刑法(業務上横領罪)

業務上横領罪(5) ~「付随的事務の業務性の認定の考え方」を判例で解説~

付随的事務の業務性の認定の考え方

 業務上横領罪の業務には、本来の職務に付随する事務も含まれます。

 本来の職務に付随する事務が、業務上横領罪における業務として認められるかどうかは、判例の傾向を見て判断することになります。

業務の慣例に触れた上、被告人の本務に付随する事務であることを理由に、業務性を認め、業務上横領罪の成立を認めた判例

 行為者の本来の職務に付随する事務であることを根拠として、業務上横領罪の業務に当たることを認めるに当たり、その事務が、行為者の本来の職務に付随する事務であるか否かを端的に判断しただけのものもありますが、付随する事務であるか否かの考慮要素や判断において、慣例の存在に触れているものもあります(慣例による業務性の認定については前の記事参照)。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

仙台高裁判決(昭和28年6月29日)

 この判例で、裁判官は、

  • 刑法第253条のいわゆる『業務』には本務兼務、他人に代わって事実上行う事務及び慣例上、本来の事務に付随して行う事務等のすべてが含まれるのである
  • 本件において、被告人Aは、農業協同組合長として、食糧管理法令に基き、いわゆる供出米を政府所有貨物として保管するほか、右事務に付随して、政府の発行する荷渡指図書発行後、買受人がこれと引換に供出米を引き取るまで、買受人のためにこれを保管することを常業としていたことが認められる
  • よって、原判決が、被告人Aにおいて、右荷渡指図書が発行されて、買受人N食糧卸協同組合の所有米となった米を、同組合のため保管していたことを目して、業務上保管と認めたのはもとより正当である

と判示し、業務の慣例に触れた上、被告人の本務に付随する事務であることを理由に、業務性を認め、業務上横領罪の成立を認めました。

名古屋高裁判決(昭和29年10月25日)

 この判例で、裁判官は、

  • おおよそ業務上横領罪における業務上保管というのは、ある職務を有する者が、その本来の職務上の行為ではないが、それと密接に関連して、慣例上その本来の職務行為に付随してある事務を執行し、これに伴い金銭その他の物を自己において保管する場合においても、これをその業務上の保管と認むるを相当とする
  • 被告人は、原判示銀行の得意係として、得意先に対し、預金の勧誘、集金、その保管の業務を担当し、傍ら得意先から随時現金の預入、払出等の事務の委託を受けた場合、その現金を一時自己において保管する事務を担当していたことが明かであるから、この種現金の保管を為すことは、被告人の本来の職務に付随して慣例上取扱っていた事務であって、これまた被告人の業務行為の内容を為していたものと認むべきである

と判示し、業務の慣例に触れた上、被告人の本務に付随する事務であることを理由に、業務性を認め、業務上横領罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和32年1月23日)

 この判例で、裁判官は、

  • 刑法第253条にいわゆる業務とは、人がその社会上の地位において継続的に従事する事務を言い、ある職務を有する者が、その職務に関連付随して、ある事務を継続的に処理する場合においても、これを業務と言うを妨げない
  • 被告人は、株式会社J銀行K支店長として預金の受入れその他同支店における銀行業務一切を統括する傍ら、右職務に付随し、預金受入れの成績を挙げるため、慣例上、得意先預金者から同支店に対する現金預入方の委託を受けて、便宜これを預り、同支店のため、一時自ら保管する事務をも処理していた

と判示し、業務の慣例に触れた上、被告人の本務に付随する事務であることを理由に、業務性を認め、業務上横領罪の成立を認めました。

慣例の存在に触れることなく、被告人の本務に付随する事務であることを理由に、業務性を認め、業務上横領罪の成立を認めた判例

 上記各判例に対して、特段、慣例の存在に触れることなく、業務上横領罪の業務に、本来の職務に付随する事務も含まれるとした判例として、以下のものがあります。

大審院判決(大正11年5月17日)

 芸娼妓周旋業者が周旋するに際して、抱主から芸娼妓に交付すべき前借金を預かり保管中に、前借金を横領した事案です。

 まず、被告人の弁護人が、

  • 周旋業の業務は、契約当事者の間に立って、契約の成立についてのみ斡旋するのであって、契約内容事項の実行に関与するものではなく、被告人も、芸娼妓と抱主との間に立って契約の締結を斡旋するのを業務とするのであって、契約の内容である前借金の授受を代理する権限を有していない
  • よって、たまたま抱主より相手方へ交付すべき金員を預かり保管することがあっても、それは業務としての行為ではない

と述べ、業務上横領罪の業務性を否定する主張をしたのに対し、裁判官は、

  • 刑法第253条の業務上の占有は、他人の物の占有保管を主たる職務又は営業とする場合における占有のみに限局すべきものにあらず
  • 苟も職務又は営業に付随して、他人の物を占有保管する以上は、特に法令において、これを職務又は営業の範囲より除外せざる限り、業務上横領罪の業務上の占有に該当する

と判示し、芸娼妓周旋業者である被告人が周旋をなすに際して、抱主から芸娼妓に交付すべき前借金を預かり保管することは、芸娼妓周旋の業務に付随するものとし、被告人に業務上横領罪の成立を認めました。

 なお、この判例について、学説では、あらゆる付随的事務がすべて業務上横領罪の業務に含まれるとすると、本罪の成立範囲が不当に拡大されすぎるなどとして、本来の職務の遂行と密接な関連性を有する範囲内の付随的事務に限られるべきとする見解が主張されています。

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