刑法(恐喝罪)

恐喝罪(15) ~「恐喝罪の既遂時期」「財物恐喝罪(1項恐喝)と利益恐喝罪(2項恐喝)の既遂時期」を判例で解説~

恐喝罪の既遂時期

 恐喝罪(刑法249条)において、恐喝行為が開始された後、恐喝罪が既遂となるには、恐喝の結果、相手方が畏怖し、任意に財物又は財産上の利益を交付し、財物又は財産上の利益が犯人に移転するという因果関係の存在が必要になります。

 この因果関係の要件のうち、「交付した」といえるためには、相手方から犯人に財物又は財産上の利益が移転することが必要になります。

 そして、相手方から犯人に財物又は財産上の利益が移転したときに、恐喝罪は既遂になります。

 今回は、恐喝罪の既遂時期について、詳しく説明します。

財物恐喝罪(1項恐喝)の既遂時期

 財物恐喝罪(刑法249条の1項の恐喝)の既遂時期は、

被害者から財物の占有が移転し、財物が犯人又は第三者の自由に処分しうる状態になったとき

が既遂時期になります。

 既遂時期の考え方を、動産と不動産に分けると次のようになります。

被害品が動産の場合の既遂時期

 動産については、

相手方の占有を排除し、占有が犯人又は第三者に移転したとき

に、財物恐喝罪(1項恐喝)は既遂になります。

被害品が不動産の場合の既遂時期

 不動産(土地、建物)については、

登記又は引渡しの手続が完了し、犯人又は第三者が不動産に対する支配を設定したとき

に占有の移転があり、財物恐喝罪(1項恐喝)は既遂になります。

 したがって、相手方に単なる不動産の所有権移転の意思表示をさせただけで、まだ登記又は引渡しの手続を完了しないときは、財物恐喝罪(1項恐喝)の既遂になりません。

 しかし、所有権移転の意思表示によって所有権は移転するので、利益恐喝罪(刑法249条の2項の恐喝)の既遂は成立するのがポイントになります。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(明治44年12月4日)

 この判例で、裁判官は、

  • 土地所有権移転の意思表示を為さしめたる場合といえども、未だ登記又は引渡の手続を了せざるにおいては、その土地を被告らの自由に処分し得べき状態に置きたるものにあらざれば、刑法第249条第1項にいわゆる財物の交付ありたるものに該当せず

として、財物恐喝罪(1項恐喝)の既遂は成立しないとしながらも、

  • 土地所有者にして、被告らに対し、所有権移転の意思表示を為したる以上は、所有権は、直ちに被告らに移転すべきをもって、被告らは、刑法第249条第2項にいわゆる財産上不法の利益を得たる者にほかならず

として、利益恐喝罪(2項恐喝)の既遂を認めました。

利益恐喝罪(2項恐喝)の既遂時期

 利益恐喝罪(刑法249条の1項の恐喝)の既遂時期は、

被害者の財産的処分行為の意思表示がなされたとき

です。

 この点について、以下の判例があります。

被害者に財産的処分行為の承諾をさせた時点で2項恐喝の既遂になるとした判例

大審院判決(大正8年5月23日)

 この判例で、裁判官は、

  • 白米商を恐喝して畏怖させ、白米を廉売する旨の承諾の意思表示をさせた場合は、法律上白米商を拘束させることになるから、財産上不法の利益を得たものとして、意思表示がなされたときが既遂である
  • 白米商から承諾証書を交付させていなくても、現実に白米を廉売させなくても、相手方に意思表示をさせたときが既遂である

としました。

被害者に債務の支払を一時猶予する意思表示をさせた時点で2項恐喝の既遂になるとした判例

大審院判決(昭和2年4月22日)

 債権者を恐喝して、債務支払の一時猶予の意思表示をさせた事案で、支払猶予の意思表示がなされたときが2項恐喝の既遂であるとしました。

 裁判官は、

  • 恐喝により、支払請求権者を畏怖せしめ、その請求を為さしめずして、その支払を免れるにおいては、たとえ終局の支払を免れるにあらず、単に、一時支払を免れるにとどまるものといえども、なお刑法第249条第2項のいわゆる財産上不法の利益を得たるものにほかならざれば、恐喝罪は直ちに成立し、未遂罪をもって論ずべきにあらず

と判示しました。

最高裁決定(昭和43年12月11日)

 暴力団の組員である被告人が、飲食店で飲食後に、従業員から飲食代金を請求されたのに対し、脅迫して請求を一時断念させた事案で、裁判官は、

  • 原裁判所が、被告人が一審判決判示の文言を申し向けて被害者らを畏怖させ、よって被害者側の請求を断念せしめた以上、そこに被害者側の黙示的な少なくとも支払い猶予の処分行為が存在するものと認め、恐喝罪の成立を肯定したのは相当である

と判示し、被害者に飲食代金の支払を断念する意思表示をさせた時点で、2項恐喝罪は既遂になるとしました。

被害者に財物の交付を約束させた時点で2項恐喝の既遂になるとした判例

大審院判決(昭和6年7月27日)

 この判例は、相手方を恐喝して財物の交付を約束させた場合は、約束させた時が2項恐喝の既遂であるとしました。

 金員の交付の約束について、裁判官は、

  • 被告人は、Aを恐喝して畏怖せしめ、Aをして判示月日までに金350円を整え、B方に行き、Bに提供すべき旨約諾せしめたるものなれば、すなわち、これにより財産上不法の利益を得しめたるものというべきである
  • したがって、原判決が恐喝既遂の法条に問擬(もんぎ)したるは正当なり

と判示し、財物の交付を約束させた時で2項恐喝の既遂が成立するとしました。

最高裁判決(昭和26年9月28日)

 この判例で、裁判官は、

  • 原判決は、被告人らは、判示のごとく被害者を脅迫し、同人らをして金4万円を交付する旨約束せしめた事実を認定したのであって、かかる金員交付の約束をさせた以上、たとえそれが法律上正当にその履行を請求することのできない債権であるとしても、これを刑法249条2項にいわゆる『財産上不法の利益を得』たものと解するに何の妨げもないのである

と判示し、財物の交付を約束させた時で2項恐喝の既遂が成立するとしました。

 上記2つの判例があるものの、被害者に財物の交付を約束させた行為が、財産上不法な利益を得たとして、利得恐喝罪(2項恐喝)の既遂が成立するという考え方には疑問が呈される部分があります。

 財物(金員)の交付を約束させる場合は、財物を交付させる目的で人を恐喝し、財物の交付を約束させた段階では、その約束(意思表示)がそれ自体で独立の財産的価値がある権利を犯人に与えるものである場合を除き、一般には、利得恐喝罪(2項恐喝)は成立せず、むしろ財物恐喝罪(1項恐喝)の未遂が成立すると解するのが妥当であるとする見解があります。

 つまり、財物交付の約束後、財物の交付を受ける前の段階で発覚することの多い恐喝罪において、利得恐喝罪(2項恐喝)の既遂が成立するのか、それとも財物恐喝罪(1項恐喝)の未遂が成立するのかという点が問題になります。

 この点についてどう考えるかについては、

  • 目的が財物喝取にあって、恐喝行為に着手した場合は財物恐喝罪だけを問題にすればよい
  • 目的が利益取得にあって、恐喝行為に着手した場合は、利益恐喝罪だけを問題にすればよい

という見方をするのが妥当であるとされます。

 この見方を基づけば、財物の交付を約束させるということは、目的が財物喝取にあるのだから、財物恐喝罪だけを問題にすればよいという結論になります。

 なので、相手方を恐喝して財物(金員)の交付を約束させた場合は、交付の約束の意思表示をさせたときが利益恐喝罪の既遂であるとする判例があるものの、財物(金員)の喝取を目的としている場合は、利益恐喝罪(2項恐喝)の成立を問題とするのではなく、財物恐喝罪(1項恐喝)の成立のみを問題とすべきという考え方が採るのが妥当であると考えられます。

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