証拠の「証拠能力」「証明力」とは?
証拠が持つ効力には、証拠能力と証明力とがあります。
証拠能力とは?
「証拠能力」とは、
厳格な証明の対象となる事実の認定資料として、その証拠を用いることができる証拠の形式的な資格
をいいます。
「証拠能力」のある証拠を分かりやすくいうと、
公判において、検察官や被告人・弁護人が裁判官に証拠を提出したときに、適法な証拠であると裁判官に認められ、裁判官に証拠として採用してもらえる証拠
となります。
証拠能力のある証拠とは、具体的には、
- 被告人の供述調書で任意性のある自白を内容とするもの(例えば、捜査機関に無理やり自白させられた内容の供述証書は証拠能力がない)
- 被告人、検察官の署名・押印のある供述調書(供述調書に被告人、検察官の署名・押印がなければその供述調書に供述調書としての証拠能力はない)
- 作成者(警察官など)の署名、押印がある捜査報告書(作成者の署名、押印がない捜査報告書は捜査報告書としての証拠能力がない)
- 適法な手続きを経て収集された証拠物(違法な手続きで収集された証拠物は、違法収集証拠となり、証拠能力がない)
が該当します。
証明力とは?
「証明力」とは、
その証拠が裁判官に心証を形成させることのできる証拠の実質的な価値
をいいます。
そのため、証明力のことを「証拠価値」ということもあります。
「証明力」を分かりやすくいうと
裁判官に「この証拠に書かれていることは真実である」「この証人の言っていることは真実である」「この証拠物の存在は事件の真相を物語っている」と思わせる証拠の力
となります。
証拠能力と証明力とは異なる概念である
証拠能力と証明力とは異なる概念です。
なので、証拠能力のある証拠(例えば、任意性のある自白)であっても、証明力がない場合(その自白が虚偽であるとき)があります。
反対に、証拠能力のない証拠(例えば、捜査機関から強制された自白)であっても、証明力がある場合(その自白が真実であるとき)もあります。
証拠能力があるかどうかは法律に根拠がある
証拠能力は、証拠の形式的な資格なので、証拠能力があるかどうかは、法律に根拠があります。
なので、検察官や弁護人から証拠の提出を受けた裁判官が、その証拠の証拠能力の有無を自由に判断することはできません。
証拠能力があるどうかを定めた法として、
- 刑訴法319条1項(任意にされたものでない疑いのある自白は、これを証拠とすることができない)
- 刑訴法320条(法廷において裁判官、検察官、被告人・弁護人の面前で供述されていない供述(供述調書などのかたちで書面にまとまられた供述)は、相手方(検察官が裁判官に提出した証拠なら相手方は被告人・弁護人)がその供述調書が証拠として採用されることに同意するなどの一定の条件を満たさない限り、証拠能力がない)
があります。
証拠能力がない証拠は証拠にすることができない
証拠能力がない証拠は、それがいかに証明カ(証拠価値)の高いものであっても、裁判官は証拠採用することができず、その証拠の証拠調べ(裁判官が検察官、被告人・弁護人から提出された証拠の中身を調べること)をすることもできません。
なので、証拠能力のない証拠を、裁判の当事者(検察官、被告人・弁護人)が取調べ請求(刑訴法298条1項、刑訴規則188条以下)したり、裁判官が証拠調べの決定(刑訴規則190条)をした場合は、当事者は法令違反を理由とし、裁判所に対し、異議申立てができます(刑訴法309条、刑訴規則205条1項)。
また、証拠能力のない証拠が既に裁判官の取調べ済みである場合は、裁判所は、
とされます。
証明力の有無・程度は、裁判官の自由な心証により判断される
証明力は、証拠の実質的価値なので、証拠が持つ証明力の有無・程度は個々の証拠によって様々です。
そこで、法は、証拠の証明力の有無・程度の判断方法を法で定めることをせず(※証拠能力は法で定められている)、裁判官の自由な心証に委ねています(刑訴法318条)。
これを「自由心証主義」といいます。
証拠は、「証拠能力の有無」→「証明力の有無・程度」の順で判断される
証拠の証明力の有無・程度は、裁判官が個々の証拠ごとに自由な心証をもって判断するのですが、その判断は証拠能力のある証拠についてなされます。
つまり、証拠能力のない証拠については、証明力の有無を考える必要がありません。
なので、順序としては、まずその証拠が証拠能力を有するものであるかどうかを判断し、それが認められるものについて証明力の有無・程度を判断することになります。
証拠能力が認められない証拠の具体例
法は、証拠能力の有無については、証拠能力を制限する面からこれを法で規定しています(例えば、刑訴法319条1項、刑訴法320条)。
また、法に明文はないが、その性質上、証拠能力が認められないものがあります。
これを前提とすると、ある証拠について証拠能力があるかどうかを判断するには、逆に、証拠能力のない証拠はどのようなものであるかを知り、それによって証拠の証拠能力の有無を考える方法を採ることになります。
証拠能力が認められない証拠は、
- 当該事件の意思表示的文書
- 意見、憶測、風評(うわさ)
- 関連性のない証拠
- 前科、余罪、悪性格による犯罪事実の立証
- 無効な証拠調べで得られた証拠
- 任意性のない自白
- 伝聞証拠
- 違法収集証拠
が該当します。
以下で詳しく説明します。
① 当該事件の意思表示的文書
当該事件に関する意思表示的文書は、その事件の関係では証拠能力がありません。
事件に関する意思表示的文書とは、
などが該当します。
これら意思表示的文書に記載されているのは、当該事件に関する意思表示(主張)であって、事実を証明する証明力がないため、証拠能力がありません。
② 意見、憶測、風評
意見、憶測、風評(うわさ)は、何ら事実に基づかない根拠のないものなので、証拠能力がありません。
なので、供述調書や、証人尋問の際の証人の証言であっても、その内容が単なる意見、憶測、風評である場合は、その部分につき証拠能力がありません。
証人尋問の際に証人に意見を求めることが正当な理由がない限り許されないのはこのためです(刑訴規則199条の13第2項3号)。
なお、「自己が経験した事実から推測した事項」は、単なる意見・憶測ではなく、経験事実に基づく供述であるため、証拠能力が認められます。
例えば、
- 自己が経験した盗品の売買状況から推測して、買受人に盗品であることの知情があったと思う旨の供述(最高裁判決 昭和25年9月5日)
- 公然わいせつの演技を観覧した者が、観覧によって生じた感想を述べること(最高裁判決 昭和29年3月2日)
- 相手の言語、動作、顔色、酒臭など自己が体験した事実から推測して、当時相手は酔っていたと思う旨の供述
は、自己が経験した事実から推測した事項に基づく供述であり、単なる意見・憶測ではなく、経験事実に基づく供述であるため、証拠能力が認められます。
また、このようなことから、証人尋問の際に、証人に自己が経験した事実から推測した事項を証言させることが認められています(刑訴法156条)。
③ 関連性のない証拠
要証事実(証明しようとする事実)と関連性がない証拠は証拠能力がありません。
例えば、裁判になっている傷害事件と関係のない別の事件で使用された凶器は、その傷害事件とは関連性を持たず、要証事実に対する証明力はないので、その凶器の証拠能力は否定されます。
このため、検察官、被告人・弁護人が裁判官に対し、証拠の証拠調べ請求をする場合には、その証拠と要証事実との関連性を明らかにしなければなりません(刑訴規則189条1項)。
なお、関連性の証明は、証拠能力の要件となる訴訟法的事実の証明なので、厳格な証明ではなく、自由な証明で足ります。
④ 前科、余罪、悪性格による犯罪事実の立証
検察官が犯罪事実を立証するために、被告人の前科、余罪、悪性格を間接事実として、これらを証明するための証拠を提出することは、原則として許容されません。
これは、これらの証拠が裁判所に不当な偏見を与え、事実認定を誤らせるおそれがあるためです。
最高裁判決(平成25年2月20日)は「前科に係る犯罪事実及び前科以外の被告人の他の犯罪事実の証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いることは、これらの犯罪事実が顕著な特徴を有し、かつ、その特徴が証明対象の犯罪事実と相当程度類似していない限りは許されない」としています。
ただし、前科に関する証拠が、例外的に犯罪事実の立証の関係でも許容される場合があります。
具体的には、
- 前科が構成要件の一部を構成している場合(常習累犯窃盗罪など)や構成要件としての常習性を認定する場合(常習賭博罪など)
- 犯罪行為についての故意、目的、動機、知情、認識、計画、企図などの犯罪の主観的要素を証明する場合
- 前科の存在や内容が、公訴事実と密接不可分に関連している場合
- 特殊な手口による同種前科の存在により、公訴犯罪事実の犯人と被告人との同一性を証明する場合
などの場合に前科に関する証拠が、例外的に犯罪事実の立証の関係でも許容されます。
⑤ 無効な証拠調べで得られた証拠
証拠調べ手続が無効である場合は、それによって得られた証物の証拠能力は否定されます。
例えば、
- 宣誓能力があるのに宣誓をさせないで尋問した場合の証人の証言(大審院判決 大正13年7月12日)
- 除斥原因のある裁判官が関与して尋問がなされた場合の証人の証言(最高裁判決 昭和26年5月25日)
が該当します。
⑥ 任意性のない自白
強制・拷問・脅迫等によって得られた任意性のない自白は、証拠能力が否定されます(憲法38条2項、刑訴法319条1項)。
⑦ 伝聞証拠
伝聞証拠(又聞き証拠)は、原則、証拠能力が否定されます(憲法37条2項、刑訴法320条1項)。
伝聞証拠とは、例えば、
- 検察官が作成した被害者の供述調書
- 警察官が作成した捜査報告書
が該当します。
伝聞証拠の証拠能力が否定されるのは、伝聞証拠は、被告人の反対尋問を経ておらず、被告人に反論する機会が与えられていないためです。
ただし、伝聞証拠であっても、被告人が証拠として採用されることに同意をすれば、証拠能力が付与され、証拠能力が認められるよになります(刑訴法326条)。
⑧ 違法収集証拠
違法収集証拠は証拠能力が否定されます。
詳しくは前の記事参照。
証明力が認められない証拠の具体例
証拠の証明力は証拠の実質的な価値であり、その有無・程度の判断は裁判官の自由な心証に委ねられています。
証拠の証明力が法律によって制限されることは、原則ありません。
例外的に、証拠の証明力が法律に制限されている場合が一つあり、それは、
自白には補強証拠を要するとされていること(憲法38条3項、刑訴法319条2項)
です。
これは、自白だけでは有罪認定することができず、有罪認定するには、自白とその自白を裏付ける証拠が必要とする規定です。
憲法38条3項、刑訴法319条2項は、自白が証明力の高いものであり、裁判官がその自白によって有罪の確信を抱いたとしても、その自白だけでは有罪とすることはできないとするものなので、自白の証明力を制限した法となります。
次回の記事に続く
次回の記事では、「証明力」について、自由心証主義の観点からより詳しく説明します。