眠気や体調異変などにより安全運転を行えない場合に、直ちに運転を中止すべき義務
過失運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)における「自動車の運転上必要な注意」とは、
自動車運転者が、自動車の各種装置を操作し、そのコントロール下において自動車を動かす上で必要とされる注意義務
を意味します。
(注意義務の考え方は、業務上過失致死傷罪と同じであり、前の記事参照)
その注意義務の具体的内容は、個別具体的な事案に即して認定されることになります。
今回は、眠気や体調異変などにより安全運転を行えない場合に、直ちに運転を中止すべき義務について説明します。
注意義務の内容と事例
自動車を運転中、酒気、疲労、薬物等の影響から眠気を覚え、前方注視が困難になった場合には、安全運転を行い得ないので、直ちに運転を中止すべきとされます(福岡高裁判決 平成24年12月19日)。
病気が原因で急激に意識が低下するような場合については、そのような状態での運転は大惨事につながりかねないことから、あらかじめそのような状態になることを予見して運転を差し控えるべき義務があります。
運転中のてんかん発作による事故
運転中のてんかん発作を起こして意識を失い、事故となるケースがあります。
てんかん発作により起こした事故で、運転者である被告人の過失が認められた事例として、以下のものがあります。
① 運転者が運転中にてんかんの発作を起こして事故を起こした場合について、運転したこと自体を過失としました(仙台地裁判決 昭和51年2月5日、名古屋高裁判決 平成24年5月10日)。
② てんかんの持病を有する被告人が、昼間、自動車を運転中に、てんかんの発作を起こして意識を失い、事故を起こした場合について、家族からは夜ほっとしたときに発作が起こる旨聞かされていたとしても、被告人がてんかんを患っていた期間や発作の起こる頻度等に照らすと、昼間の自動車運転中においても発作が起こることを予見すべき義務があるとし、被告人に過失ありとしました(東京地裁判決 平成5年1月25日)。
このようにてんかんの発作などを起こすことについて予見可能性がある場合には、運転を差し控えるべき義務が認められます。
睡眠時無呼吸症候群による事故
睡眠時無呼吸症候群に罹患していたことにより、慢性的に良質の睡眠がとれず、日中、突然居眠りをして起こした事故について、過失の捉え方が問題となることがあります。
睡眠時無呼吸症候群に罹患していた場合であっても、事故時点において意識を喪失することについて予見が可能であれば運転を中止すべき義務があります。
運転者の過失を認めた事例として以下のものがあります。
前橋地裁判決(平成26年3月26日)
睡眠時無呼吸症候群と事故後に診断されたバス運転者が高速道路上で道路左側の防音壁に衝突して乗客7人が死亡した事案です。
バスの走行記録、関係者の供述、被告人の捜査段階での供述などから事故前に眠気を感じていたことを認定した上で、事故の約20分前に眠気を感じ、そのまま運転を継続すれば前方注視が困難な状態に陥ることが容易に予想されたのであるから、このような場合、自動車の運転者としては、早期に駐車場で停止する等してバスの運転を中止し、もって事故の発生を未然に防止すべき自動車運転上の注意義務があるのに、これを怠り、漫然と運転を続けたとして、被告人の過失を認めました。
反対に、過失を否定した事例として、以下のものがあります。
大阪地裁判決(平成17年2月9日)
睡眠時無呼吸症候群に罹患していた被告人について、「事故当日の身体的・精神的悪条件が重なって、予兆なく急激に睡眠状態に陥っていたため、前方注視義務を履行できない状態にあったとの合理的疑いを払しょくできない」として、被告人の過失を否定しました。
突然の発作による意識障害の事故
突然起こったような一過性の発作による事故は、発作自体が過失の内容にならない場合があります。
自動車運転者が、一過性脳虚血発作による意識障害に陥って事故を起こした場合について、意識障害に陥ることの予見可能性がなかったとして、運転者に運転中止義務を課すことはできないとした事例があります(大阪高裁判決 昭和54年4月17日)。
運転の条件違反(眼鏡の不使用)による事故
体調異変でありませんが、運転に条件が付されている場合に、条件不遵守が過失として認められる場合があります。
参考となる事例として、以下のものがあります。
東京高裁判決(平成14年12月3日)
眼鏡の使用が運転免許の条件であるのに、眼鏡を使用せずにわき見運転をして、交差点を横断中の歩行者と衝突して死亡させた事案で、眼鏡を使用して、前方左右を注視しながら進行すれば事故を防止できたことから、眼鏡不使用の注意義務違反も認められるとしました。
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