刑法(業務上横領罪)

業務上横領罪(3) ~「業務が不適法なものであった場合の業務性の認定の判断基準」「法が絶対的に禁止する行為は、業務性が否定される」を判例で解説~

業務が不適法なものであった場合の業務性の認定の判断基準

 前の記事において、業務上横領罪の「業務」とは、『社会生活上の地位に基づいて、反復又は継続して行う事務』であることを説明しました。

 今回の記事では、業務上横領罪の「業務」が不適法なものであった場合の業務性の認定の判断基について説明します。

 業務上横領罪の「業務」は、必要な免許を受けていない場合など、不適法な業務であっても、業務が法の絶対的に禁ずる性質のものでなければ、業務性が認められ、業務上横領罪が成立します(大審院判決 大正9年4月13日)。

 つまり、その反面、業務の内容が、反復又は継続して、委託を受けて他人の物を管理することを内容とする事務であっても、その業務が法の絶対的に禁ずる性質のものであれば、業務上横領罪の業務たり得ず、業務上横領罪は成立しないことになります。

 なお、「法が絶対的に禁止する行為」の具体的内容について、判例は、

  • 刑法に規定する各犯罪行為の如く、その行為自体を禁遏することが法の目的たる場合(大審院判決 大正9年4月13日)
  • その行為自体が各種犯罪行為のように、法の特に禁止し、処罰する行為(東京高裁判決 昭和32年9月17日

と判示しています。

 このことから、刑法に規定する犯罪行為に該当するような、社会的に許容されない行為については、業務上横領罪の業務に当たらないとする考えが相当であるといえます。

判例

 業務が不適法なものであった場合の業務性の認定の判断基準について述べた判例として、以下の判例が参考になります。

業務性を認めた判例

大審院判決(大正9年4月13日)

 この判例で、裁判官は、

  • 刑法253条にいわゆる業務とは、法令若しくは契約慣習等により、適法なる行為を反復する場合はもちろん、その他本質上違法性を帯びざる行為の反復を指称するものと解すべきである
  • 而して、刑法に規定する各犯罪行為の如く、その行為自体を禁遏することが法の目的たる場合においては、これを反覆する情態を目して、業務といいを得ざるはもちろんなりといえども、無尽業法の如く、ある一定の行為を反覆する者に対する行政上の取締の必要あるがため、主務大臣の免許を受けることを要するものとす
  • その手続を経ずして、これを反覆する者を犯罪として処罰する場合においては、違法性は単に、その無免許の点に存し、無尽行為は法の禁遏せんとする所に非ざるをもって、無尽行為自体の本質は違法性を帯びるものというを得ず
  • 従って、無免許で行う無尽営業を指して、これを業務というを妨げざるものとす

と判示し、刑法に規定する犯罪行為のように、その行為自体を禁止することが法の目的となっている場合には、これを反復しても業務上横領罪の業務たり得ないが、行政上の取締の必要性から免許が必要とされている営業を無免許で行ったような場合には、業務上横領罪の業務たり得るとしました。

東京高裁判決(昭和30年7月25日)

 この判例で、裁判官は、

  • B株式会社において、同社の業務たる物納土地の払下斡旋付随して、事実上、物納土地の売払代金を数多の払下申請人より受領していた事実は明らかである
  • かくの如きは、もとより取締の立場にある大蔵当局の好まない状態であったことは十分窺い得るところであるが、かかる所為が違法をもって目すべきか否かにかかわらず、これがために、直ちに被告人の所為をもって、刑法第253条の関係においても業務行為とはいいえないとするのはあたらない
  • 法が絶対的に禁止する行為は、たとえそれを業務とする意思をもって反覆累行したからとて、業務行為と目することを得ないのは当然であるが、行為自体は法の絶対的に禁止する反社会性のものではなく、ただ取締の必要上、その行為を制限するのに過ぎないような場合にあっては、その違法行為であるのにかかわらず、刑法第253条の関係においては、これを業務行為というのを妨げないものと解するのが相当である
  • そして、本件について考えてみるのに、もし前記会社において、物納不動産払下申請人から受領した売払代金を、誠実に国庫に納入したならば、かかる受領行為も格段の弊害を伴わなかったであろうことはたやすく想像できるところであり、ただその間における業者の不正を予防するために、これが受領行為が禁止されていたに過ぎないものと考えるのが相当である
  • よって、原判示会社における被告人の物納土地売払代金の受領行為といえども、これが業務として反覆され、かつ、その業務上右会社のために占有していた金員である以上、被告人において、ほしいままに自己の用途にあてるためにこれを着服して横領すれば、ここに刑法第253条の罪の成立することはもとよりである

と判示しました。

東京高裁判決(昭和32年9月17日)

 この判例で、裁判官は、

  • 刑法第253条にいわゆる業務とは、法令によると、慣例によると契約によるとを問わず、一定の事務を反覆常業とする場合をいう
  • その行為自体が各種犯罪行為のように法の特に禁止し処罰する行為であるときは、これを反覆常業としても同条にいう業務ということはできない
  • しかし、行政上の取締の必要上、その行為を制限するに過ぎないような場合には、その行為が適法でないとしても、現実に反覆常業とされている事実があれば、これを同条の業務というを妨げないものと解するを相当とする
  • そして、原判決引用の証拠によると、被告人は、昭和26年11月頃から原判示A大学事務局会計課長Bの下に、同課出納係長として国庫金の出納保管の業務に従事していたものであるが、その後間もない頃から、右Bの指示により、同人と協議の上、多数回にわたり、同大学出入の業者に対する支払に充てる名目で振出した同大学事務局会計課長Bを振出人とするC銀行D代理店宛小切手多数を業者に渡さないで、これを直接同銀行代理店において現金化しこれを保管することを慣例としていたことを認めることができるのである
  • 右のように、被告人が業者に対する支払に充てる名目で会計課長Bを振出人とする小切手多数を振出し、これを業者に渡さないで現金化して保管したことが、会計法第15条、第16条に違反するものであったとしても、かかる行為は、同法の規定全般を検討すれば、同法がこれを犯罪行為として、特に禁止し処罰する行為としたものではなく、会計上の不正を予防するため会計の事務処理に当たる者の行為を制限することを目的として、右のような行為をしてはならないものとしたものと解することができるのであるから、被告人が右のような行為を事実上反覆常業としていることをもって、刑法第253条にいわゆる業務とするに妨げないものといわねばならない

と判示し、慣例を根拠として反復常業として行っており、会計法に違反する小切手を現金化して保管する行為についても、業務上横領罪の業務に当たるとしました。

東京高裁判決(昭和30年1月31日)

 この判例は、弁護士でなくとも、業として報酬を得る目的をもって法律事務を取り扱っていた以上、法律事務を委任した者のために保管中の金員を自己の用途に当てるために横領した行為は、業務上横領罪を構成するとしました。

業務性を否定した判例

 上記判例に対し、「業務」が法律に違反するとして、業務上横領罪の成立を否定した以下の判例があります。

名古屋高裁判決(昭和31年5月25日)

 この判例で、裁判官は、

  • 原判決は、判示第二事実の横領を業務上横領と認定している
  • 刑法第253条の業務とは、適法な行為を反覆する場合、その他本質上、違法性を帯びない行為の反覆を指称するものであって、公序良俗に反し、又は強行法規に反する等法が絶対的に禁止する行為は、たとえ業務とする意思をもって反覆するも、本条の業務と目することはできないといわなければならない
  • 労働基準法第24条によれば、賃金は直接労働者に支払わなければならないものであって、該規定は強行法規であり、これに違反する行為を絶対的に禁止するものであることは、法規の精神に照して疑を容れない
  • 被告人が、前認定のように各労働者の賃金を一括して会社より支払を受けた上、被告人より各労働者に支払うことは、右規定に違反するものであって、たとえこれを反覆したとしても、刑法第253条の業務と目することができないことは、右説示に徴して明らかである
  • 原判決が、被告人が各労働者の賃金を会社より受領し保管した行為を業務と認定したことは、法令の解釈適用を誤ったもので、その誤は、判決に影響を及ぼすことが明らかである

と判示し、労働基準法に違反する被告人の賃金保管行為は、強行法規に違反する法により絶対的に禁止されるものであるとして、業務上横領罪の業務に当たらないとしました。

 なお、この判決に対しては、学説において疑問が呈されており「公序良俗に反し又は強行法規に反する」場合を「法が絶対的に禁止する行為」に当たるとした点については、業務上横領罪の業務に当たらないとする範囲が広すぎるという批判的見方があります。

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