刑法(事後強盗罪)

事後強盗罪(5) ~事後強盗罪が成立するためには、暴行・脅迫が窃盗の機会の継続中に行われる必要がある①「逃走追跡型のケース」を判例で解説~

事後強盗罪が成立するためには、暴行・脅迫が窃盗の機会の継続中に行われたものであることが必要である

 事後強盗罪(刑法238条)が成立するためには、

  • 窃盗と暴行・脅迫との間に密接な関連性があること
  • 暴行・脅迫が窃盗の機会の継続中に行われたものであること

が必要になります。

 『窃盗と暴行・脅迫との間に密接な関連性があること』は、事後強盗罪における「書かれざる構成要件」(条文には記載されていない構成要件)であり、事後強盗罪の成立を認めるにための必須要件になります。

 事後強盗罪の成立を認めるにあたり、『窃盗と暴行・脅迫との間に密接な関連性があること』が必要であることについて判示した以下の判例があります。

仙台高裁判決(平成12年2月22日)

 この判例で、裁判官は、

  • 刑法238条の事後強盗罪が成立するためには、窃盗犯人が窃盗に着手し、又は既遂に達した後、その犯行の機会継続中に、同条所定の目的で暴行又は脅迫が行われることを要するものと解される
  • その窃盗の機会継続中に、右の暴行又は脅迫が行われたか否かについては、同条の立法趣旨に鑑み、暴行又は脅迫がなされた場所的、時間的、人的関係などを総合的に判断の上、犯人が窃盗の犯行に着手し、又はその犯行終了後いまだ被害者側の追及から離脱することなく、これらの者によって直ちに財物を取り返されるか、あるいは逮捕される可能性が残されているなどの状況の下で、右の暴行又は脅迫が行われたかどうかを検討して決すべきものと解される

と判示し、暴行・脅迫が場所的、時間的、人的関係を総合的に判断して、財物奪取と密接な関連性を有すると認められる状況のもとに行われることを要するとしました。

最高裁決定(平成14年2月14日)

 この判例の事案は、被告人が被害者宅で指輪を窃取した後も、犯行現場の真上の天井裏に潜んでいたところ、犯行の約1時間後に帰宅した被害者から、窃盗の被害に遭ったこと及びその犯人が天井裏に潜んでいることを察知され、犯行の約3時間後に被害者の通報により駆け付けた警察官に発見されたことから、逮捕を免れるため、持っていたナイフで警察官の顔面などを切り付けて傷害を負わせたというものです。

 この判例で、裁判官は、

  • 被告人は、上記窃盗の犯行後も、犯行現場の直近の場所にとどまり、被害者等から容易に発見されて、財物を取り返され、あるいは逮捕され得る状況が継続していたのであるから、上記暴行は、窃盗の機会の継続中に行われたものというべきである

と判示し、最高裁として、初めて、窃盗犯人が行った財物奪取と「暴行」との関連性の判断基準として、明示的に「窃盗の機会の継続中」との表現を用いました。

窃盗と暴行・脅迫との関連性は「①逃走追跡型、②現場回帰型、③現場滞留型」の3つの類型に分類できる

 窃盗と暴行・脅迫の関連性は、以下の3つの類型に分けることができます。

  1. 窃盗犯人が窃盗の現場から継続して追跡されている場合(逃走追跡型)
  2. 窃盗の犯行現場に犯人が舞い戻った場合(現場回帰型)
  3. 窃盗の犯行現場に犯人がとどまる場合(現場滞留型)

 これから①~③の類型ごとに、窃盗と暴行・脅迫の関連性の考え方を説明します。

① 逃走追跡型のケースの説明

 逃走追跡型は、窃盗の現場でないが、被害者らに現場から引き続いて追跡されている途中における暴行・脅迫は、それが時の経過により、いかに時間的関係において関連性が薄くなっている場合でも、窃盗犯人とその現場に居合わせた者が、そのまま場所的移動をしてきたという意味から、場所的・人的関係において、財物奪取と暴行・脅迫とが密接な関連性を有すると認められ、窃盗の機会継続性を肯定しやすい類型です。

 逃走追跡型の類型で、窃盗と暴行・脅迫の関連性が認められた判例として、以下のものがあります。

大審院判決(昭和8年6月5日)

 被告人が、ぶどうを窃取し携行して、現場から約3(327m)離れた道路を通行中、窃盗の犯行を目撃して追跡してきた通行人に取り押さえられそうになったため、逮捕を免れるため、草刈鎌の破片でその通行人に切り付けた行為について、窃盗犯人による財物窃取と暴行との関連性を肯定し、事後強盗罪が成立するとしました。

広島高裁松江支部判決(昭和25年9月27日)

 被告人が窃盗の現場で被害者に発見され、被害者が派出所に被告人を同行中、被告人が所携(しょけい)の刃物様のもので被害者に切り付けた行為について、窃盗犯人による財物窃取と暴行との関連性を肯定し、事後強盗罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 窃盗の現場と暴行又は脅迫の現場が多少離れておっても、窃盗の現場の継続的延長と見られるような場所で、窃盗犯人が逮捕を免れるため、暴行又は脅迫に出たときは、刑法第238条の強盗罪が成立すると解すべきである
  • これを本件についてみるに、被告人は、被害者N方で、N所有のゴム長靴1足及び赤皮製短靴1足を窃取した現場において、Nに発見せられ、Nにおいて、米子市加茂町所在の加茂町巡査派出所に同行の途中、同派出所巡査の不在を知り、更に同市尾高町所在の尾高町巡査派出所に同行途中、逃走したため、Nがこれを追跡し、米子市西町地内道上において、被告人を逮捕せんとしたところ、被告人はその逮捕を免れんがため、その場において格闘の上、所携(しょけい)の刃物様のものをもってNに斬りつけたと言うのである
  • したがって、窃盗とは無関係な全然別個な機会に斬りつけたと言うのではなく、最初の窃盗の現場の継続的延長と見られるような場所で斬りつけたのであるから、本件は刑法第238条の強盗であること毫も疑いの余地はない
  • しかも、右斬りつけたことにより、Nに傷害を与えたのであるから、強盗傷人罪をもって問擬(もんぎ)すべきは当然である

と判示し、逮捕を免れるため、最初の窃盗の現場の継続的延長と見られるような場所で被害者に暴行を振るっているから事後強盗罪の成立が認められ、被害者に傷害を負わせたことから、強盗傷人罪(刑法240条)が適用されるとしました。

広島高裁判決(昭和28年5月27日)

 被告人がラジオ1台を窃取し、これを所持して、窃取の約30分後に窃盗の現場から約1km離れた場所で、被害者が現場からの電話連絡により自転車で現場に駆けつけるのに出会い、 被害者に前記ラジオを所持しているのを発見され、取り戻されそうになったので、その取還(しゅかん)を防ぎ、かつ逮捕を免れるため、暴行を加え傷害を負わせた行為について、窃盗犯人による財物窃取と暴行との関連性を肯定し、事後強盗罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 窃盗犯人が、その現行中又は現行の機会延長の状態において、贓物の取還を拒み又は逮捕を免れ若しくは罪跡を隠滅するため暴行叉は脅追を為し、よって人を傷害したときは、刑法第240条前段の強盗傷人罪を構成する
  • 被告人は、T所有のラジオ1台を窃取し、これを所持して徘回中、窃取をした時からわずかに30分位しか経過せず、かつ窃盗現場から約1kmを離れているに過ぎない場所で、当時被害者のTが被害現場からの電話連絡により、急きょ自転車で自宅から右現場へ馳け付けるのに出会い、Tにラジオを所持しているのを発見され、取り戻されそうになったので、その取還を防ぎ、かつ逮捕を免れるため、Tに対し暴行を加え傷害を負わしめるに至ったものであることが認められる
  • よって、右傷害は前記窃盗と無関係な別個の機会に与えたものではなく、右の窃盗の機会延長の状態において与えたものと解すべきものであるから、これを包括して強盗傷人罪をもって問擬(もんぎ)するのが正当であるといはねばならない

と判示し、原判決が窃盗罪と傷害罪のニ罪を認定したのを否定し、事後強盗罪の成立を前提に強盗傷人罪(刑法240条)が成立するとしました。

福岡高裁判決(昭和31年1月21日)

 窃盗犯人が、その窃取の現場で発見され呼び止められたので逃走し、その追跡する者に対して、逮捕を免れるため、殴る暴行を加えた行為について、窃盗犯人による財物窃取と暴行との関連性を肯定し、事後強盗罪が成立するとしました。

 事案は、

  • D市場内の野菜小売商Aが、覆面をした一人の男(被告人)が店舗内に置いてある手提金庫の横に立っているので、「泥棒」と叫ぶと、被告人は、金品在中の手提金庫を取り上げて、左脇に抱え込むや否や、素早く外部に逃走した
  • Aにおいて、ただちにその後を追い、素足のまま走り出て「泥棒、泥棒」と叫びながら、D市場のはずれ付近まで追跡したが、A方店舗から約80mのところで被告人の姿を見失った
  • ところが、そこにC、Bの両名が居合わせ、Cは、「泥棒、泥棒」と連呼するAの声を聞き、手提金庫を左脇に抱えてカチャカチャ音をさせながら走って行く被告人の姿を目撃した
  • Cは、被告人が窃盗犯人であることを察知し、協力して被告人を逮捕すべく、被告人の後方約10mをへだてて追跡し、c通りテニスコートの角を左折し、d通りの十字路の手前約5mの地点で追いつき、手を伸ばして被告人を捕えた
  • しかし、被告人は手提金庫を路上に投げすて、Cをふりはなして更に逃走して材木置場に逃げ込み、同所において逮捕を免かれるため、拳をもてCの顔面を殴って傷害を負わせた

というものです。

 裁判官は、

  • 被告人は、逮捕を免かれるため、手拳をもって被害者Cの顔面を殴打し、よって傷害を加えたものであることが明白である
  • 窃盗犯人が、金品窃取の現場を発見追呼(ついこ)されて逃走し、その追呼の声に応じて引き続き追跡する者に対し、逮捕を免かれるために暴行を加えた場合は、刑法第238条所定の準強盗(現行法:事後強盗)の罪を構成するものと解すべきである
  • 右と同一の見解を採り、被告人の判示所為刑法第240条前段の罪に問擬(もんぎ)した原判決は相当である

と判示し、事後強盗罪の成立が認められ、被害者に傷害を負わせたことから、強盗傷人罪(刑法240条)が適用されるとしました。

窃盗犯人が追跡を受けていない場合は、窃盗の機会継続性が否定され、事後強盗罪は成立しない

 窃盗犯人が追跡を受けていない場合は、窃盗の機会継続性が否定され、事後強盗罪は成立しません。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和27年6月2日)

 被告人が、もみ2俵を窃取した被害者宅から約200メートル離れた道路上で、犯行とは無関係に警ら中の警察官に呼び止められ、職務質問されそうになり、逮捕を免れるため、警察官に暴行を加えた事案で、裁判官は、

  • 窃盗犯人としての逮捕を免れるためではなく暴行を加えた場合である

として、窃盗の機会継続性を否定し、事後強盗罪は成立しないとしました。

 なお、この場合は、窃盗罪と暴行罪の併合罪が成立することになります。

福岡高裁判決(昭和29年5月28日)

 窃盗未遂の犯人が、犯行現場から追跡を受けることなく逃走し、窃盗を断念して帰途についたが、その途中で、被害者から通報を受けて、犯人の人相、風体等を聴き取り、その所在を捜査中の警察官と遭遇し、逮捕を免れるため、組み付いてきた警察官を殺害した事案で、裁判官は、

  • 窃盗未遂の犯行の機会継続中にされたものとは認められない

として、事後強盗罪の成立が否定されることを前提とし、強盗殺人罪(刑法240条)も成立しないとしました。

 なお、この場合は、窃盗罪と殺人罪の併合罪が成立することになります。

次回の記事に続く

 次回の記事では、窃盗と暴行・脅迫の関連性の3類型のうち、②の「窃盗の犯行現場に犯人が舞い戻った場合(現場回帰型)」について説明します。

【3類型】

  1. 窃盗犯人が窃盗の現場から継続して追跡されている場合(逃走追跡型)
  2. 窃盗の犯行現場に犯人が舞い戻った場合(現場回帰型)
  3. 窃盗の犯行現場に犯人がとどまる場合(現場滞留型)

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