目の前に差し迫っていることから、「現在の危険」があるといえる。

 また、本件原付を運転して逃げることが唯一取り得る手段であったことから、「やむを得ずにした避難行為」であるといえる。

 そして、乙の避難行為によって侵害された法益はDの本件原付の占有であるのに対し、保護された法益は乙の生命身体の安全であることから、Dの法益侵害を越えておらず、法益の権衡が認められる。

 よって、乙が本件原付を窃取した行為は、緊急避難の要件を満たす。

⑹ もっとも、乙は自ら危険を招いていることから緊急避難は成立しないのではないか。

 緊急避難は、避難行為者と相手方が「正対正」の関係にあることから、その成立は厳格に解すべきである。

 よって、避難行為者が自ら危険を招いている場合は、緊急避難を理由に相手方の法益を侵害することを正当化できない場合があると考える。

 現在の危険が避難行為者の有責行為によって招かれたもので、社会通念上その避難行為を是認することができない場合には、緊急避難は成立しないと解する。

 乙が甲に追い掛けらるという現在の危険は、乙が正当防衛状況を誤信した上、甲の腕をナイフで突き刺すという相当性を欠く行為を行ったことにより生じたものであり、現在の危険を招いた乙の責任は大きい。

 これに対して、Dには全く落ち度がなく、本件原付を奪われることによって、本件原付を失うという財産的損害のほか、その後の配達業務ができなくなるという経済的損失も発生するのだから、被った被害は甚大である。

 これらを踏まえれば、乙の避難行為は社会通念上是認することはできないといえ、緊急避難は成立しない。

⑺ よって、乙がDに無断で本件原付を発進させた行為につき、窃盗罪が成立する。

 緊急避難は成立しないので、違法性は阻却されない。

3 以上より、乙に、①Aに対する傷害罪、②Dに対する窃盗罪が成立する。

 ただし、①は誤想過剰防衛につき、任意的に刑が減軽又は免除される。

 ①、②は手段と結果の関係になく、社会通念上1個の行為から生じているともいえないため併合罪刑法45条前段)となる。

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