前回の記事の続きです。
参考人に対して逃避をすすめ、虚偽の供述を求める行為は証拠隠滅罪に該当するか?
- 捜査中の被疑事件の参考人に対して逃避をすすめる行為は証拠隠滅罪に該当するか?
- 捜査中の被疑事件の参考人に対して虚偽の供述を求める行為は証拠隠滅罪または証拠隠滅教唆罪に該当するか?
という問題に対し、いずれも証拠隠滅罪(刑法104条)に該当しないとした裁判例があります。
大阪地裁判決(昭和43年3月18日)
捜査中の被疑事件の参考人に対し、逃避をすすめ、かつ、虚偽供述を求めたという事案で、証拠隠滅罪は成立しないとした事例です。
まず、「①捜査中の被疑事件の参考人に対して逃避をすすめる行為は証拠隠滅罪に該当するか?」について、裁判官は、
- 捜査官憲において捜査中の被疑事件の参考人に対して「逃避をすすめ」た行為が刑法104条の証拠隠滅罪に該当するか否かについて検討するに、同条の証拠隠滅罪は、証拠の隠滅などの行為により、国家の刑事司法作用、即ち犯罪者に対する刑事事件の捜査審判を妨害する行為を禁止しようとする趣旨の規定であるから、捜査段階における参考人にすぎない者も同条にいわゆる「他人の刑事事件に関する証拠」に含まれると解すべきであり、これらの者を蔵匿し、あるいは逃避させて事実上その利用を不可能ならしめた行為も同条所定の「証拠を隠滅する行為にあたるものと解すべきである
- しかしながら同条によれば、「証拠を隠滅し」は、証拠の偽造変造、または偽造変造の証拠を使用した場合と併列的に規定されており、右証拠の偽造変造、および偽造変造の証拠使用の各場合が、いずれも単に右各行為をしようとしたのみでその行為を遂げるに至らなかった場合を含まないことは、右規定の文言および前記のような立法の趣旨からして明らかであるから、右にいわゆる「証拠を隠滅し」というのも、現実に証拠自体を滅失し、またはその顕出を妨げ、価値を滅失減少させる行為を遂げた場合たるを要するものと解すべきである
- もっとも右同条の証拠隠滅罪は、いわゆる抽象的危険犯に属し、証拠の隠滅などの行為があれば直ちに犯罪が成立し、それが現実の捜査審判に具体的な危険ないし実害をもたらすことまでも事件とするものではないけれども、それだからといって単に証拠の隠滅をはかったのみでこれを遂げるに至らなかった場合までも直ちに同条の処罰の対象としているものとは解し難い
- なお、ちなみに刑法103条所定の犯人隠避罪を右証拠隠滅罪と対比してみるに、犯人隠避罪の対象とする行為は、犯人等について広く蔵匿以外の方法によって官憲の発見逮捕を免れしめるべき一切の行為を包含し、それらの行為によって国家の刑事司法作用を妨害することを禁止しようとするものであるが、その行為は犯人等に対して直接的に働きかけられる性質のものであるから、法益侵害の態様が直接的でより高度であるのに対し、証拠隠滅罪の対象となる行為は、他人の刑事事件の証拠を隠滅することによるものであって、国家の刑事司法作用に対する法益侵害の態様はより間接的であるにすぎないものと解される
- したがって犯人隠避罪においては、犯人等に逃走の便宜を与えるなどして現実に犯人等を逃避させ、官憲の発見逮捕を免れしめるに至った場合だけではなく、本件判示の各場合のように、捜査官憲が捜査中の犯人に対して、(単に漠然たる情報の提供や逃走の依頼ではなく)、三日のうちに逮捕されるかもしれないなどという具体的な捜査官憲の捜査の状況を告知したり、さらにはそれに基づいて逃避するように勧告したりして、通常犯人らをして逃避の気持を起させるにたりる程度の具体性をもった逃走の便宜を与える行為をしたような場合などにも、国家の刑事司法作用に対する法益侵害の危険性は発生したものと解すべきであり、右のような場合に犯人等が現実に逃避したりして官憲の発見逮捕を免れるに至ったか否かは、右の犯人を隠避せしめる行為とは別個の、右行為者の直接支配し得ない面をも有する事柄であるから、前記のような立法の趣旨やその行為の持つ法益侵害の危険性がより高度で直接的である点などから考えて、右のような場合をも含めて処罰の対象としているものと解するのが相当である
- これに反して、証拠隠滅罪の場合には、証拠の隠滅等の行為がなし遂げられてはじめて国家の刑事司法作用に対する侵害の危険性が現実に生ずるに至るものと解されるから、右のような場合のみを処罰の対象としているものと解すべきであり、右各規定の立法趣旨およびそれぞれの行為の持つ法益侵害の危険性の程度ないしはその直接的か間接的かなどの点から考えれば、証拠隠滅罪の場合を犯人隠避罪の場合と別異に解することは当然であるというべきである
- したがって前記公訴事実記載のように、捜査中の被疑事件の参考人に対して単に逃避をすすめたのみで、それ以外にはなんらの行為もせず、右参考人自身もその場で右の勧めを拒絶して、結局実際にも逃避するに至らなかったような場合には、いまだ刑法104条所定の証拠隠滅罪にはあたらないものと解するのが相当である
と判示し、捜査中の被疑事件の参考人に対して逃避をすすめる行為に対し、証拠隠滅罪は成立しないとしました。
次に、「②捜査中の被疑事件の参考人に対して虚偽の供述を求める行為は証拠隠滅罪または証拠隠滅教唆罪に該当するか?」について、裁判官は、
- 前記公訴事実記載のように捜査官憲において捜査中の被疑事件の参考人に対して虚偽の供述を求める行為が刑法104条所定の証拠隠滅罪、またはその教唆罪に該当するか否かにつき検討するに、同条にいわゆる「証拠」とは、刑事事件につき捜査機関または裁判機関が国家の刑罰権を確定するに際し関係ありと認められる一切の資料をいい、いわゆる物証のほかに証人参考人等の人証をも含むと解すべきは、前記のとおりであるが、しかしそれらは、右規定の文言上もいわゆる「証拠方法」を意味するにとどまり、証人や参考人の供述などのいわゆる「証拠資料」までも包含するものと解すべきではない
- しかも現行法上は、刑法104条の証拠隠滅罪とは別に、同法169条以下には偽証罪の規定があって、特に法律により宣誓をした証人が虚偽の供述をした場合のみを処罰の対象としており、その立法の趣旨からすれば、宣誓をしない証人が虚偽の供述をした場合や、第三者が右のような証人に対して虚偽の供述をするように依頼したような場合には処罰の対象とする趣旨とは解し難い
- したがって、それらの場合をも同法104条の証拠隠滅罪に該当するものとして処罰の対象になるものと解するのは妥当ではない
- それ故、まして捜査機関に対して出頭および供述を拒む自由を有する捜査段階における参考人が捜査官憲に対して虚偽の供述をした場合や、第三者が右のような参考人に対して虚偽の供述をするように依頼した場合も、右同条所定の証拠隠滅罪またはその教唆罪にはあたらないものと解するのが相当である
- したがって、前記公訴事実記載のように、単に捜査段階における参考人たるべき者に対して、被疑事実の口止めないしは既に捜査中の被疑者とロ裏を合わせるように依頼した行為のみでは、それが強制的要素を伴って刑法105条の2所定の各行為にあたる場合に、同条によって処罰の対象とされることのあるのは格別として(本件の場合には刑法105条の2所定の訴因としての起訴はなされていない)、いまだ同法104条所定の証拠隠滅罪またはその教唆罪にはあらたないものと解するのが相当である
と判示し、捜査中の被疑事件の参考人に対して虚偽の供述を求める行為に対し、証拠隠滅罪または証拠隠滅教唆罪は成立しないとしました。