前回の記事の続きです。
今回の記事では、準強制性交等罪、準強制わいせつ罪の具体例として、
- 精神障害、知的障害を利用した事例
- 睡眠中の女子が半覚醒状態で夫が性交を求めてきたものと誤信して、その求めに応じる態度に出た事例
を紹介します。
精神障害、知的障害を利用した事例
強制性交について被害者の同意があったとしても、精神障害によって、性的行為の社会的意義を理解する能力あるいは性的行為について自ら意思決定する能力がない(または能力が著しく劣っている)場合には、準強制性交等罪、準強制わいせつ罪の成立が認められます。
参考となる判例として、以下のものがあります。
広島地裁判決(昭和39年2月27日)
精神年齢5~7歳くらいの知的障害者を姦淫した事案ついて、知的障害者ゆえに抗拒不能の状態であったと認定し、準強制性交等罪の成立を認めた事例です。
裁判官は、
- 被告人は、幼児と遊んでいた精神薄弱者(痴愚級・精神年齢5-7歳くらい)のA子を認め、A子と散歩したうえ首尾よく誘惑できたら姦淫しようと企て、A子を連れて散歩しているうち、A子が知能程度が極めて低く、性的にも無知で姦淫されてもほとんど何のことかわからない状態にあることを認識するや、これを奇貨としてA子を姦淫しようと決意し、A子を墓所に連れ込み、その付近の地面に仰向けに寝かせたうえA子を姦淫し、もって人の抗拒不能に乗じて姦淫したものである
と判示し、精神年齢5~7歳くらいの精神薄弱者に対し、抗拒不能を認定し、準強制性交等罪が成立するとしました。
知的障害者を強制性交した行為について、準強制性交等罪の成立を認めました事例です。
裁判官は、
- 被害者Aは、本件当時まだ満14才8か月であり、当時B中学校の特殊学級に在学中であったこと、Aの鈴木ビネー式(個人)による知能指数は52、精神年齢は6年10月、生活年齢は13年3月であること、Aは常に不安定な精神状態で、行動に統一性がなく、判断力もなく、衝動的で、生活にしまりがなく、自主性をかき、他人にだまされやすい性格であること、Aの初 潮は昭和40年4月頃で、性本能は発達していてもまだ正常な性知識をもたず、性的差恥心もなかったこと、当時Aは家の者を嫌っていて、同年2月頃から本件に至るまで何回も被告人と会っており、被告人になついていたこと、被告人はAの言動から頭のおかしいことを知っていたことが認められる
- 以上を総合すると、Aは当時正常な判断力を有せず、特に外部からの影響を被りやすい強度の精神薄弱(痴愚)の状態にあったものというべきである
- Aが本件姦淫について、通常の社会生活上信頼され得る同意を与えたとは到底認められないのであって、被告人もそのことを当然知っていたと認められる
- そうすると、被告人が右認定のような精神状態にあるAを姦淫した本件所為は、まさに刑法第178条にいう人の心神喪失に乗じて姦淫したものと解するのが相当である
と判示し、知的障害者を強制性交した行為について、準強制性交等罪の成立を認めました。
東京高裁判決(昭和51年12月13日)
知的障害の婦女に対する姦淫が心神喪失に乗じてされたものと認め、準強制性交等罪の成立を認めた事例です。
裁判官は、
- 被害女性Aは、当時43歳で、成人の重度精神薄弱者収容施設に収容され、知能指数21の重度の白痴で、4、5歳の知能程度しかなく、善悪の判断ができないものであった
- 被告人とAとは初対面の間柄であり、被告人がAの手にしていたビニール袋入りのヨモギ草を見て、何処で採ってきたのかとたずねたのに対し、同女は「あっち、たくさんある」等と幼稚な応答をしており、Aが人なつこい態度をしているのを認めた(原判決引用の証拠によれば、実は、この人なつこい態度を示すことが重度精神薄弱者の特徴でもある)
- 被告人はこの女はやらせると思い、愛情の表現等を一言も口にすることなく、直ちに右手で女陰の形を作り「やらせるか」とAに申し向けているのであって、被告人が、いかにAが男をほしがっていると思ったにせよ、女性に対し性的交渉を求める男の態度としては極めて異常である
- しかも、被告人のこのような仕ぐさに対して、被告人が述べているように、Aがなんらのためらいもなく応諾したということも、通常の成人婦女の態度としては怪んでしかるべきことであり、姦淫に際しても、Aは被告人のいうがまま何のためらいもなくその着用していたズボンを足元まで脱いでいるのであり、その間、Aの側から性的交渉を求めるについて積極的姿勢を示した事実も認められないのである
- Aが当時正常な判断能力を有せず、精神薄弱(重度の白痴)の状態にあり、Aが本件姦淫について承諾能力を欠いていたことはもとよりとして、被告人に対し、通常成人の婦女が示す姦淫についての同意の意思を示していたものとは到底容認し難い
- 被告人としても、Aが頭の弱いばかな人だとの認識、すなわち、刑法178条の罪の成立に必要な故意を有していたものと認定するに毫も支障はない
- 被告人が右認定のような精神状態にあるAを姦淫した本件所為は、まさに刑法178条にいう人の心神喪失に乗じて姦淫したものと解するのが相当である
と判示しました。
東京高裁判決(昭和58年6月8日)
被害当時25歳で精神年齢6、7歳程度の精神薄弱者の婦女が刑刑法178条にいう「心神喪失」の状態にあったと認め、準強制性交等罪の成立を認めた事例です。
裁判官は、
- 強姦(準強姦を含む。)の罪は、婦女の性的自由ないし貞操に対する侵害行為であるから、当該婦女において、性行為をなすにつきその自由意思をもって、相手方男性に同意を与えている場合には、構成要件該当性そのものが否定されることとなるのはいうまでもないところ、刑法177条後段は「13歳ニ満タサル婦女」(※旧法の記載)には、右の同意をなす能力がないものとみなしており、同178条所定の「心神喪失若クハ抗拒不能」(※旧法の記載)の状態にある婦女についても、これと同断であると解される
- 従って、これらの場合には、たとえ形式的に当該婦女が性行為に同意しているとしても、そのことにより構成要件該当性が阻却されることはない
- そして、ここに「心神喪失」とは、無意識又は前後不覚の状態にあるような場合に限られず、精神障害に基づく精神遅滞により、性行為について意思決定をする正常な判断力を有しない場合をも包含するものと解するのを相当とするところ、右判断力の有無を判定するに当っては、具体的事実関係に即して、当該婦女の一般的な精神遅滞の程度、性器、性行為についての生物学的認識にとどまらず、性行為を行なうことの社会的、倫理的意味についての理解の程度、右の理解に基づき自から性行為につき意思決定をする能力の有無を慎重に見きわめる必要があるものというべきである
- これを本件について見るに、被害者M(被害当時25歳)が、
- (1)既に乳幼児期から精神、運動能力の発育遅滞が見られ、本件被害当時、知能指数が40ないし50程度の中等度の精神遅滞の状態にある精神薄弱者であって、精神年齢6、7歳の程度であると認められ、その社会的生活能力ないし適応性は限られた環境の下のものであり、家庭でも職場でも保護者的存在がなければ自活できないこと
- (2)月経と生殖との関係、胎児の育つ場所や産道、性行為が生殖行為であって妊娠を伴う場合のあること、悪阻が妊娠の徴候であることなどについての知識に欠けていて、性行為の意味につき、前記(1)の知能程度に相応する理解しか有しないこと
- (3)類推・総合・抽象能力に乏しく、物事の関係を理解し、本質的な事柄や意味、因果関係等を総合判断して行為の結果を予測することが困難であって、判断力・洞察力に乏しく、全体的に精神生活が未分化な状態にあると認められること
- などの諸点を総合考慮して、本件各被害当時、被害者には性行為について意思決定する正常な判断能力が欠けていたものと判断しているのであって、当時被害者Mが刑法第178条所定の「心神喪失」の状態にあった
と判示しました。
睡眠中の女子が半覚醒状態で夫が性交を求めてきたものと誤信して、その求めに応じる態度に出た事例
判例は、睡眠中の女子が半覚醒状態で夫が性交を求めてきたものと誤信して、その求めに応じる態度に出た場合について、準強制性交等罪の成立を認めています。
「被害者の承諾」は、事柄の性質上、当然に行為者との間で性的行為を行うことの合意を意味するものなので、睡眠中ないし半覚醒の状態である場合には、たとえ黙示的な同意があったとしても有効な承諾とはいえず、睡眠中ないし半覚醒の状態は抗拒不能の状態であるというべきなので、準強制性交等罪の成立がすると判例の考え方は相当とされています。
仙台高裁判決(昭和32年4月18日)
裁判官は、
- 刑法178条にいわゆる抗拒不能とは、心身喪失以外の意味において心理的若しくは物理的に抵抗することの至難な状態をいうものと解されるから、深夜、暗い部屋に寝ている女が夢うつつの中のおぼろな意識のうちで、同室に寝ていた夫若しくは情夫に情交をいどまれたものと誤信したためこれに応じたのに乗じて姦淫するのは、婦女の抗拒不能に乗じて姦淫する場合にあたるものといわなければならない
- 従って、被告人が前説示のように被害女性Aを姦淫した行為が、右法条の定める強姦の罪を構成することは、疑がない
- されば、原判決が、被告人がAの抗拒不能の状態にあるのに乗じて同女を姦淫した旨判示し、強姦の罪の成立を認めたのは、そのかぎりでは正当であるが、抗拒不能の態様を熟睡と認めたのは、事実の認定としては正確を失するものといわなければならない
と判示し、誤信したことを抗拒不能と認定し、準強制性交等罪の成立を認めました。
まず、被告人の弁護人は、
- 被害女性Aは、被告人と性交を行う以前に完全に覚醒していて、だた、部屋の暗さ、被告人の声が夫のそれに似ていた等のため、夫と間違って関係を結んだに過ぎないのであって、当時被害者は刑法にいわゆる抗拒不能の状態にあったものではないから、これに対し準強姦(現行法:準強制性交等罪)の認定をしたのは事実の認定を誤たものである
と主張しました。
この主張に対し、裁判官は、
- 被告人がAの寝床にもぐり込んで来たので目を覚まし、被告人の音声が夫のそれに酷似していたこと、部屋が暗闇であったこと等より、被告人を自己の夫と間違い、二三言葉を交した上、同人と性交に及んだが、中途において被告人の動作が平素の夫と相違し、かつ頭髪の様子、服装等が夫と違うため人違いであることに気付き、必死の抵抗をしたことが認められる
- しかし、他面、Aは、当日、相当過労な麦刈りの仕事をしており、その上、夫の帰りを待ったため、深夜近くまで繕い仕事をしたため疲労甚しく、被告人がAの寝床に忍び込んだこと により眼をさましたとは云いうものの、未だ頭がはっきりせず、しばらくは、いわゆる半睡半醒の状態であったことが窺われる
- 従って、当時被害者の寝室が消灯されて暗黒であったこと、被告人の声が被害者の夫のそれに似ていたこと等、被告人を自己の夫と間違えたことの他の要素の存することもさることながら、前記の如き被害者の完全に睡眠よりさめ切らない、もうろうたる半睡半醒の精神状態が被告人を自己の夫と思い誤った主たる原因であったことは否み難い事実であると認め得られる
- しかして、当初より犯人に婦女を強姦する意思があり、しかも被害者が前叙の如き精神状態によって陥った重大な錯誤(自己の夫と間違えると云う)に乗じ、犯人がその婦女を姦淫した以上、右性交の当時、あるいはその直前には被害者が睡眠より完全に覚醒していたとしても、なお被害者が犯人を自己の夫と誤認している状態の継続する限り、右は刑法第178条にいわゆる抗拒不能に乗じて婦女を姦淫したものと解するを妨げないものというべきである
と判示し、準強制性交等罪の成立を認めました
次回記事に続く
次回記事では、準強制性交等罪、準強制わいせつ罪の具体例として、
- 性的行為に関する理解能力や判断能力に欠けるところのない者が、行為者の作為によって、その判断過程に影響力を及ぼされた事例
を紹介します。