過失運転致死傷罪

過失運転致死傷罪(2)~「車で発進(前進)する際の注意義務」を判例で解説~

自動車運転者の注意義務

 過失運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)における「自動車の運転上必要な注意」とは、

自動車運転者が、自動車の各種装置を操作し、そのコントロール下において自動車を動かす上で必要とされる注意義務

を意味します。

 (注意義務の考え方は、業務上過失致死傷罪と同じであり、前の記事参照)

 その注意義務の具体的内容は、個別具体的な事案に即して認定されることになります。

 今回は、車で発進(前進)する際の注意義務について説明します。

車で発進(前進)する際の注意義務

① 車で発進(前進)する際の注意義務の内容

 駐車中・停車中の自動車を発進(前進)させるに際しては、可能な範囲で、前方、左右の安全を十分確認しなければなりません(東京高裁判決 昭和36年7月27日)。

 自動車に死角がある場合には、乗車前に自動車周辺の安全を確認するのはもとより、車掌、助手が同乗していれば、これらの者により、また自ら、運転台の座席からのみならず、左右に移動し、あるいは伸び上がり、窓から首、体を出すなどして死角内の安全を確認すべきとされます(福岡高裁判決 昭和30年6月14日)。

 歩道上に駐・停車していた場合には、歩道がもともと歩行者の専有する部分で、かつ車両の通行による危険から保護されている場所であることから、歩行者がいる可能性がほとんどないような特別の事情がある場合を除き、歩道上のすべてにわたって安全を確認し、歩道上に死角圏が存在する場合には、誘導者等によって死角を消除して発進すべきとされます(広島高裁判決 昭和54年12月21日)。

 バスなど乗降客のある車両を運転し、停留所など乗降客のある箇所で乗客を乗降させて発進する場合には、バス周辺にいる乗降車客の有無を確認し、乗車客が完全に乗車し終わったのを確認してドアを閉じてから発進すべきとされます(広島高裁岡山支部判決 昭和41年11月15日、東京高裁判決 昭和58年9月22日)。

 また、降車客があった場合には、車掌の発車の合図があっても、降車客が車から安全な箇所に移動したことを確認してから発車し、発車直後も車体周辺を歩行している降車客の安全を確認して進行すべきであるとされます(東京高裁判決 昭和36年7月27日)。

② 過失ありとされた事例

 自動車発進時の事故について過失ありとされた事例としては、

  1. 自車に接近した歩行者、幼児などに気付かず発進した場合
  2. バスなどで乗客が完全に乗・下車していない、あるいは降車客が安全な箇所まで行かないうちに発車し、又は積残し客の安全を確認せずに発車した場合

が典型的なものとして挙げられます。

 「①自車に接近した歩行者、幼児などに気付かず発進した場合」で過失ありとされた事例として、以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和53年4月12日)

 自車の前を迂回しようとして自転車にまたがって死角内を接近して来た女性に気付かず発車して衝突した事例。

広島高裁判決(昭和54年12月21日)

 自車の車体の一部を歩道上に出して駐車した後、発進する際、死角内にいた幼児に気付かずに衝突した事例。

東京地裁判決(平成12年5月23日)

 横断歩道上に一時停止した後発進する際、自車の前を横断する児童(当時8歳)に気付かずに衝突した事例。

 この事例において、裁判所は、横断歩道上ないしその付近に一時停止したトラックの発進・進行に当たっては、一般的に横断歩道を渡りきれなかった者や駆け抜けて行こうとする者がいる可能性があり、かつ、折から登校時間帯でもあり、自車から発見の困難な身長の低い児童等がいるとも考えられるのであるから、単なる走行中のように自車の前方を直接目視するだけの方法ではなく、 アンダーミラーやサイドアンダーミラーをも利用するなどして周囲の横断者の存在及び動静を確認し、更に車内からの死角を考慮の上、いつでも危険を回避できるように安全確認を尽くしつつ発進・進行すべき注意義務があるとしました。

 「②バスなどで乗客が完全に乗・下車していない、あるいは降車客が安全な箇所まで行かないうちに発車し、又は積残し客の安全を確認せずに発車した場合」で過失ありとされた事例として、以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和58年9月22日)

 バスに乗車しようとした老人が完全に乗車し終わらないうちにドアを閉めながら発車し、事故となった事例。

福岡高裁判決(昭和29年11月30日)

 満員のバスを発車させ、バスの側にいた多数の積残し客の中の1人がバランスを失い倒れたところを轢過した事例。

静岡地裁判決(昭和46年8月9日)

 降車客の足や帯がドアに挾まれているのに気付かず発車し、降車客を転落させるなどした事例。

東京高裁判決(昭和40年11月15日)

 降車客の手袋の先がドアに挾まれているのに気付かず発車し、手袋は外れたもののバランスを失して車体に接触転倒させたのち轢過した事例。

福岡高裁判決(昭和42年6月28日)

 バスを下車した幼児が、後部を回って右側を歩くうち、車体の下に転げ込んだのに気付かず発車した事例。

③ 過失なしとされた事例

 上記と反対に、自動車発進時の事故について過失なしとされた事例として、以下のものがあります。

岡山地裁判決(昭和47年2月24日)

 バス停留所から発進させる際、左側方の死角内にいたと思われる子供用二輪車に乗っていた幼児を轢過した事例。

 被害幼児は、子供用二輪車に乗ってバス左横側の死角内を通ってバス左前部付近に至ったと推測され、この間、一時、 アンダーミラーを通して幼児の姿を確認できたが、付近は閑散とした場所で、短い停車時間に、安全を確認すべき義務はなく、車掌が幼児を認知できなかったので見落としたのは職務懈怠であるが、それを運転手である被告人の刑責に帰することはできないとしました。

仙台高裁秋田支部判決(昭和35年6月7日)

 車掌の発車合図と同時にドアの閉じる音を聞いてバスを発車させたところ、車掌が乗客と誤認した見送人が半分閉じられたドアを無理に開け飛び降りようとしたので、車掌が停車合図をし、運転手が急停車したが、見送人が転落死亡した事例。

 車掌の発車合図とドアを閉じる音を聞いて発車させ、 また車掌の合図により直ちに停車しているから注意義務を怠っていない(もっとも、車掌は完全にドアを閉じておらず、被害者はこれを押し開けて飛び降りようとしているが、こういう突発事故に応ずることは車掌の職分であるとしました)。

高松高裁判決(昭和33年6月10日)

 乗客で混み合っているバスを車掌の合図で発車させた直後、同伴のめいを先に乗車させバス停に荷物を取りに行った女性が、ドアを閉めることができないため、ステップに立ち、両手で入口を塞いでいる車掌の手の下をかいくぐり、ステップ最下段に乗ったが安定を失い転落し、傷害を負った事例。

 本件のような場合には、車掌の発車合図に従うほかなく、また被害者は車掌に停車を求めることもせず、入口を塞いでいるところへ無理に飛び乗ったもので、事故は被害者の過失に基づくとしました。

鳥取簡裁判決(昭和34年7月21日)

 バス運転手が、バス停以外の路上で乗車のため、停車を求める女性2人を乗車させ、車掌の合図に従い発車させたところ、1人は他の者を見送り風呂敷包を渡そうしていただけであったため、車掌が完全に閉じていないドアから下車しようとして転落し、車掌が傷害を負った事例。

 バス運転手が、バス停以外で臨時に乗車させた場合は、客であることを疑わず、完全乗車の確認のみで再発車の措置をするのが通常でそれで足り、しかも車掌の発車合図、続いて動き出した際は、被害者ら2名は車内にいたのであり、バス運転手である被告人の発車措置に注意義務懈怠はないとしました。

大阪地裁判決(平成23年9月8日)

 大型貨物自動車を運転し、赤色信号に従って停止した後、対面青色信号に従って発進した際、自車右側から自車前方に進行してきた自転車に気付かないまま衝突した事例。

 本件道路が片側3車線で、被告人車の右側の中央車線にタクシーが停まっており、被害者は信号待ちの間に、被告人車とタクシーとの間(幅1.2メートル)に入り、信号が変わったため、タクシーが発進した後、被告人車が発進しており、また、被告人車の左側には幅3.9メートルの歩道があったことから、被告人が発進に当たり、アンダーミラー等を使って死角の周辺を確かめたにとどめたことは無理からぬことであるとしました。

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