刑法(現住建造物等放火)

現住建造物等放火罪(11) ~実行の着手④「非現住建造物を媒介とする現住建造物の放火」を説明~

 前回の記事の続きです。

 放火罪の実行の着手の態様は、

  • 点火行為による放火
  • ガソリン散布等による放火
  • 発火装置による放火
  • 非現住建造物を媒介とする現住建造物の放火

に分けることができます。

 前回の記事では、発火装置による放火を説明しました。

 今回の記事では、非現住建造物を媒介とする現住建造物の放火を説明します。

実行の着手の具体例「非現住建造物を媒介とする現住建造物の放火」

 現住建造物焼損の目的でこれに近接する非現住建造物に放火し、その燃焼作用により現住建造物に延焼し得べき状態を生じた場合、現住建造物に対する放火の着手が認められます。

 この場合、現住建造物に延焼しなくても、現住建造物放火未遂罪が成立し、非現住建造物の放火既遂は、現住建造物放火未遂罪に吸収されます。

 この点、参考となる裁判例として以下のものがあります。

大審院判決(大正12年11月12日)

 住宅焼損の目的で、住宅の屋根に接する草葺物置から約2mを隔てた草葺2階建物置内のわらに放火し物置の一部を焼損したが、住宅は焼損しなかった事案で、現住建造物等放火未遂罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 人の住居に使用する家屋を焼燬する目的をもって、これに近接する物置に放火し、その燃焼作用により前者(※人の住居に使用する家屋)の延焼を惹起し得べき状態に置きたるときは、刑法第108条放火罪実行の着手となるものとす

と判示しました。

大審院判決(大正15年9月28日)

 住宅に放火する目的をもって住宅に近接する空家に放火し、空家の一部を焼損したが、住宅は焼損しなかった事案で、現住建造物等放火未遂罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 現に人の住宅に使用する建物を焼燬する目的をもって人の住居に使用する建物に放火し、これを焼損したるも、人の住居に使用する建物に延焼せしむるに至らざりしときは、その所為は人の住居に使用する建物焼燬罪の未遂をもって論ずべきものとす

と判示しました。

大審院判決(昭和8年7月8日)

 隣接する数棟の建物の一端の住宅に延焼させる目的で、他の一端の納屋の壁際に古俵を置き点火したが、納屋に燃え移る前に消火された事案で、現住建造物等放火未遂罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 隣接せる4棟の建造物の一端なる人の住居に使用する建造物に延焼せしむる目的をもって、他の一端なる人の住居に使用せざる建造物に放火したるときは、後者を焼燬するに至らざるも刑法第108条の放火未遂罪を構成す

と判示しました。

 この判例は、焼損しようとする住宅と点火した建造物の間に他の数個の建造物が介在しても、互いに相隣接する場合においては、住宅への延焼を惹起しうる状態に置いたものであるから、現住建造物放火未遂罪が成立することを示した点も注目されます。

大審院判決(昭和8年7月27日)

 住宅焼損の目的で、約90cm離れた便所の屋根裏にズボンを突っ込み点火したが、便所の屋根裏の一部等を燻焼したにとどまった事案で、現住建造物等放火未遂罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 人の住居に使用する家屋を焼燬をする目的をもってこれに近接する便所に放火し、その焼燬作用により前者(※人の住居に使用する家屋)の延焼を惹起すべき状態を作為したる以上、刑法第108条の放火罪の着手ありたるものとす

と判示しました。

 住宅焼損の目的まではないが、小屋、物置等に放火すれば住宅に延焼することを予見していた場合についても、上記裁判例と同様に現住建造物放火未遂罪が成立します。

 参考となる裁判例として以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和36年11月7日)

 母屋のと直角に接着した物置に放火した行為を現住建造物放火罪に当たるものと認定した事案です。

 裁判官は、

  • 被告人が放火したところは、A方物置内のわらが積み重ねてあった場所であり、右物置が、同家居宅の母屋の部分と別棟の建物であるけれども、右物置は前言母屋東側庇の部分と直角に接着し、殊に被告人が放火した前記藁の積み重ねてあった場所は、右物置内の前記母屋に極みて接近したところであって、同所に放火すれば、右物置を焼燬するにとどまらないで、これに接着した前記の部分より母屋に延焼することは必至の状況にある
  • 被告人は、右物置小屋に放火することは考えていたけれども、母屋を焼く意思はなかったと主張するけれども、前記の如き状況において物置小屋内のわら積みに放火すれば、当然火勢は前記母屋に及んでこれを焼燬するであろうことは、被告人において十分予見していたこと記録上明瞭なところであるから、仮に被告人が右母屋に延焼することは希望しておらす、むしろその延焼をえて放火の決行にいささか躊躇した情況は認められるのであるが、少くとも前記Aら族の就寝していた前記母屋に延焼することを予見しながら、これに接着した右物置に放火した以上、現住建造物放火罪の成立することは言うをまたない

と判示しました。

福岡高裁宮崎支部判決(昭和26年7月24日)

 住居に放火する目的をもってこれに隣接する物置小屋に放火し、物置小屋は焼損したが、住居は焼損しなかった事案で、現住建造物等放火未遂罪が成立するとした事案です。

 裁判官は、

  • 被告人の所有に係る物置小屋が燃えるとB方住宅等に延焼する危険性は極めて大きいこと、被告人が右物置小屋に放火した際には相当酩酊していたけれども心神喪失の状況にあったものではなく原判決認定のとおり右B方の住宅等に延焼するに至るべきことを認識していた事実が認められるのであって、記録を検討したが、原判決には所論の如き事実誤認はない
  • 然るところ刑法第108条所定の住宅に延焼しこれを焼燬するに至るべき状況に在ることを認識しながらこれと隣接する同法第109条所定の建造物に敢えて放火したときは、たとえ住宅に延焼せず直接放火した建造物の一部を焼燬したのみで消止められた場合といえども、刑法第108条の住宅放火未遂罪を構成し、同法第109条の建造物放火罪を構成するものではない
  • 従って、原判決が「被告人は、判示B方住宅を延焼するに至るべきことを認識しながらこれと隣接する被告人所有の物置小屋に判示の如く放火したがBらが直ちに発見消火したため、同物置小屋の一部を焼燬したのみでB方の住宅を焼燬するに至らなかった。」という認定事実に対し、刑法第108条第112条を適用したのは正当である

と判示しました。

東京高裁判決(昭和26年2月13日)

 目的とする建物ではない建物に延焼すべきことを予見した場合には放火の犯意が認められるとした事案です。

 裁判官は、

  • A方居宅の西方約3.6mに隣接するA方納屋に放火するに際し、同納屋に放火するときは、右居宅にも容易に延焼すべきことを認識していたというのであって、被告人の目的とするところが右A方でないとしても、これに延焼すべきことを予見しながら前示納屋に放火した以上、住宅焼毀の範囲ありというに妨げないから、原判決が被告人の原判示所為を刑法第108条に問擬(もんぎ)したのは正当である

と判示しました。