道路交通法違反

道交法違反(救護措置義務違反)(3)~「道交法72条1項前段の『交通事故』とは?(『交通による』の意義)」を説明

 前回の記事の続きです。

「交通による」とは?

 道交法違反(救護措置義務違反)は、道交法72条1項前段で、

  • 交通事故があったときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない

と規定されます。

 交法72条1項前段の「交通事故」とは、道交法67条2項により、

「車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊」をいう

とされています。

1⃣ 「車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊」の「交通による」とは、

車両等の交通に起因した事故のこと

をいいます。

2⃣ 交通によるものである以上、車両等の運転そのものによる事故であることは必要としません。

 例えば、

  • 坂道で駐車中、車が自然発車して事故を起こしたような場合
  • 進行中その振動により荷台から積荷が落下して人に負傷を与えた場合
  • 乗合自動車の車内に火薬類を持ち込み進行中の摩擦により爆発し死傷者を出した場合

は交通事故に当たります。

3⃣ このほか、

  • 走行中の自動車が路上の石を跳ねとばし、その石が付近を通行中の歩行者に当たり、けがをさせた場合
  • 同乗者が走行中にドアを開き飛び降りて負傷した場合

も交通によるものと解す説があります。

4⃣ 車両等が故障し道路上を押して通行中に起こした事故も交通による事故と解す説があります。

 ただし、この場合の車両等からは、「歩行者が押して歩いている二輪の車両」は含まない(この場合、歩行者扱いとなる。道交法2条3項2号)ので、これらのものが他人に衝突して人を死傷させ又は物を損壊したとしても交通事故とは解されません。

5⃣ 加害車両の運行が被害者である歩行者の予測を裏切るような常軌を逸したものであって、歩行者がこれによって危難を避けるべき方法を見失って転倒して受傷するなど、衝突にも匹敵する事態によって傷害を受けた場合には、車両が歩行者に接触しなくても、車両の運行と歩行者の受傷との間に相当因果関係があると解すべきであるので、交通によるものと解されています。

「交通による」とはいえない場合

 交通そのものによらない場合は、救護措置義務違反の「交通による」の構成要件を満たさず、道交法違反(救護措置義務違反)は成立しません。

 例えば、

  • 進行中の自動車から物を投棄して損傷を与えたような場合(この場合、道交法76条4項5号の禁止行為違反(5万円以下の罰金)に該当)
  • 駐車中のトラックから貨物が転落し、通行人を死傷させた場合

は、交通によるものとはいえないので、道交法72条1項前段は適用されず、道交法違反(救護措置義務違反)は成立しないと解されています。

 また、道路に近接した山にある立木にロープをかけ、道路上を普通貨物自動車で引き倒そうとした際に山のふもとにいた人の頭上に木が倒れ負傷させた場合は、交通によるものとはいえないとする説があります。

 その理由は、

「車両等の交通による」とは、車両等が道路上を交通目的をもって移動したことによるという意味

なので、上記のような場合は、車両の交通目的の移動ではなく、車両を立木を倒す道具として使用していたのであるから、作業による事故と解すべきであるためです。

自動車のドアの解放による事故は「交通による」に当たるか?

 駐車中の車両から下車するためドアを開き、それに自転車乗りなどが衝突した場合は、交通によるものとはいえないと解されています。

 しかし、降車時のドア開放事故について、以下のとおり交通事故に該当するとした裁判例があります。

函館簡裁(昭和46年6月30日)

 裁判所は、

  • 本件事故は、車両のとびら先端が衝突点に達するのとほとんど同時位に被害者が同地点に駆け寄ったものと認められ、しかも右開扉は停車とほとんど同時位になされたものであることが認められる
  • 「交通による」と言うためには、交通状態にある事故を言うにしても、事故の発生が常に動的状態における車両によるものであることを意味せず、法第72条の趣旨に照らして一般往来上において現に通行中又はこれと同視できるもの、すなわち停止間もなくの状態での車両によって惹起された車両自体の機能による事故であれば足りるものと解されるので、本件事故は交通事故というを妨げない

と判示し、道交法違反(救護措置義務違反)が成立するとしました。

東京高裁判決(平成25年6月11日)

【事案】

 被告人が自動車を運転中、コンビニエンスストアに行こうと思い、道路左端に停止し、エンジンを切って、シートベルトを外すなどした上で、降車するために運転席ドアを開けた(停止後2、3分程度)ところ、右後方から進行してきた自転車に同ドアを衝突させて、同車運転者に傷害を負わせた事案です。

 一審は、道路交通法違反(救護措置義務違反・事故報告義務違反)の成立を認めました。

 この一審の判決に対し、弁護人は控訴し、控訴審で、

  • 車両停止後に生じた事故は、道交法72条1項にいう「交通事故」には当たらず、そのことは、同項前段の規定に「直ちに車両等の運転を停止して」との文言が含まれていることからも明らかである

旨主張しました。

【控訴審判決】

 東京高裁は、

  • 道路交通法第72条は、「交通事故」があったときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員、さらには警察官をして、当該交通事故による負傷者の教護を行わせるとともに、交通秩序の回復のため必要な措置を講じさせ、もって、被害の増大と危険の拡大を防止し、交通の安全と円滑を図ることを目的としていることなどに鑑みると、ここでいう「交通事故」とは、運転中の車両等の道路上における通行それ自体によって人の死傷等が生じた場合のみならず、本件事故のように、自動車の運転者が道路上に車両を停止した後、降車する際にそのドアを開ける行為によって人の死傷等が生じた場合も含むものと解するのが相当である
  • なお、同条第1項前段の規定に「直ちに車両等の運転を停止して」との文言が含まれているが、同規定は、車両等の運転を停止した後に起きた事故がおよそ交通事故に当たらないことを前提にしたものとまでは解されない
  • 例えば、道路上での不適切な停車行為によって起きた事故が交通事故に当たると解すべきことは、異論のないところであろうと思われる
  • そうすると、本件事故は、「車両等の交通による人の死傷」として、法第72条1項にいう交通事故に当たるというべきであり、被告人の行為は救護義務違反等に該当すると認められる

とし、道路交通法違反(救護措置義務違反・事故報告義務違反)(道交法72条1項前段・後段)が成立するとしました。

自動車の物損事故を起こし、走って逃走する際に人に傷害を与えた場合には「交通による」に当たるか?

 ひき逃げの犯人において追跡者に対し車両の急激な発進により創傷を与えた行為が傷害罪にあたるとした上、その傷害は道交法72条1項の「交通による」傷害であるとして、傷害罪と道路交通法違反(救護措置義務違反)の成立を認めた以下の裁判例があります。

大阪高裁判決(昭和44年1月27日)

【判決要旨】

 自動車を運転中物損事故を起こして逃走しようとし、これを制止する者を振り切って運転したので、それらは一連のものとして車両による交通の一部を形成し、かつ被告人の意図も車両を運転進行することにより事故現場から逃走しようとする点にあったのであり、これに随伴して傷害の未必の故意を生じたにすぎないから本件傷害は車両等の交通によるものと解するを相当とする。

【判決の内容】

 裁判所は、

  • 被告人は、被告人の車を制止しようとしてMが車の右側のステップに足をかけて左手を窓の中人れ、またH、Kらが助手席のドアの直ぐそばに立っていること及びそのまま発進すれば同人らをそのため路上に転倒させる等して傷害を負わせることが起り得ることを知りながら、あえて時速約10キロメートルで発進したことが認められる
  • 本件傷害が道路交通法72条1項所定の「車両等の交通による人の死傷」にあたるかどうかを検討し、次いで本件の如き傷害罪(故意犯)による傷害罪故意犯による傷害事故の場合における同条項の適用について検討を進める
  • 原判決挙示の各証拠によると、被告人は、(イ)、普通貨物自動車を原判示第一の路上で運転中原判示第二の物損事故を起したが、(ロ)、そのまま運転を続けて逃走し、原判示第三の路上で横断者待ちのため一時停車中、(ハ)、前記Mら3名に制せられるやその制止を免れるためやにわに発車して、(ニ)、同市東田町まで運転して逃走したことが認められる
  • ところで、右(イ)、(ロ)及び(ニ)の普通貨物自動車の運転が同条項所定の交通又はそのさいに行なわれた行為の範囲に入ることは論をまたないところであるが、(ハ)の発車行為もまた(イ)、(ロ) 及び(二)の車両の運転行為とともに一連のもので車両による交通の一部を形成するものであり、かつ被告人の右発車の主たる意図もまた車両を運転進行することにより事故現場から逃走しようとする点にあったのであって、右車両の運行による逃走の目的を逐げるため、これに随伴して原判示の傷害の未必の故意を生じたものに過ぎない
  • 従って本件傷害は同条項にいう車両等の交通による人の死傷にあたるものと解される
  • 次に、本件の如き傷害罪による傷害についても、同条項の適用があるかどうかを検討するに、同条項は、交通事故における被害者の救護および交通秩序の回復等緊急を要する応急措置を講じさせる義務と当該事故等に関する報告の義務を定めたものであるが、かかる義務を科すべき必要は、右条項にいう人の死傷の結果を発生させた原因行為について故意過失の有無を問わないものと解すべきである(大審院大正15年12月13日判決参照) から故意犯である刑法上の傷害罪にあたる行為であっても、それが本件の如く車両等の交通によるものと認められるかぎり、これについて特に同条項の適用を除外すべき理由は見当らない
  • そして、かように解することは、当該犯罪行為が車両等の交通又はこれに随伴して行なわれたことを前提とするものであって、これを故意犯を含む犯罪一般に推し及ぼそうとするものでないことはもちろん、車両が犯罪の手段となっている場合でも、その交通に関連なく、車両内で行なわれた犯罪や、当初から車両の運行を犯行の手段として利用する意図のもとに行なわれた犯罪について、これを論議の対象としているものではないから、いわゆる不作為犯における作為義務を不当に一般化し、あるいは憲法に保障された自己負罪に対する特権を奪う等の非難を招くものではないと考えられる

と判示し、傷害罪と道路交通法違反(救護措置義務違反)が成立するとしました。

発生した交通事故が運転者の故意、過失によるものであるかどうかは必要としない

 道交法違反(救護措置義務違反)の成立を認めるに当たり、発生した交通事故が運転者の故意、過失によるものであるかどうかは必要としません。

 明らかに被害者の一方的過失によるもの、又は一般的に不可抗力と認められる状況のものであっても、自己の運転する車両等が交通事故に関与したものであり、それが、交通によるものであるかぎり、道交法72条1項における交通事故であり、道交法72条1項の救護措置義務及び事故の報告義務を負います。

 この点に関する以下の裁判例があります。

東京高裁判決(昭和44年12月17日)

 被害者に衝突する自動車事故を起こし、被害者を救護せず、その場から立ち去った業務上過失傷害(現行法:過失運転致傷罪)、道路交通法違反(救護措置義務違反)の事案で、自動車運転者の過失を否定し、業務上過失傷害罪は成立しないとしたが、道路交通法違反(救護措置義務違反)は成立するとした判決です。

 裁判所は、

  • 夜間、道路反対側に対向してタクシーが1台停車し、その後部右角付近に成人男子1名が道路を横断すべくひとまず佇立しているのを7、80メートル前方で発見し、やや減速して進行する自動車運転者は、右タクシーと擦れ違うに際しその者あるいは同伴の幼児が突如その進路に立ち出ることがあるのを予想して、警音器を吹鳴し減速徐行する注意義務はない

とし、自動車運転者の過失を否定し、業務上過失傷害罪は成立しないとした上、

  • 自動車運転者の過失が認められない場合にも、自車によって負傷させた通行人を救護する道路交通法上の義務はあり、救護を怠った場合には道路交通法第117条第72条第1項前段の罪が成立する

と判示しました。

東京高裁判決(昭和47年12月6日)

 傷害罪、道路交通法違反(救護措置義務違反)の事案で、自動車による傷害について故意のある場合でも、道路交通法違反(救護措置義務違反)が成立するとした判決です。

 裁判所は、

  • 道交法72条1項前段の救護の義務は、負傷者の保護という要請のほかに、道路行政上の要請から当該当車両の運転者その他の乗務員に課せられたものであって、この観点から、右の救護の義務は、負傷の結果が「車両等の交通」により生じたものと認められる限り、原因行為につき故意過失の有無を問わずこれを課する必要があり、しかもその必要性は、故意ある場合と過失ある場合との間に質的相違は認められないし、また救護義務違反罪と傷害罪とは保護法益よび構成要件を異にするから、傷害罪の成立は救護義務違反罪を吸収するということはできない
  • 従って、自動車を運転中、そのドアを握っている被害者に対し、傷害の故意をもって同人を転落・負傷させた場合においても、それが道交法72条1項前段にいう「車両の交通」による負傷に該当する以上は、直ちに車両の運転を停止して、被害者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講ずべき義務を免れるものではない

と判示しました。

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