前回の記事の続きです。
公共の危険とは?
建造物等以外放火罪(刑法110条)は、
- 放火して、前二条(刑法第108条:現住建造物等放火罪、刑法第109条:非現住建造物等放火罪)に規定する物以外の物を焼損し、よって公共の危険を生じさせた者は、1年以上10年以下の懲役に処する
- 前項の物が自己の所有に係るときは、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する
と規定します。
建造物等以外放火罪(刑法110条)にいう「公共の危険」とは、
- 不特定又は多数人の生命・身体・財産に対する侵害のおそれがあると認められる状態をいう(東京高裁判決 昭和61年11月6日)
- 刑法108条及び109条1項に規定する建造物等に対する延焼の危険に限られるものではなく、不特定又は多数の人の生命、身体又は前記建造物等以外の財産に対する危険も含まれる(最高裁決定 平成15年4月14日)
とされます。
公共の危険の発生が認められた事例
建造物等以外放火罪に関し、公共の危険の発生が認められた事例として以下のものがあります。
大審院判決(明治44年4月24日)
住家から約3.6mのところに堆積した他人所有の多量のわらに放火し焼損した事案で、たとえ当時風位が人家の反対方向であっても、人家に延焼するおそれが絶対ないとはいえないとし、公共の危険の発生を認めました。
大審院判決(昭和6年7月2日)
酌婦に情交を拒絶され、こたつ布団を焼損して鬱憤を晴らそうと考え、新聞紙に点火し、これをこたつ布団と畳との間に差し入れて放火し、布団下掛・畳の一部等を焼損し、家屋が焼損しそうになる状態を生じさせた事案で、公共の危険の発生を認めました。
大審院判決(昭和10年10月7日)
税務監督局構内の車庫にあった自動車の運転手席等にガソリンを撤布し、マッチで放火したものの、自動車の一部を焼損しただけで巡視に発見され消火されたが、車庫及び税務監督局本館に延焼するおそれを生じさせた事案で、公共の危険の発生を認めました。
東京高裁判決(昭和29年10月19日)
遊興の相手に意地を晴らすため遊興に使用した布団を燃やそうとし、たばこの火を掛布団皮と綿の間に挿入して立ち去り、その後、掛布団及び敷布団の各一部を焼損し、そのまま放置すれば建物に延焼する危険を生じさせた事案で、公共の危険の発生を認めました。
高松高裁判決(昭和31年8月7日)
妾とけんかし、居宅内の布団、行李当を戸外に投げ出し、妾宅に隣接する納屋軒下に横約1.2m、高さ約1mくらいに積んであった乾燥わらから、わずか約30cmほど離れた地面に、その布団、行李等を積み重ね、わらに火をつけて被告人所有のその布団2枚、毛布1枚に燃え移らせ、その納屋に延焼する危険を発生させた事案で、公共の危険発生を肯定し、仮に被告人が直接に焼損の対象とした布団、毛布等以外の物に延焼するのを防ぐための手段を持っていたとしても、犯罪の成立に影響を及ぼさないとしました。
名古屋高裁判決(昭和32年5月6日)
旅館の廊下に敷いてあるゴザの上に電気スタンドの笠を置き、その上に竹と木の細い棒2本をのせ、笠に縫い付け張ってあった布に点火してこれらを焼損し、さらにゴザを燻焼させたものの、直ちに消し止められた事案で、家屋に延焼させる危険を発生させたとし、公共の危険の発生を認めました。
仙台高裁秋田支部判決(昭和32年12月1日)
他人の家屋から約2mの距離に置かれた自動三輪車のガソリンタンクに点火し、タンクの口に高さ約15cm、幅約10cmの火を吹き上げさせた場合、火炎が運転台の幌に引火し、あるいはタンクの口から沸騰したガソリソが飛散して引火し、更に家屋に延焼する危険を生じさせたとし、公共の危険の発生を認めました。
東京高裁判決(昭和36年12月20日)
付近に人家の密集する郵便局正面につるしてあった幅1m、長さ5.8mの懸垂幕に放火した事案で、公共の危険の発生を認めました。
東京高裁判決(昭和48年7月6日)
高校屋上の出入口をふさぐように多数の木製机、椅子を積み重ね、ガソリンと灯油の混合液体を振りかけて発火炎上させた事案で、机や椅子と出入口の鋼鉄製開き戸との間には鋼鉄製ロッカーがあり、 ロッカー上部の隙間は狭く、炎が隙間を通って屋内の可燃物(出入口内側に積み重ねられた木製机、椅子等)に延焼する物理的可能性はなかったとしても、通常人をして燃焼の危険を感ぜしめるに足る状態を作出したといえるとして、公共の危険の発生を認めました。
大阪地裁判決(昭和58年8月22日)
路上の資材の上に被せてあったシート(塩化ビニール製当)3枚のうち延約6平方メートルを焼損した事案で、公共の危険の発生を認めました。
小屋から約5.3m離れた路上で乗用車を燃やした行為について、刑法110条1項に該当するとした原判決の判断は相当であるとしました。
広島高裁判決(昭和63年5月12日)
モルタル家屋の玄関横に置かれた古カーペットや出窓下に置かれた古新聞紙5枚くらいを焼損した事案で、公共の危険の発生を認めました。
刑法110条1項の公共の危険は、108条及び109条1項に規定する建造物等に対する延焼の危険に限られるものではなく、不特定又は多数の人の生命・身体又は前記建造物等以外の財産に対する危険も含まれると解した上、市街地の駐車場において、被害自動車から3.8mと0 .9mの位置に他の自動車があり、3.4mの位置のゴミ集積場に可燃性の家庭ゴミ約300kgが置かれていた事情の下で、被害自動車全体にガソリソをかけてライターで点火した行為につき、公共の危険の発生を肯定しました。
東京高裁判決(平成19年4月19日)
閑静な住宅街の木造家屋から7~8m離れた空き地に駐車中の燃料タンクに半分くらいのガソリンが入った自動車の車輪に接した地点に枯れ葉等を重ね置いて点火した事案で、火炎が40cmに達して火力も増し、自動車に延焼の危険が及んだことから公共の危険の発生を肯定しました。
公共の危険の発生が否定された事例
建造物等以外放火罪につき、公共の危険の発生が否定された事例として以下のものがあります。
静岡地裁判決(昭和34年12月24日)
鉄筋コンクリート造りの電気工業所の前路上の杉板製ごみ箱に放火し、その下部掃き出し用ふた部分の長さ約60cm、幅約22cm、深さ約5mmの範囲を焼損したが、そのごみ箱から至近距離の木造構築物まで約10.34mあり、その間に延焼の媒介物でありうるものはごみ箱から約2m離れた柳の枯木1本とその支柵のみであった事案で、付近の木造構築物への延焼の物理的可能性がないとし、公共の危険の発生が否定しました。
名古屋地裁判決(昭和35年7月19日)
長さ約16m、幅約2.8mの橋梁を焼損した事案につき、橋梁の周囲は田畑等で200m以内は建造物はなく、橋の表面はコンクリートで覆われ、余り強度の火力でなかったことなどから、他の建造物への延焼の可能性はほとんどなく、また、橋梁が焼失したことにより、一般人が通行できなくなったこと、あるいは夜間、焼失したことを知らない通行人が危害を受けることも想像され得ないではないが、かかる危害は本条の公共の危険とは考えられないとして、公共の危険の存在を否定しました。
福岡地裁判決(昭和41年12月26日)
焼損の目的たる小屋は、面積約6.5平方メートル、高さ約1.8mの掘立小屋で小屋自体の燃焼による火力はそれほど強力でなく、その燃焼継続時間は約20分、火熔の高さは約2m程度であったこと、小屋は川の土手の斜面及び川床の一部を利用して建てられており、約20mの地点に旅館、約19mの地点に掘立小屋があるだけで、その間に延焼を招く可燃性の物件は存在しないこと、当時ほとんど風がなかったこと等の事情から、公共の危険が生じたとは認められないとしました。
松江地裁判決(昭和48年3月27日)
道路上に落ちていたわら束が通行の邪魔になるとして立腹し、わら束から6.9m離れた水田内の「稲はで」(縦木28本、支木56本、横竹70本を使用した5段造りのもの)を焼損したが、当時無風で火の粉が飛散する状況になく、そのわら束や近隣の山林に延焼するおそれはなかったとし、公共の危険の存在を否定しました。
東京高裁判決(昭和61年11月6日)
単に特定の普通貨物自動車1台に延焼のおそれが生じただけでは、他に人の生命・身体・財産に危害の及ぶおそれが生じない限り、公共の危険が発生したとはいえないとしました。
浦和地裁判決(平成2年11月22日)
駐車場に駐車中の自動車を覆ったポリエステル製のボディカバーにガスライターで火をつけ、その一部(0.6平方メートル)と車の塗装の一部を焼いた事案について、自動車と建物との距離は56cmしかなかったものの、火力の程度、燃焼の状況、当時の気象状況、燃焼実験によれば、炎は自然に消えていた蓋然性が高いとして、公共の危険の発生を否定しました。
次回の記事に続く
次回の記事では、
- 既遂時期
- 故意
- 他罪との関係
を説明します。