過失運転致死傷罪

過失運転致死傷罪(9)~「交差点の手前で対面信号機が赤色を表示し、あるいは黄色に変わったのを認めた場合の注意義務」を判例で解説~

交差点の手前で対面信号機が赤色を表示し、あるいは黄色に変わったのを認めた場合の注意義務

 過失運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)における「自動車の運転上必要な注意」とは、

自動車運転者が、自動車の各種装置を操作し、そのコントロール下において自動車を動かす上で必要とされる注意義務

を意味します。

 (注意義務の考え方は、業務上過失致死傷罪と同じであり、前の記事参照)

 その注意義務の具体的内容は、個別具体的な事案に即して認定されることになります。

 今回は、交差点の手前で対面信号機が赤色を表示し、あるいは黄色に変わったのを認めた場合の注意義務について説明します。

注意義務の内容

 信号に従って運転することは、自動車運転者にとって基本的な義務の一つです。

対面信号が赤色表示の場合の注意義務

 対面信号が赤色を表示している場合に交差点に進入することのないよう、交差点手前で対面信号機が赤色を表示しているのを認めれば、直ちに減速し、交差点に進入前に停止すべき注意義務が課せられています。

 この点について、参考となる裁判例として以下のものがあります。

東京高裁判決(平成19年9月13日)

 時速60キロメートルで走行中、交差点の手前約52メートルの地点で対面信号が赤色を表示しているのを認めたのに、速度を時速約50キロメートルまで減速したのみで、交差点手前約37メートルの地点(A地点)で進路前方の歩行者用信号が青色点滅表示に変わったのを認めたことから、自車が交差点に進入する前に対面信号が青色表示に変わるものと軽信して、そのまま直進し、交差点手前約18メートルの地点で、なお対面信号が赤色であることを確認したが、交差道路から自動車は来ないものと思い赤色信号を無視して交差点に進入した結果、交差道路を進行して来た自動車と衝突した事案です。

 高裁裁判官は、A地点で直ちに減速して交差点手前で停止すべき注意義務があるとした原判決には事実誤認があるとし、赤色信号が続くときは交差点への進入前に停止することができるよう、減速・徐行すべき注意義務があると判示しました。

 注意義務を「減速して交差点手前で停止すべき注意義務」ではなく、「交差点への進入前に停止することができるよう、減速・徐行すべき注意義務」と注意義務の内容をより具体的にした点がポイントです。

対面信号が黄色表示の場合の注意義務

 対面信号が黄色に変わったのを認めたときも、交差点に赤色信号で進入することのないように速度を調整すべきとされます。

 また、交差する車線を信号に従って走行する自動車や歩行者の存在が予想されるのであるから、この点についても注視する必要があります。

被告人の過失ありとされた事例

 黄色信号に関する事故で、被告人の過失ありとされた事例として、以下のものがあります。

福岡高裁判決(平成6年9月6日)

 時速約80キロメートルで走行中、停止線の約157メートル手前で対面信号が黄色に変わったのを認めたが、時速を約90~100キロメートルに加速進行したところ、対向右折車と衝突した事例。

 速度を調節して交差点手前において停止すべきであるとし、被告人に過失ありとしました。

東京高裁判決(平成5年4月22日)

 時速約40キロメートルで進行中、停止線20~30メートル手前で対面信号が黄色に変わったのを認めたが、そのまま進行したところ、横断歩道を左から右へ横断を開始したA(5歳)及びB(6歳)に衝突した事例。

 直ちに急制動の措置をとったとしても停止線を越えてしまう場合であっても、その措置を講じできるだけ速やかに停止すべきであったとし、被告人に過失ありとしました。

福岡高裁判決(平成13年6月26日)

 交差点入口の停止線手前約150.2メートルの地点で対面信号が黄色を表示していることに気付きながら、時速約90キロメートルで進行し、交差点に赤色信号で進入し、交差道路を青色信号に従って走行して来た自動車と衝突した事例。

 対面信号が赤色になってから急制動の措置を講じても衝突は回避不可能であり、本件事故を回避するためには、黄色信号に従って停止すべき注意義務があるとし、被告人に過失ありとしました。

東京高裁判決(平成23年3月8日)

 交差点手前約57メートル付近で対面信号機が黄色を表示していることに気付いたのであるから、同信号機の表示に留意し、被害者運転車両が右折進行を開始し、自己進路上に進入することを予想して、信号表示に従って減速ないし制動措置を講じて停止線で停止すべき注意義務を認定した原判決に対して、制動措置を講じても結果を回避できたことに合理的疑いが残るとした上で、被告人が法定速度を遵守するとともに、信号機の表示に留意していれば結果を回避し得たとし、被告人の過失を認めました。

東京高裁判決(平成22年5月18日)

 対面信号が黄色信号を表示しているのに気付いたことから、これに従って停止等すべき注意義務違反を認めた原判決を、信号に気付いた時点で制動措置を講じても停止できず、事故は回避し得たとしても交通を妨げ、青色信号に従って進行してくる車両等との事故の危険もあったので、このような注意義務は認められないとした上で、信号機の表示に留意し、対面信号機の表示が黄色に変わった場合には、直ちに制動措置を講じて、その信号表示に従い停止線手前で停止すべき注意義務を認めました。

被告人の過失なしとされた事例

名古屋高裁判決(平成23年5月16日)

 制限時速を40キロメートル超過する時速70キロメートルで進行中、交差点入口の停止線の手前約33.2メートルの地点で対面信号が青色信号から黄色信号に変わったことを確認したが、急制動の措置を講じても停止できないと考え、そのまま進行したところ、交差道路を赤色信号に従わないで交差点に進入して来た被害車両と衝突した事案。

 このような車両のあることまで予測して、速度を調整して進行する注意義務はないとし、被告人に過失はないとしました。

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