刑法(遺棄致死傷罪、保護責任者遺棄致死傷罪)

遺棄致死傷罪・保護責任者遺棄致死傷罪(3) ~「本罪の故意」「本罪と殺人罪・傷害罪・傷害致死罪との関係」を説明~

 前回の記事の続きです。

遺棄致死傷罪・保護責任者遺棄致死傷罪の故意

 遺棄致死傷罪・保護責任者遺棄致死傷罪(刑法219条)は故意犯です(故意についての詳しい説明は前の記事参照)。

 遺棄致死傷罪・保護責任者遺棄致死傷罪の故意が認められるためには、

  • 基本犯である遺棄罪(刑法217条)又は保護責任者遺棄罪(刑法218条)についての故意があれば足る
  • それ以上に、被遺棄者・要扶助者の生命・身体に危害を加えることの認識は必要ではない

という考え方になります。

「遺棄致死傷罪・保護責任者遺棄致死傷罪」と「殺人罪・傷害罪・傷害致死罪」との関係

 一般には、遺棄・不保護の作為者・不作為者が、被遺棄者・要扶助者の生命・身体に危害を加えることを認識(認容)していた場合には、

    そして

  • 吸収関係により遺棄致死傷罪・保護責任者遺棄致死傷罪は成立しない

と解されています。

 ただし、これは殺意又は傷害の故意があれば、殺人罪・傷害罪・傷害致死罪のみを認めれば足りるので、別途、遺棄致死傷罪・保護責任者遺棄致死傷罪を認める必要がない(殺人罪、傷害罪・傷害致死罪に吸収される)という意味です。

 遺棄致死傷罪・保護責任者遺棄致死傷罪の訴因に対し、殺意又は傷害の故意がある(疑いがある)から遺棄致死傷罪・保護責任者遺棄致死傷罪の成立が認められないということではありません。

 遺棄・不保護の故意が認められる以上、遺棄致死傷罪・保護責任者遺棄致死傷罪の成立が認められます。

「遺棄致死傷罪・保護責任者遺棄致死傷罪」と「殺人罪・傷害罪・傷害致死罪」の成否は故意により区別される

 判例は、「遺棄致死傷罪・保護責任者遺棄致死傷罪」と「殺人罪・傷害罪・傷害致死罪」とを故意によって区別しています。

 遺棄致死傷罪・保護責任者遺棄致死傷罪の作為犯の事案で、大審院判決(昭和3年4月6日)は

「生命身体に対する危害までの認識を伴うにおいては、殺人罪又は傷害罪の故意の成立を来し、遺棄罪成立の余地なきに至るべし」

と述べています。

 遺棄致死傷罪・保護責任者遺棄致死傷罪の不作為犯にき、大審院判決(大正4年2月10日)は

「要は殺意の有無によりこれを区別すべきものとす」

と述べています。

傷害罪と保護責任者遺棄罪が併合罪とされた事例

 遺棄致傷罪・保護責任者遺棄致傷罪に当たる行為をした場合に、傷害の故意がある場合は、上記説明のとおり、傷害罪のみが成立し、遺棄致傷罪・保護責任者遺棄致傷罪は傷害罪に吸収されるというのが一般的な考え方です。

 これに対し、傷害罪と保護責任者遺棄罪の両罪が成立し(保護責任者遺棄罪が傷害罪に吸収されない)、両罪は併合罪の関係になるとした裁判例があります。

神戸地裁判決(平成20年12月24日)

 保護責任の根拠とされた傷害行為(傷害罪)が保護責任者遺棄罪との併合罪とされた事例です。

 被告人は、2歳の幼児を公園から誘拐した上、自宅で同児に暴行を加えて急性硬膜下血腫・後頭頭頂骨骨折等の傷害を負わせ、その結果、意識が混濁し歩行困難な状態に陥った同児を公園のベンチに置き去りにした事案で、順次、未成年者誘拐罪(刑法224条)、傷害罪、保護責任者遺棄罪の成立が認められ、各罪は併合罪になるとされました。

 被告人が被害児を連れ出して自己の独占的支配下に置き保護を引き受けていたこと、先行行為として傷害行為によりその生命、身体等に重大な危険を与えたことが保護責任の根拠にされています。

 そうした状況下での置き去りが、傷害によって要扶助状態になった被害者の危険性を更に増加させる性質のものであれば、傷害罪のほかに保護責任者遺棄罪が成立し得ます。

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