道路交通法違反

道交法違反(事故報告義務違反)(6)~「事故報告と刑法42条の自首の成否」を説明

 前回の記事の続きです。

事故報告と刑法42条の自首の成否

1⃣ 道交法72条1項後段の道交法違反(事故報告義務違反)に基づく「事故報告」があったからといって、それのみでは刑法42条自首があったことにはなりません。

 道交法72条1項後段の事故報告が自首には当たらないことを判示した以下の裁判例があります。

高松高裁判決(昭和30年7月29日)

 裁判所は、

  • 刑法第42条の自首とは犯人が進んで捜査官憲に対し自己の犯罪真実を告げてその処分を求める意思表示をすることであるから、自動車の運転者がその自動車を運転していて同自動車による傷害事故を起したことを捜査官憲に届け出るだけで自己の過失による犯罪事実を告げないならば、自首があったとは言えないのであって、本件につき被告人が右の意味の自首した事実は認められない
  • 従って刑法第42条を適用しうる場合ではない

と判示しました。

東京高裁判決(昭和37年10月9日)

 裁判所は、

  • 被告人が本件事故発生直後、もよりの巡査派出所の警察官に対し道路交通法第72条第1項所定の事故報告をしたことはこれを窺い得るところであるが、右にいわゆる事故報告は刑法第42条にいわゆる自首にあたらないことはいうまでもないところであり、他に記録上本件につき自首の行われた形跡は存しないのみならず、自首の有無は所論の如き職権調査事項には該当しないから、原判決がこの点につき「いますぐ法律上の自首にあたるものと断言することはできない」としたのは相当であって、原判決には何ら所論のごとき違法は存しない

と判示しました。

2⃣ ただし、その「事故報告」が、

  • 捜査機関に発覚していない時期に行われ、

   かつ

  • 事故の事実、又は、事故が故意又は過失に基づくことを告げ(犯罪事実を告げ)てその処分を求める意思表示を行うならば、

道交法72条1項後段の報告義務の履行とともに、刑法42条の自首がなされたものと認められると考えれています。

判例・裁判例

 事故報告と自首の成否に関する以下の判例・裁判例があります。

東京高裁判決(昭和46年10月27日)

【事案の概要】

 タクシー運転者である被告人が人身事故を起こして逃走し、「クリーム色と水色のツートンカラーのセドリックで登録番号は、足立・記号不明・末尾300号」の事実に基づき警察が緊急配備するとともに、一方で目撃者が車で追跡していた。

 検問中これを発見した警察官が、追跡してきた目撃者の証言等により現行犯逮捕したという事案に対し、弁護人は被告人が警察官の職務質問に対し、自分の犯罪事実を自供したのは、「自首に当たる」として東京高裁に控訴した。

【判決内容】

 裁判所は、

  • 本件のような事例では、犯人の氏名、住所はわからなくても、確定した車の運転者として(中略)犯人が特定し官に発覚していると認められるのが相当で、所論のように単に犯人の特徴が判明しているに過ぎず、犯人の特定がないとはいえない

とし、自首の成立を否定しました。

東京高裁判決(昭和52年5月18日)

 裁判所は、

  • ひき逃げ事故の犯人が加害車両の所有者である場合には、特別の事情のないかぎり、右所有者の氏名が官に判明した時点において、犯人が官に発覚したものと解するのが相当であり、官が加害車両の現実の運転者を覚知することまで要しないので右時点以後の申告は自首に該当しない

と判示しました。

東京高裁判決(昭和55年6月16日)

 裁判所は、

  • 所論は、原判示第一、第二の各事実につき、法律上の自首を主張するけれども、証拠によれば、原判示交通事故の発生した直後現場に到着した警察官が被害者から一応被害状況を聴取した後、被疑者を確定するためその場に佇立していた被告人及びA男の両名に対し「ライトバンを運転していたのは誰ですか。」と質問したところ、A男が被告人の前記教唆に基づいて「私が運転していました。申訳ありません。」と答え、警察官の求めに応じて運転免許証を呈示したが、その際、被告人は「車の中で寝ていたので何があったのかわからない。事故に遭って初めて気が付いた。」旨虚偽の供述をしていたことが明らかである。以上の事実関係によれは、原判示第一の業務上過失致死の犯罪事実は捜査官憲によって覚知され、しかもその犯人は被告人とA男以外にはないとして、二者択一の関係において、しかもその運転者が運転免許を有するかどうかの点を含めて、犯人特定のための捜査が開始されているのであり、その際、被告人としては翻意し真犯人は自分であり、しかも無免許であることを申告しようと思えば容易に申告できる機会が十分にあったのに、あえて虚言を弄し警察官を錯誤に陥れた結果、原判示第一の無免許運転の事実の存在を含め、それらの真犯人の発見を妨げ、無用の捜査を続行させたのであるから、その二日後に至って従前の供述を改め、自己が原判示第二の罪を犯した真犯人であり、かつ、その際無免許運転であった旨真実を申告したとしても、自首制度の趣旨目的に徴し、刑法42条1項にいう「官に発覚せざる前」の要件を充足するものではなく、自首には該当しないと解するのが相当である

と判示しました。
最高裁決定(昭和60年2月8日)

 裁判所は、

  • 被告人は、普通乗用自動車を無免許で運転中に、自車をガードレールに衝突させた上、海中に転落させる事故を起こし、警察官の取調べを受けたが、その際、警察官に対し、同乗者はいなかったと嘘をついたため、警察官は、被告人が無免許運転中に物損事故を起こしたものとして事件を処理したところ、右事故発生の2週間後に至り、被告人は、自己の運転していた自動車に同乗者がおり、同人が右転落事故により負傷したという業務上過失傷害の事実を、初めて、電話で警察官に申告したというのである
  • 原判決は、被告人が本件業務上過失傷害の事実を警察官に申告した当時、右の事実はいまだ官に発覚していなかつたと認めながら、被告人は、警察官に対し、同乗者はいなかつたと虚言を弄して、一時的にもせよ事件の真相の発見を妨げたものであるから、その後真実を申告したとしても、右申告は、捜査、処罰を容易ならしめるため捜査官憲に対して自ら進んで犯罪を申告した場合とは趣を異にするもので、自首制度の趣旨、目的にかんがみれば、被告人の犯罪事実の申告は自首にあたらないと解するのが相当である旨を判示して自首の成立を否定した
  • しかしながら、本件事案において、捜査にあたった警察官は、被告人が業務上過失傷害の事実を申告するまで、同人に対し人身事故の嫌疑は抱いておらず、右申告は警察官の尋問を待たずに進んで行われたものであるから、被告人が、警察官に真実を告げず、その場をつくろつて自己に嫌疑が及ぶことを妨げた事情があったとしても、原判決がその説示するような理由により被告人について自首の成立を否定するのは正当でなく、本件業務上過失傷害、道路交通法違反(人の負傷を伴う交通事故の報告義務違反)については、被告人の自首があったものと認めるのが相当であり、被告人について自首の成立を否定した原判決の判断は刑法42条1項の解釈を誤つたものというべきである

と判示しました。

東京高裁判決(平成2年4月11日)

 裁判所は、

  • 申告内容が概括的であっても、当該事件の具体的内容、事案の性質、その際における捜査の進展状況などと合わせて、捜査機関にとり、犯人の述べたことが全体としてその者の犯罪事実を申告し、かつ、訴追等の処分を求める趣旨のものと受け取れるものであるならば、自首の成立は認められる
  • しかしながら自首は任意的減刑事由であって、法令の適用に当たり直ちに刑法第42条1項を適用しなければならないものではない
  • 一般に任意的減刑事由によって刑の減刑をするのは法定刑を下回る刑で処断するのが適当な場合である

と判示しました。

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