車で交通整理の行われていない見通しの悪い交差点を直進する際の注意義務
過失運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)における「自動車の運転上必要な注意」とは、
自動車運転者が、自動車の各種装置を操作し、そのコントロール下において自動車を動かす上で必要とされる注意義務
を意味します。
(注意義務の考え方は、業務上過失致死傷罪と同じであり、前の記事参照)
その注意義務の具体的内容は、個別具体的な事案に即して認定されることになります。
今回は、車で交通整理の行われていない見通しの悪い交差点を直進する際の注意義務について説明します。
注意義務の内容
車で交通整理の行われていない見通しの悪い交差点を直進する際の基本的な注意義務は、
徐行して左右道路の安全を確認して進行すること
です。
交通整理の行われていない左右の見通しのきかない交差点を進行するに当たっては、車の運転者には徐行義務が課せられます(道路交通法42条1号)。
徐行とは、「車両が直ちに停止することができるような速度で進行すること」と定義されます(道路交通法2条1項20号)。
どの程度の速度が「徐行」に当たるのかについては、一般的には、時速10キロメートル程度とされています(東京高裁判決 昭和48年7月10日)。
この基本的な注意義務は、被告車の進行道路の幅員が左右道路の幅員より広いことが明らかであっても免れません(仙台高裁秋田支部判決 昭和51年9月28日)。
左右の交差道路に一時停止の道路標識が設けられており、被告人がそのことを知っていても免除されません(東京高裁判決 昭和50年8月4日)。
直進の際に、左右の交差道路から進行して来た車と衝突した事故についての裁判例
直進する被告車の道路幅の大小、速度が速いか遅いか、安全確認の有無などによって、被告人に過失ありとされるか、被告人に過失なしとされるかの判断が分かれます。
裁判例として、以下のものがあります。
右側道路から直進してくる車に対する場合
被告車に過失ありとされた事例
東京高裁判決(昭和35年9月30日)
幅員がほぼ同じか、又は一見して広狭が明らかでない道路を、被告車が時速30~50キメートルで進行し、右側道路から直進して来た車と衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。
福岡高裁判決(昭和43年5月31日)
被告車が、時速20キロメートルで進行するか、又は20キロメートルに減速して進行し、右側道路から直進して来た車と衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。
札幌高裁判決(昭和39年9月29日)
被告車が、時速を10キロメートルに減速して進行したものの、左方を見てから右方を見たため、右方から進行して来るジープの発見が遅れて衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。
札幌高裁判決(昭和47年7月20日)
被告車が一時停止をし、右方に車を認めていたが、先行できると思って進行して衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。
東京高裁判決(昭和54年12月18日)
右方進行車と出合い頭に衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。
東京高裁判決(昭和53年1月31日)
被告車が、右方道路を十分見通すことができる位置より進出しすぎ、右方進行車と衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。
名古屋高裁判決(昭和41年12月20日)
被告車が直進し、右側道路から来た相手車が道路標識に従って一時停止せずに進行して来て衝突したものの、交差道路(相手車側の道路)の方が車両が多く、一時停止が実行されておらず、そのことを被告人が知っていた事案で、被告人に過失ありとしました。
東京高裁判決(昭和47年6月2日)
ほぼ同じ幅員の道路、又は一見して広狭が明らかでない道路を被告車が時速20キロメートルで進行し、右側道路から来た相手車と衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。
東京地裁判決(昭和49年6月3日)
直進する被告車が一時停止標識に気付きながら、標識に従って一時停止せず、右側道路から来た相手車と衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。
東京地裁判決(昭和47年6月1日)
直進する被告車が一時停止せず(一時停止標識に気付いていないか気付き得た)、右側道路から来た相手車と衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。
被告車に過失なしとされた事例
大阪高裁判決(昭和45年9月17日)
被告車が幅員が広い道路を時速10キロメートル以下で直進し、右側道路から進行して来た相手車と衝突した事案で、被告車は時速10キロメートル以下で進行し、徐行義務を果たしているとし、被告人に過失なしとしました。
福岡高裁判決(昭和43年11月16日)
被告車が、時速30~40キロメートルで直進し、警音器を吹鳴しながら交差点に接近し、右側道路から進行して来た相手車と衝突した事案で、被告人に過失なしとしました。
大阪高裁判決(昭和59年7月27日)
被告車が、幅員がほぼ同じか、又は一見して広狭が明らかでない道路を、時速5キロメートルで直進し、右側道路から進行して来た相手車と衝突した事案で、被告人に過失なしとしました。
東京地裁判決(昭和39年4月14日)
被告車が、時速10キロメートルで進行し、先に交差点に進入していたところに、右側道路から進行して来た相手車が時速35~40キロメートルで突入してきて衝突した事案で、被告人に過失なしとしました。
大阪高裁判決(昭和41年2月17日)
被告車が、時速20キロメートルで直進していたところ、右側道路を進行して来た相手車が「被告車が先に交差点に進入している」ことを認めながら、時速35~40キロメートルで交差点内に進行して来て衝突した事案で、被告人に過失なしとしました。
札幌高裁判決(昭和47年12月26日)
右側道路を進行して来た相手車が時速が40~50キロメートルで、しかも、相手車運転者において被告車に全く気付いていなかった状態で衝突した事案で、被告人に過失なしとしました。
大阪高裁判決(昭和39年5月13日)
被告車が、狭い道路を直進し、時速12キロメートルで先に交差点に進入し、右側道路から来た相手車が時速が25キロメートルであった状態で衝突した事案で、被告人に過失なしとしました。
東京高裁判決(昭和50年8月29日)
被告車が、道路標識に従い、一時停止した後、時速5キロメートルで交差点に進入し、右側道路から来た相手車の時速が45キロメートルであった状態で衝突した事案で、被告人に過失なしとしました。
右側道路から来た相手車が、道路標識に従い一時停止せず、直進してきた被告車と衝突し、その際、被告車の時速10キロメートルに対し、相手車の時速が35キロメートル以上であった事案で、被告人に過失なしとしました。
左側道路から直進してくる車に対する場合
注意義務の考え方は、上記の右方直進車に対する場合と同じです。
被告車に過失ありとされた事例
東京高裁判決(昭和56年2月9日)
左側道路から進行して来る相手車の交差道路の幅員が広く、優先道路である場合に、被告車が一時停止後、時速5キロメートルで発進し、相手車と衝突した事案で、被告人に安全確認義務違反が認められるとして、被告人に過失ありとしました。
東京高裁判決(昭和41年10月27日)
交差道路(相手車の進行道路)に一時停止の道路標識が設けられていても徐行義務は存在し、被告車が徐行せずに時速20~30キロメートルで進行し、左側道路から進行して来た相手車と衝突した事案で、被告人に注意務違反が認められるとし、被告人に過失ありとしました。
大阪高裁判決(昭和45年9月4日)
被告車進行道路に一時停止の道路標識があるのに、一時停止せず徐行のみし、左側道路から進行して来た相手車と衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。
大阪高裁判決(昭和49年1月18日)
被告車進行道路に一時停止の道路標識があり、一時停止したが、左側道路から進行して来た相手車と衝突した事案で、一時停止した場合であっても、「一寸刻みの進行」をするなどして左方道路の安全を確認すべきとし、被告人に過失ありとしました。
福岡高裁判決(平成3年12月12日)
被告車が、幅員22メートルの未舗装の農道を進行し、幅員6.2メートルのアスファルト舗装してある町道と交差する交通整理の行われていない変形交差点において、―時停止後、時速10~15キロメートルで進行し、左側の町道から進行して来た相手車と衝突した事案で、被告人に対し、一時停止して左右の安全を確認して発進するのみでは足りず、発進後、あらめて左方の状況を確認すべきであるとし、被告人に過失ありとしました。
被告車に過失なしとされた事例
東京高裁判決(昭和44年11月12日)
被告車が、優先道路を時速30キロメートルで進行し、左側道路から来たブレーキが効かない自転車を操縦し、被告車に気付いている相手と衝突した事案で、被告人に過失なしとしました。
東京高裁判決(昭和45年5月6日)
被告車が、幅員の広い道路を制限速度を10キロメートル超えた時速70キロメートルで進行していた場合で、左側道路から相手貨物自動車と衝突した事案で、現場は十字型交差点で、相手貨物自動車は右折車であり、当然徐行して被告車を先行させるべきであったとし、被告人に過失なしとしました。
高知簡裁判決(昭和40年10月13日)
被告車が、時速30キロメートルで進行し、左側道路から相手車と衝突した事案で、被告車は時速10キロメートル以下に減速すべきであったとしながら、相手車の時速が35キロメートルであり、被告人において徐行等をしていても事故は回避できなかった疑いがあるとし、被告人に過失なしとしました。
東京高裁判決(昭和37年10月25日)
被告車が、幅員のほぼ同じ道路を時速15キロメートルで進行し、相手車運転者において、先に交差点に進入しようとする被告車を認めながら、時速40キロメートルで進行を続けており、被告車はその前方を通過しようとしたところ、子供が被告車の前を駆け足で横断しかけたので、被告車が急停車し相手車と衝突した事案で、被告人に過失なしとしました。
札幌高裁判決(昭和50年11月27日)
被告車が、幅員の狭い道路を時速20キロメートルで進行し、左側道路から相手車と衝突した事案で、双方道路の通行車両数には大差はないが、被告車進行道路は、ほとんど直進車で、相手車進行道路を進行する車両の大部分は右折車であって、前者は、交差点で一時停止・徐行をしないのに対し、後者は、一時停止・徐行しており、 しかも相手車は右折車であって被告車の進行妨害をしてはならないとし、被告人に過失なしとしました。
東京高裁判決(昭和41年8月9日)
相手車進路に一時停止の道路標識が設けられているのに、相手車が一時停止せずに進行して来た場合で、被告車の速度が時速約40キロメートル、左側道路から進行して来た相手車の速度が時速約20キロメートルで衝突した事案で、双方道路の交通量、交差点通過の際における一時停止等の状況を考慮し、被告人は、相手車が一時停止することなどを信頼して進行できるとし、被告人に過失なしとしました。
東京高裁判決(昭和39年12月4日)
被告車が、一時停止の道路標識に従って一時停止した後、時速約5キロメートルで交差点に進入し、左側道路から進行して来た相手車と衝突した事案で、相手車が徐行すると信頼できるところ、相手車は時速20キロメートル以上で進行して来ており、被告人はこのような運転をする車両のあることを予想して安全を確認すべき義務はないとし、被告人に過失なしとしました。
東京高裁判決(平成14年9月13日)
見通しの悪い交通整理の行われていないY字型交差点において、被告人の運転する原動機付自転車と、左前方から対向進行してきた相手方原動機付自転車が衝突した事案で、本件Y 字型交差点は、被告人も相手方も進行道路は一本の道で、被告人から見ると右方から交わる道路が交差道路であって、道路交通法上の徐行義務はなく、安全運転義務の一環として徐行義務は認められるが、相手方に徐行義務違反と左側部分通行義務違反があったため、徐行義務を尽くしていても本件衝突を回避できず、また、安全確認義務を尽くしていても事故を回避し得なかったとし、被告人に過失なしとしました。
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