前回の記事の続きです。
車で右折する際の注意義務
過失運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)における「自動車の運転上必要な注意」とは、
自動車運転者が、自動車の各種装置を操作し、そのコントロール下において自動車を動かす上で必要とされる注意義務
を意味します。
(注意義務の考え方は、業務上過失致死傷罪と同じであり、前の記事参照)
その注意義務の具体的内容は、個別具体的な事案に即して認定されることになります。
今回は、車で右折する際の注意義務について説明します。
注意義務の内容
自動車が右折する場合には、
あらかじめその前からできる限り道路の中央に寄り、かつ、交差点の中心の直近の内側を徐行しなければならない
とされており(道路交通法34条2項)、これが注意義務を考える上での基本となります。
交差点を右折する際は、交差点手前約30メートルの地点から右折の合図をするとともに、できる限り道路の中央に寄って徐行し、後方の安全を確認して進行し、交差点に接近してからは、対面進行車、交差道路左右からの進行車(左折車、右折車を含む)の有無等各道路の安全を確認し、場合によってはこれらの車両を先行させた後進行すべきであるとされています(東京高裁判決 昭和46年4月8日)。
自車の右側道路の後方から進行して来る車両については、カーブミラーがあれば、これによって安全を確認すべきであるが、なお道路の見通しが困難な場合には、十分な見通しが可能になる地点まで進出して安全を確認した上で右折を開始すべきであるとされます(高松高裁判決 昭和43年11月25日)。
対向直進車の進行妨害してはならない
道路交通法上、右折車は直進車の進行妨害をしてはなりません(道路交通法37条)。
そこで、対向直進車との関係では、直進車の速度や、直進車との距離を判断し、自車が対向直進車の進路上を通過し終える時間を考慮して、対向直進車に対し、制動や進路変更させることなく、直進車の接近時に自車が右折を完了できるととが確認できる場合以外は、対向直進車が通過するまで一時右折を差し控えるべき注意義務が課せられています。
この場合、対向直進車が最高速度を時速10~20キロメートル、場合によっては、30キロメートル程度超過して走行して来ることについては、これを予測した上で、右折の際の安全確認をし、これらを先行させる等の措置をとるべきとされています(最高裁決定 昭和52年12月7日)。
違法・異常な運転をする者のあり得ることまで予想する必要はない
右折しようとする車両の運転者は、そのときの道路及び交通の状態その他の具体的状態に応じた適切な右折準備態勢に入った後は、特段の事情がない限り、例えば、後方を同一方向に進行する車両があっても、その運転者において、交通法規の諸規定に従い追突等の事故を回避するよう正しい運転をするであろうことを期待して運転すれば足り、それ以上違法・異常な運転をする者のあり得ることまで予想して周到な後方の安全確認をなすべき注意義務はないとされます。
後方直進車との関係につき、最高裁は、
- 右折を始めようとする原動機付自転車の運転者としては、後方からくる他の車両の運転者が、交通法規を守り、速度をおとして自車の右折を待って進行する等、安全な速度と方法で進行するであろうことを信頼して運転すれば足り、あえて交通法規に違反して、高速度で、センターラインの右側にはみ出してまで自車を追越そうとする車両のありうることまでも予想して、右後方に対する安全を確認し、もって事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務はないものと解するのが相当である
と判示しています(最高裁判決 昭和42年10月13日、最高裁判決 昭和45年9月24日)。
右側からの進行車との関係につき、最高裁は、
- 交通整理の行なわれていない交差点において、右折途中、車道中央付近で一時エンジンの停止を起こした自動車が、再び始動して時速約5メートルの低速(歩行者の速度)で発車進行しようとする際には、自動車運転者としては、特別な事情のないかぎり、右側方からくる他の車両が交通法規を守り自車との衝突を回避するため適切な行動に出ることを信頼して運転すれば足りるのであって、あえて交通法規に違反し、自車の前面を突破しようとする車両のありうることまでも予想して右側方に対する安全を確認し、もって事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務はないものと解するのが相当である
と判示しています(最高裁判決 昭和41年12月20日)。
信号機の信号に従って右折する場合は、通常他の運転者も信号に従って行動するであろうことを信頼し、それを前提として注意義務を尽くせば十分であって、特別の事情のない限り、信号に違反して交差点に進入して来る車両のあることまで予見、注意して進行すべき義務はないとされます(広島高裁判決 昭和43年10月25日)。
被告車に過失ありとされた事例
交差点の右折事故について過失が認定された事例として、以下のものがあります。
東京高裁判決(昭和43年11月28日)
後方直進車が直近に迫っているのに気付かず、あるいは気付きながら、被告車が右折した場合について、被告人に過失ありとしました。
被告車が、交差点で右折しようとして青色信号に従って交差点に進入し、一時停止した際に約53メートル手前に、青色信号に従って交差点に向かって進行中の対向車を認めたが、対向車の通過に先立って右折できるものと判断し、低速で発進進行したところ、時速50ないし60 キロメートル(制限時速40キロメートル)で進行して来た対向直進車と衝突した事案です。
本件のような事実関係の下では、対向車が最高速度を時速10ないし20キロメートル程度超過して走行して来ることを予測した上で、右折の際の安全を確認すべき注意義務があるとし、被告人に過失ありとしました。
東京高裁判決(昭和46年4月8日)
対向直進車をある程度の距離に認めながら、あるいは認めることができたのに右折し、対向直進車と衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。
名古屋高裁判決(昭和42年3月29日)、高松高裁判決(昭和35年10月22日)
直前またはこれに近い距離(約10~15メートル)に対向直進車が接近しているのに右折して衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。
仙台高裁判決(昭和44年10月20日)、高松高裁判決(昭和43年11月25日)
右方直進車を近く(約13.4メートル)に認めながら、あるいは認めずに右折して衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。
大阪高裁判決(昭和45年3月3日)
左方直進車をある程度の距離(約22.1メートル)で認めたが左折して衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。
名古屋高裁判決(昭和41年12月12日)
停止した先行車の右側を右折し、左方直進車と衝突した事案で、被告人に過失ありとしました。
東京高裁判決(平成6年5月19日)
交通整理の行われている交差点での右折しようとした際、対向車両の通過待ちのため交差点内で一時停止しているうちに、対面信号が赤色表示になり、交差道路信号が青色表示になったため、いったん停止し、その後、対面信号が青色になったことから発進し右折を開始したところ、左方進行車両と衝突した事案です。
信号が赤色表示になった場合は、いったん後退して青色表示になるまで待つか、信号に留意しつつ、他の車両との衝突を回避しながら通行車両の合間を縫って右折進行すべきであるとし、被告人に過失ありとしました。
仙台高裁判決(平成5年2月1日)
交通整理の行われていない交差点での右折においては、対向直進車が時速70~80キロメートルで進行していたとしても、対向直進車の動静に注視し同車の接近にもかかわらず安全に右折できるかどうか、確認すべきであるとしました。
東京高裁判決(平成11年10月7日)
信号機により交通整理の行われている交差点を、右折禁止の道路標識を看過し、右折の合図を出さずに、時速約60キロメートルで右折し、対向車線右折ライン付近で停車中の被害車に衝突した事案です。
右折禁止の道路標識に注意を払い、また、右折待ちの対向車両の動静、安全を確認して、右折を差し控え、あえて、右折する場合には、右折待ちの対向車両との衝突を避けるべく、適切に速度を調節し、転把行為をする注意義務があるのにこれを怠った過失があるとしました。
被告車に過失なしとされた事例
交差点の右折事故について、被告人の過失が否定された事例として、以下のものがあります。
交差点道路を右折する際に、自車を後ろから追い抜いてくる車両(後方車両)と衝突した事例
交差点で右折または左折しようとする車両とその後続直進車(後方車両)との関係について、道交法34条6項は、右折または左折しようとする車両が、それぞれ右折または左折の準備態勢に入るために合図をした時には、その後方にある車両は、その合図をした車両の進行を妨げてはならないと規定します。
従って、交差点で左折または右折をしようとする運転者が、右の道交法で規定する適切な右左折の方法をとった場合において、後方から追い越しをしかけてきた車両と衝突したとしても、右左折車両の運転者の過失はないとされる場合があります。
この点に関し、以下の裁判例・判例が参考になります。
福岡地方裁判所小倉支部判決(昭和46年2月25日)
【判決要旨】
右折者の運転者は、右折を開始するに当たりその準備段階として、後進車との衝突を避ける ために右折の合図をするとともに、できる限り道路中央部に寄って進行し、かつ、バックミラーで後方の安全を確認すべき義務を負うが、右折準備段階から右折開始態勢に入る段階においては、対向車との衝突などの事故が発生する可能性が増大するので、これを回避するため前方並びに左右の安全を常時十分に確認すべき義務を負うことになり、それにしたがい後方の安全確認義務は後退するものというべきである。
右折者の運転者は右折開始態勢に入る段階においては、特段の事情のない限り、後進車の運転者が法規に従って運転してくれるものと信頼して前方並びに左右の安全を確認しつつ運転すれば足り、それ以上に違法異常な運転をするもののあることまで予想し、それに対処する ために更に後方の安全を確認すべき注意義務はない。
【判決の内容】
裁判所は、
- 「被告人は自動車運転業務に従事している者であるが、昭和41年7月20日午後0時50分頃、普通乗用自動車を運転し時速約45キロメートルで若松区方面から小倉区方面に進行し、交通整理の行なわれていない戸畑区中原下ノ浜境川橋西側交差点を右折しようとしたのであるが、被告人としては右側方並びに右後方の安全を充分たしかめた上その危険のない事を確認してから右折し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、バックミラーで後方を見たのみで漫然小回りに右折した過失により、自車右後方から東進して 来たH運転の自動二輪車に気付かず自車前部を同車に乗っていたSの左下腿に接触させて同車諸共路上に転倒させ、よってHに加療2週間を要する左上下肢擦過創等を、Sに加療3ないし6か月間を要する前頭部挫傷等をそれぞれ負わせたものである。」というのである
- 右折車の運転者は、右折を開始するに当りその準備段階として、後進車との衝突を避けるために右折の合図をするとともにできる限り道路中央部に寄って進行し、かつバックミラーで後方の安全を確認すべき義務を負うが、右折準備段階から右折開始態勢に人る段階においては対向車との衝突及び右折侵人すべき道路上での衝突などの事故が発生する可能性が増大するので、これを回避するため前方並びに左右の安全を常時十分に確認すべき義務を負うことになり、それにしたがい後方の安全確認義務は後退するものというべきである
- これに対して後進車の運転者は前方の注視を怠らない限り、先行車の右折の合図を当然に了知できるのであるから、その先行車の進行を妨げてはならず、これを追い越す際もできる限り安全な速度と方法で先行車の左側を通行すべきものと定められている
- したがって、右折車の運転者は右折開始態勢に入る段階においては特段の事情のない限り、後進車の運転者が右のごとく法規に従って蓮転してくれるものと信頼して前方並びに左右の安全を確認しつつ運転すれば足り、それ以上に違法異常な運転をするもののあることまで予想し、それに対処するために更に後方の安全を確認すべき注意義務はないものと思料する
- 本件の場合、被告人は本件交差点で右折するため、交通法規に従いその手前約30メートルの地点で右折の合図をなすとともに時速約20キロメートルに減速しつつ道路の中央部に寄って進行し、同交差点の手前約14メートルの地点においてバックミラーで後方の安全を確認した上徐行しながら更に道路中央部に寄って進行し、前方 並びに左右の安全を確かめながら右折転進を開始しようとしたのであるが、そのときH運転の自動二輪車が交通法規に違反ししかも前方注視を怠って、交差点を高速度で通過しようと突如道路中央部を超えて右斜後方より 追い越し進行してきたためこれを避ける余地なく、同車と衝突したことが明らかである
- そうすると、検察官は「被告人はバックミラーで後方を見るのみではなく、更に右側並びに後方の安全を十分確かめる義務があった」旨主張するが、前記被告人に対し、更に自車の後方から自車の右折の合図に気付かず、しかも法規に反して道路の中央部を超えて自車の右側を突如時速50キロメートルを超える速度で疾走し自車の進路を横切ろうとする車のあることを予測し、後方の安全を確認すべき義務があったということは到底できないし、かつ右義務の存在を肯定するに足る特段の事情も認めることができない
- なお被告人の検察官に対する供述調書によると「貴方は窓から首を出して右後方を確認したか」「そんなことはしません」との問答があるが、言うまでもなく本件の場合これをもって被告人に過失があったとすることはできない
と判示し、業務上過失致傷罪(現行法:過失運転致死罪)は成立しないとし、無罪を言い渡しました。
幅員10メートルの一直線で見通しのよい道路を進行していた原動機付自転車の運転手Aが、進路前方右側にある小路に入るため、センターラインの若干左側から右折の合図をしながら右小回りをして右折を開始したところ、後方からセンターラインの右側にはみ出して追い越そうとした原動機付自転車と衝突した事例で、Aに過失はないとました。
丁字路交差点を右折しようとした自動二輪車が後方から来た原動機付自転車と衝突した事案で、自動二輪車の運転手に過失はないとしました。
交通整理の行われていない県道と交差する町道を右折しようとした普通乗用車(運転手A)が、後方から県道の右側部分に出て普通乗用車を追い越そうとした自動ニ輪車と衝突した事案です。
Aには、右側を追い越そうとする車両のあることまで予想する義務はないことや、右後方進行車の方で減速その他衝突を避けるため適切な措置をとると期待できることなどを理由とし、Aに過失はないとしました。
対向直進車との事故の事例
東京地裁判決(平成15年11月13日)
被告車が、対面信号が青色で交差点に進入し、右折のため右折停止線で停止し、対向車線の車の流れが切れるのを待ち、対面信号が青色から、黄色、黄色から赤色に変わるのを確認し、対向車線中、歩道側車線の自動車が信号に従って停車したのを確認し、もはや交差点内に赤色信号で進入して来る車両はないものと判断して右折を開始したところ、赤色信号にもかかわらず直進して来た車両と衝突した事案で、このように赤色信号で進入して来ることまで予想することは困難であるとし、被告人の過失を否定しました。
東京地裁判決(平成22年8月10日)
上記東京地裁判決と同様の事案で、黄色信号を着過して交差点を通過する車両を予見して右折を差し控えるべき注意義務は認められないとし、被告人の過失を否定しました。
《参考事例》
上記2つの事例のように、被告車が、対面信号が赤色になったことから右折進行したところ、実際には時差式信号で対向車線側の信号は青色で、これに従って進行して来た対向車と衝突した事例については、信頼の原則が適用されないとし、被告人に過失ありとしています。
右方直進車との事故事例
被告車が交差点中央でエンストのため一時停止後、右方を見ずに発進右折しようとし、右方から進行して来た原動機付自転車と衝突した事案で、原動機付自転車において、被告車が右折しているのにハンドルを右にきってセンターラインを越え、道路右側部方にはみ出したのが事故の原因で、原動機付自転車側の重大過失によったものであることなどを理由とし、被告人の過失を否定しました。
大館簡易裁判所(昭和46年8月10日)
被告車が、狭い道路から右折のため交差点に進入し、広い右方道路から時速70キロメートルで進行する貨物自動車を130メートル手前に認め、その3、4秒後右折を始め衝突した事案です。
被告車が右折中であったのに貨物自動車が時速70キロメートルあるいはそれ以上で、しかも前方注視を怠って進行したことが事故の原因で、このような運転についての予見可能性はないとし、被告人の過失を否定しました(予見可能性については前の記事参照)。
大阪高裁判決(昭和45年3月19日)
被告車が、狭い道路から右折のため、いったん停止後に発進したところ、右側駐車中の観光バスに向かって左側を時速60キロメートルで進行する自動車を25メートル手前に認め、急ブレーキをかけたが接触し、その自動車が暴走して佇立中の通行人を死傷させた事案です。
相手車側に前方不注視があり、しかも相手車側には対向車がなかったから深く右転把すれば被告車との接触を容易に避けられたもので、相手車側に重大な過失があったとし、被告人の過失を否定しました。
鈴鹿簡裁判決(令和元年12月11日)
被告人が、運転する自動車を信号機のない丁字路交差点手前の停止位置で一時停止後発進して右折進行したところ、右方道路から進行してきた被害者運転の自動二輪車前部に自車を衝突させ、同人を路上に転倒させて傷害を負わせた過失運転致傷事案です。
裁判所は、
- 被告人は反則金処理の範囲である時速20キロないし30キロ未満の超過までは予見するべき注意義務があると考えられるところ、被害者バイクのごとく時速80キロないし90キロあるいは100キロ以上の刑事処罰の対象になる速度超過であえて走行する車両の存在まで予測することは困難とし、被告人に予見義務を課することはできないから過失はないとし、犯罪の証明がない
として無罪を言い渡しまた。
路外へ右折する場合の注意義務
路外の工場、駐車場等へ右折進入する場合など、道路の外に出るために右折する方法について、道路交通法は「あらかじめその前からできる限り道路の中央に寄り、かつ、徐行しなければならない」と規定しています(道路交通法25条2項)。
路外への右折は、交差点のように右折を予測することが必ずしも容易ではないことから、後方直進車及び対向直進車の運転者が、右折車が直進するものと思い、合図に気付かないことも予想されます。
なので、路外へ右折する運転者としては、特に右後方、右側方、前方の安全を確認する必要があります(東京高裁判決 昭和44年1月27日)。
これは、路外への右折の場合は、対向車線を横切ることとなるためです。
また、対面進行中の渋滞車両の前面を右折して路外施設に進入する場合には、外側線外側にある通行余地部分を対面進行して来る二輪車等に対する安全を確認すべき義務が課せられます(福岡高裁判決 昭和63年2月29日)。
逆に路外の施設から一般道路に出て右折進行する場合については、左右道路の交通に留意し、その安全を確認して進行すべき注意義務が課せられます。
ただし、このような場合でも相手車が時速100キロメートル(制限速度50キロメートル)の高速で進行して来た場合に、注意義務を尽くしても事故を回避できなかったとして、彦k人の過失を否定した事例があります(広島地裁判決 平成8年5月23日)。
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