前回の記事の続きです。
業務妨害罪で保護される「業務」は、正当な業務に限られない
業務妨害罪(刑法233条後段、刑法234条)は、事実上平穏に行われている人の社会的活動の自由を保護しようとするものです。
なので、その業務の適法性については、公務執行妨害罪(刑法95条1項)における公務の適法性ほどの厳格さは要求されないと解するべきとされます。
例えば、地下室における麻薬製造業務といったその活動自体が犯罪に当たり、社会生活上とうてい是認し得ないものは、業務妨害罪(刑法233条後段、刑法234条)の保護の対象となりません。
しかし、
- 業務開始の原因となった契約の民法上の有効無効
- 業務について必要とされる行政上の許可の有無
などは、必ずしも業務の要保護性を左右するものではありません。
この点は、裁判例は、
「業務妨害罪により保護せられる法益は、事実上平穏に行われている一定の業務である」(東京高裁判決 昭和27年7月3日)
「業務妨害罪にいう『業務』は、正当な業務に限られるのではなく、明らかに不適法または違法なものでない限り、仮に、究極的には法的に許されないとされる余地のある業務であっても、いやしくも『偽計』などといった卑劣な手段からは刑法上保護されるのが相当だと認められるものは、これに含まれると解すべきである」(東京地裁判決 昭和49年4月25日)」
と一般論を判示しています。
正当な業務と言い切れないが、保護の対象となった業務の具体的として、以下のものがあります。
- 所有者の承諾なしに転借し知事の許可のない湯屋営業(東京高裁判決 昭和27年7月3日)
- 耕作権のない者の行う農業(東京高裁判決 昭和24年10月15日)
- 臨時便を取り扱う義務のない組合員に対し、管理者側が押しつけた臨時小包便の搬出行為(最高裁判決 昭和53年3月3日)
- 形式的資格について行政上の規定に反する車掌を乗務させた電車運行業務(名古屋高裁金沢支部 昭和39年2月11日)
- 道交法上の道路使用許可条件に違反した駐車車両上でされた政党の政策演説(東京地裁判決 昭和57年9月27日)
- 風俗法等の取締法規に違反するパチンコ景品買入の営業(横浜地裁判決 昭和61年2月18日)
- 競馬法施行令に違反する日本競馬会の競馬レース(大阪高裁判決 昭和49年11月20日)
- 行政上の認可を受ける前の空港建設行為(千葉地裁判決 昭和52年7月29日)
につき、いずれもその違法は当該業務の要保護性を否定するものではないとしています。
このほか、業務妨害罪によつて保護されるべき業務にあたるとされた判例・裁判例として、以下のものがあります。
労働争議行為において、組合側の車両確保戦術を予想し、会社側が対抗措置としてあらかじめ行った車両の分散及び保全看守行為に対する妨害事件につき、裁判所は、
- 使用者は、労働者側がストライキを行っている期間中であっても、操業を継続することができることは、当裁判所の判例の趣旨とするところである
- 従って、使用者が操業を継続するために必要とする業務は、それが労働者側の争議手段に対する対抗措置として行われたものであるからといって、威力業務妨害罪によって保護されるべき業務としての性格を失うものではない
と判示しました。
福岡地裁小倉支部判決(昭和45年10月19日)
運送会社の米軍用弾薬輸送業務につき、裁判所は、
- 右輸送業務は、外見上明白に違憲、違法のものとは做しがたく、当然、現行社会法秩序上是認できる業務として刑法上の保護を受け得るものというに十分である
と判示しました。