過失運転致死傷罪

過失運転致死傷罪(3)~「車で後退する際の注意義務」を判例で解説~

車で後退するの際の注意義務

 過失運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)における「自動車の運転上必要な注意」とは、

自動車運転者が、自動車の各種装置を操作し、そのコントロール下において自動車を動かす上で必要とされる注意義務

を意味します。

 (注意義務の考え方は、業務上過失致死傷罪と同じであり、前の記事参照)

 その注意義務の具体的内容は、個別具体的な事案に即して認定されることになります。

 今回は、車で後退する際の注意義務について説明します。

車で後退する際の注意義務の内容

車を後退させる際は、一層厳重な注意義務が課せられる

 自動車は道路上において前進するのが普通であって、構造上もそのようにできており、後退するのは特別な必要のある場合に限られます。

 しかも、自動車を後退させることは、前進する場合と比べて道路上の見通しが困難であるなど、より危険なので、一層厳重な注意が必要とされます(東京高裁判決 昭和42年2月14日)。

 安全確認の方法としては、

  • バックミラーにより確認する
  • 運転者自らいったん車から降て確認する
  • 車窓から身を乗り出して確認する
  • 補助者の誘導を求める

など、車両周辺の状況などに応じて万全を期さなければならないとされます。

大型車両を後退させる場合は、慎重に慎重を期する必要がある

 特にトラックなどの大型車両を後退させる場合には、死角が大きいので、慎重に慎重を期する必要があるとされます(東京高裁判決 平成16年3月4日)。

誘導助手自身の安全まで確認する必要はない

 助手の誘導によって後退する場合は、運転者自らの後方安全の確認義務が免除されるわけではありませんが、運転者は、助手の安全は助手自ら確保して誘導するものと信じて運転すればよく、助手の誘導と相反するとか、助手の予期しない進路を後退するとか、あるいは予想外の高速で後退するなどの格別の事情の存しない限り、助手自身の安全についてまで確認する必要はないとされます(東京高裁判決 昭和43年2月12日)。

 助手が同乗していない場合には、対面して来た他車の乗務員又は付近の住人に依頼し、後退の誘導をさせるほか、自ら下車して後方一帯を見回すなど適宜の方法を講じ、自車の右側はもちろん、左側及び後方の安全を確認しながら後退すべきであるとされます(高松高裁判決 昭和39年11月26日)。

作業現場における注意義務

 作業員のみが出入りしている作業現場であっても、後退方向に作業員などの存在、歩行が予見される場合には、これに対し警告を与え、避譲させ、安全を確認して後退すべきであるとされます(大阪高裁判決 昭和41年12月26日)。

 ただし、作業員が近寄ることが予想されないような状況下にあって、作業員が前ぶれもなしに接近して来るようなことまで予想すべき義務はないとされます(大阪高裁判決 昭和51年12月21日)。

遊戯中の幼児がいる場合の注意義務

 遊戯中の幼児の側方を通過する場合は、一般に、道路付近で遊戯中の幼児が遊戯に気を取られて車両の接近を顧みる余裕がなく、突飛な行動に出て、車両の進路に立ち入るおそれがあることは通常予想できると見なされます。

 遊戯中の幼児が1名の場合はもとより、数名で遊戯中の幼児に接近してその側方を通過する場合には、これら幼児の動静に十分注意を払い、適宜減速徐行し、警音器を吹鳴して避譲させ、又は一時停止するなどして安全に進行すべきですが、自動車を後退させる場合には、前進する場合に比して。特に進路の見通しが困難であるので、一層注意して厳重に安全を確認しなければならないとされます(東京高裁判決 昭和44年11月27日)。

 現に道路上に幼児がいない場合であっても、狭隘な住宅街の生活道路などで後退する場合には、幼児当が道路上に出て来ることがあり得ることを踏まえ、安全確認を十分に行う必要があるとされます(東京高裁判決 平成16年3月4日)。

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