刑法(現住建造物等放火)

現住建造物等放火罪(8) ~実行の着手①「点火行為による放火」を説明~

 前回の記事の続きです。

 これから4回に分けて、現住建造物等放火罪(刑法108条)及び非現住建造物等放火罪(刑法109条)の「実行の着手」の概念を説明します。

「実行の着手」を理解する意義

 現住建造物等放火罪又は非現住建造物等放火罪は、

  • 未遂罪(現住建造物等放火未遂罪、非現住建造物等放火罪未遂罪)
  • 予備罪(放火予備罪、刑法113条

が成立する犯罪です。

 未遂罪が成立するのか、それとも予備罪が成立するのかの判断基準となるのが

実行の着手があったかどうか

です。

 犯罪の成立過程(時系列)は、

決意→実行の着手→実行の終了→結果の発生

の4段階になります。

 「実行の着手」または「実行の終了」に至ったが、何らかの事情によって結果が発生しなかった場合、犯罪は『未遂』となります(結果が発生した場合、犯罪は『既遂』となります)。

 予備罪が用意されている犯罪については、「実行の着手」に至っていないが、犯罪の準備行為した場合に予備罪が成立します。

 放火予備罪は、例えば、放火の目的でガソリンを用意した段階で成立します。

 このように、「実行の着手」の概念は、未遂罪と予備罪を分かつポイントになることから、この概念を理解する意義があります。

放火罪の実行の着手

 放火罪の実行行為は、火を放って目的物を焼損することです。

 放火罪の実行の着手は、

火を放つ実行行為(一定の目的物の焼損を生ぜしめる原因を供与する行為)を開始すること

です。

 この実行の着手の有無が、未遂罪と予備罪の分かれ目となります。

 放火罪の実行の着手の時期一般について、判例は、目的物にであれ、媒介物にであれ、

  • 何らかの点火行為がある場合

に実行の着手を認めています。

 このほか、点火行為を伴わない場合でも、

  • 火源近くでガソリンを撒布する場合
  • 時限発火装置を設置する場合

に実行の着手を認めています。

 放火罪の実行の着手の態様は、

  • 点火行為による放火
  • ガソリン散布等による放火
  • 発火装置による放火
  • 非現住建造物を媒介とする現住建造物の放火

に分けることができます。

 今回の記事では、点火行為による放火について詳しく説明します。

実行の着手の具体例「点火行為による放火」

 直接目的物に点火したときは、点火の時に放火罪の実行の着手ありとされます。

 住宅放火の目的で、間接的に導火材料に点火してその燃焼作用が継続する状態においたときにも、放火罪の実行の着手ありとされます。

 それがそのまま鎮火して未だ目的物である住宅に燃え移ることなく終わっても、放火の実行の着手があるので、放火未遂罪が成立することになります。

 さらに、

  • 目的物にライターを近づけて操作し火花を散らした時
  • マッチをすって目的物に点火せんとする姿勢をとった時

なども放火の着手というべきと考えられます。

 逆に、点火行為、点火しようとする行為がない場合は、放火の実行の着手はないといえます。

 この点、参考となる判例・裁判例として以下のものがあります。

大審院判決(明治43年2月28日)

 放火の目的で他人の住居に侵入しただけでは、放火の実行の着手があったとはいえないとした事案です。

 裁判官は、

  • 家宅侵入の行為は、放火の目的をもってこれをなしたる場合といえども、放火行為の一部を成すものにあらずして全然別異の犯罪行為なりとす

と判示しました。

大審院判決(昭和7年4月30日)

 住宅の焼損の目的で、住宅と店舗の間に設造された炊事場の一隅の木箱中のかんなくずにマッチで点火したが、他人に消火され、かんなくずを焼いたにとどまった事案です。

 裁判官は、

  • 間接に導火材料の燃焼作用を借りて住宅燃焼を企て、材料に点火して、その燃焼作用の継続し得べき状態に置きたる以上は、犯罪の着手ありたるものにして、未だ該住宅に延焼せざるときといえども放火未遂罪を構成するものとす

と判示しました。

大審院判決(大正3年10月5日)

 古綿と布切れに石油を注ぎ、住宅台所の横の板壁の外側のかまどの上に載せマッチで点火したが、消し止められた事案です。

 裁判官は、

  • 放火の手段が家屋に伝火し得べきものなること物理上明白なる以上は、未だ家屋の一部に伝火せざるも刑法108条における犯罪の着手ありたるものとす

と判示しました。

福岡地裁判決(平成7年10月12日)

 家屋焼損の目的で玄関前のたたき台に灯油を撤いた上、ラッカー薄め液を振りかけた紙類を左手に持ち、右手で点火したライターを近づけて着火したが、左手に着用していたゴム手袋に火が燃え移ったことから、驚愕の余りゴム手袋を外して投げ捨てたところ、たまたま灯油の上に落ちて燃え上がった事案につき、ライターで着火した行為により具体的危険を発生させる行為を開始したと評価できるとして、同行為に実行の着手を認め、現住建造物等放火未遂罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 本件放火において、被告人は、A方玄関前のたたきの上に灯油を散布した上、あらかじめラッカー薄め液を振り掛けた新聞紙等の紙類を左手に持ち、右手で点火したライターをこれに近づけて着火したものの、その際、その火が左手に着用していたゴム手袋に掛かっていたラッカー薄め液に燃え移ったことから、それ以後の行為を中断しているが、このような不測の事態の発生により行為が中断されなけれ、被告人が着火した右紙類をそのまま灯油の上に置いたであろうことは十分予測できる上、被告人自身もそのような意図に基づいて右行為に及んだと認められることからすると、被告人があらかじめラッカー薄め液を振り掛けた新聞紙等の紙類に着火した行為をもって、甲方家屋を焼燬する具体的危険を発生させる行為を開始したものと評価することができる
  • したがって、被告人は、右行為によって、現住建造物等放火の実行に着手したものと認めることができる

と判示しました。

 導火材料(灯油)への意図した直接の点火行為はないものの、あらかじめ灯油を散布した上、紙類にはラッカー薄め液を振りかけていたという状況の下に点火したという危険性を重視したものです。

千葉地裁判決(平成16年5月25日)

 木造居宅の放火を決意し、屋内廊下や玄関板張り床等に灯油を散布した上、玄関から2.5メートル離れた屋外で、手にした新聞紙にライターで点火したが、その段階で、近隣住民に新聞紙をはたき落とされたため、玄関床等への点火行為には至らなかった事案について、実行の着手を認めず、現住建造物等放火未遂罪ではなく、現住建造物等放火予備を認定した事案です。

 裁判官は、

  • 本件で使用されたのはガソリン等と比べて揮発性が低い灯油であった上、被告人の行為以外により本件居宅内に散布された灯油に引火する可能性が存したことを認める証拠もないことからすると、本件居宅内に灯油を散布しただけでは、いまだ本件居宅を焼損する具体的危険性が発生したとはいえない
  • 次に被告人は、本件居宅内に灯油を散布後、屋外で新聞紙にライターで着火してふりかざしたのであるからこの時点において灯油を散布した以上の危険が生じたことは否定できない
  • しかしながら灯油を散布した玄関板張り廊下と新聞紙に着火した屋外の場所とは2.5メートル以上離れていたため、そのままでは新聞紙の火を散布した灯油に着火できる位置関係にはなく、灯油に着火するには、一度ある程度の距離を引き返すか、あるいは新聞紙を後ろに放り投げるなどの新たな挙動に出る必要があるところ、被告人は、玄関から屋外に出た後、終始本件居宅に背を向けて立ち、上記の廊下に散布した灯油に着火するような挙動に出ないうちに被告人を取り巻いていた近隣住民の1人に新聞紙を叩き落とされたほか、犯行当時小雨が降り風向きも被告人の背後である自宅方向から吹いていたという気象状況をも併せ考えると、被告人の新聞紙への着火行為により本件居宅焼損に向けた具体的危険が発生したと認めるのは困難である

と判示しました。

 灯油散布地点と紙への点火地点との距離、点火時に住民が取り巻いていた状況などから具体的危険性を否定したものです。

横浜地裁判決(平成18年11月14日)

 一時的媒介物(灯油をまいた台所床)の近くで二次的媒介物(高窓に取り付けられたカーテン)に着火したが、現住建造物等放火罪の実行の着手を否定した事例です。

 台所床等に灯油を撒き、高窓に取り付けられていたカーテンをガスコンロ上に置いて、ガスコンロの点火スイッチを押し、火をカーテンに燃え移らせたが、それ以上に燃え広がる可能性がなく、カーテンが落ちるなどして灯油に引火する可能性もないから、具体的危険が発生したとはいえないとし、放火の実行の着手はなく、現住建造物等放火未遂罪は成立しないとして、無罪を言い渡した事案です。

 裁判官は、

  • 検察官は、被告人が、ガスコンロを点火し、その火をカーテンに燃え移らせたことにより床に撒いた灯油に引火する状態を作出し、本件居宅を焼損する具体的危険を発生させたのであるから、この時点で放火行為の着手が認められるとして、その後の経過は、因果関係の範囲内にある限り、犯罪の成否に影響を与えないといった主張をしていることから、以下、本件における実行行為の着手時期について検討する
  • まず、本件では、被告人が、台所床面等に灯油を撒いた事実が認められるが、灯油は揮発性が低い上、台所床面等に灯油に引火するような加熱物が存在したという証拠もないことからすれば、被告人が台所床面等に灯油を撒いただけでは、本件居宅を焼損する具体的危険性が発生したとは言えない
  • 次に、本件においては、被告人が、高窓に取り付けられていたカーテンをガスコンロの上に置き、ガスコンロの点火用スイッチを押したという事実が認められるところ、その後、被告人がガスコンロの火をカーテンに燃え移らせたとしても、カーテンの置かれ方や燃焼状況等により具体的に本件居宅を焼損する危険性が大きく異なることから、その時点において、直ちに、現住建造物等放火の実行の着手を認めることはできないというべきである
  • すなわち、前記検証において、ガスコンロの火が燃え移ったカーテンは、五徳内の円形部分については燃焼して焼失するものの、それ以上に燃え広がることはなかったという結果が得られていることからすると、本件において、被告人が、ガスコンロを点火しその火をカーテンに燃え移らせることができたとしても、それだけでは着火したカーテンが燃え広がって、ガスコンロ奥の台所壁面に燃え移るという可能性はなく、また、ガスコンロの上部(トッププレート)から台所床面までの距離は約90センチメートル程度離れていて、着火した媒介物を台所床面に落とす、あるいは置くなどの次の行為がなければ、ガスコンロの火が台所床面等に撒かれた灯油に引火する可能性もない
  • さらに既に検討したとおり、燃焼を継続させたままカーテンが台所床面等の撒かれた灯油に落ちるという可能性もほとんどない
  • 本件においては、ガスコンロの火をカーテンに燃え移らせたことをもって、本件居宅を焼損させるには、カーテンを台所床面等に落とす、あるいは置くといった行為を残すのみといった状況にもないと言わざるを得ない
  • 本件で用いられたようなカーテンが放火の媒介物となり得る場合があることは否定できないし、媒介物への点火行為により実行の着手を認めるに足りるだけの建物への焼損の危険性が生じることもあり得ないわけではないが、カーテンに燃え移らせたとしても上記のようにコンロの火に触れた付近だけが焼失して継続した燃焼に至らないなど、具体的な危険性を生じさせない場合が十分あり得ることに照らせば、カーテンの置き方や燃焼状況等、本件居宅を焼損させる危険性を基礎付ける事実関係が何ら解明できない場合にまで、被告人がガスコンロの上にカーテンを言き、コンロに点火してその火をカーテンに燃え移らせたということだけで、本件居宅を焼損する具体的危険性を発生させる行為を開始したものと評価することはできない
  • したがって、検察官の前記主張は採用できない
  • なお、被告人に現住建造物等放火罪以外の犯罪が成立し得るか否かについて検討してみるに、まず、本件においては、失火罪あるいは重過失失火罪が成立し得る余地はあるものの、検察官から訴因の変更も請求されていない上、事件発生から8年以上経過した現段階においては、証拠上、被告人に火災発生を防止すべきいかなる注意義務が課せられていたのか等につき明らかにすることも困難であることなどに鑑みると、上記犯罪の成立を認定することはできない
  • また、被告人が、台所床面等に灯油を撒布する等の行為を行っていることをもって放火予備罪が成立し得ないか検討してみるに、前述したとおり被告人には本件放火の故意を認定することはできないことから、上記行為を放火の意思を実行に移す準備行為と捉えることもできず、したがって、放火予備罪の成立を認めることもできない

と判示しました。

次回の記事に続く

 放火罪の実行の着手の態様は、

  • 点火行為による放火
  • ガソリン散布等による放火
  • 発火装置による放火
  • 非現住建造物を媒介とする現住建造物の放火

に分けることができます。

 次回の記事では、ガソリン散布等による放火を説明します。