前回の記事の続きです。
放火罪の実行の着手の態様は、
- 点火行為による放火
- ガソリン散布等による放火
- 発火装置による放火
- 非現住建造物を媒介とする現住建造物の放火
に分けることができます。
前回の記事では、ガソリン散布等による放火を説明しました。
今回の記事では、発火装置による放火を説明します。
実行の着手の具体例「発火装置による放火」
発火装置を一体として媒介物とみれば、点火を伴う自然発火装置は、間接的に導火材料に点火したときと同様に理解でき、
- 目的物に設置された発火装置に点火したとき
又は
- 点火された発火装置を目的物に設置したとき
に放火の実行の着手が認められます。
発火装置による放火行為に実行の着手を認めた事例
発火装置による放火行為に実行の着手を認めた事例として以下のものがあります。
大審院判決(昭和3年2月17日)
布団の上に新聞紙2、3枚を丸めてその上にマッチ棒30本を載せ、煙草1本にマッチで点火してこれをマッチ棒の硫黄に接続して並べ自然発火するような装置を施した事案につき、この発火装置は放火の準備行為であるが、自然に発火して導火材料を経て放火の物体に火力を及ぼすべき状態にあるので、放火手段と認められるとして、実行の着手を認めました。
大審院判決(昭和9年12月20日)
マッチの軸木数本を束ね、その硫黄の部分が渦巻線香の末尾に触れるように竹片に結びつけた装置の上に油を浸潤させたかんなくず等を置いた上、線香の他の末端に点火した行為(結果的に火は自然に消火した)について実行の着手を認め、現住建造物等放火未遂罪が成立するとしました。
福岡地裁久留米支部判決(昭和33年3月20日)
火災保険金を得る目的で、時限式発火装置により住居を放火しようと企て、目覚まし時計、乾電池20個、ニクロム線を渦巻きに取り付けた煙草火付器等を使用し、僅かの振動により作動しはじめるように発火装置を仕掛けたところ、何らかの衝撃により静止していた時計が作動しはじめ、ベル用指針の表示する時刻になってベルが作動した結果、電流が通じてニクロム線が赤熱し、媒介物のガソリン、ボロ布に引火し、住居の床板、根太等に延焼させて、焼損した事案につき、現住建造物等放火罪が成立するとしました。
この判決のような点火を伴わない発火装置の場合(例えば、タイムスイッチを利用した時限発火装置を設置したような場合)は、装置の設置により高度の客観的危険状態が発生すると認められる場合には、その実行の着手を肯定しうると考えられます。
発火装置による放火行為に実行の着手を否定した事例
上記事例とは逆に、発火装置による放火行為に実行の着手を否定した事例として以下のものがあります。
東京高裁判決(昭和58年8月23日)
紙箱の中に入ったガソリン入りプラスチック袋と、石綿・アルミニューム片を巻いた懐炉灰1本を黒色火薬入りのガラス瓶の蓋の穴に挿入したもの等と組み合わせた時限発火装置の懐炉灰に点火し、喫茶店の床上に置いた事案につき、床上に置く以前の段階で、懐炉灰の火が立ち消えになった可能性があり、もしそうだとすれば、焼損の結果の発生するおそれは全くないから、その行為は放火罪の実行の着手としての火を放つ行為に当たるとはいえないとして、現住建造物等放火未遂罪は成立せず、放火予備罪が成立するとしました。
裁判官は、
- 放火罪の着手行為である「火を放つ」行為が開始されたか否かを判断するに当たっては、あくまでも客観的にみて、現実に焼燬の結果発生のおそれのある状態を生ぜしめる行為が開始されたか否かによって決しなければならない
- したがって、もし時限発火装置内の懐炉灰の火が完全に消えていたとするならば、たとえ、かかる時限発火装置を喫茶店の床の上に置いたとしても、もはや、これによって発火し、焼燬の結果の発生するおそれは全く存在しないといわなければならない
- それゆえ、原判示の行為が、火を放つ行為の開始に当たるということはできない
と判示しました。
この判決は、放火行為が開始されたか否かの判断は、客観的にみて、現実に焼損の結果発生のおそれのある状態を生ぜしめる行為が開始されたか否かによるべきであるとしたものです。
次回の記事に続く
放火罪の実行の着手の態様は、
- 点火行為による放火
- ガソリン散布等による放火
- 発火装置による放火
- 非現住建造物を媒介とする現住建造物の放火
に分けることができます。
次回の記事では、非現住建造物を媒介とする現住建造物の放火を説明します。