前回の記事の続きです。
刑法115条の「差押え等に係る自己の物に関する特例」の説明
刑法115条は、
刑法109条2項(非現住建造物等放火罪)と刑法110条2項(建造物等以外放火罪)において、放火犯人の自己所有物の焼損が他人所有物の焼損よりも軽く処罰される場合であっても、一定の場合に刑法109条1項と刑法110条1項の他人所有の物件の焼損と同様に重く処断される旨を定めたもの
です。
人の生命・身体に危険を及ぼす現住建造物の場合は別にして、非現住建造物や建造物以外の物の焼損は、放火した建造物が放火犯人の自己所有するものであるときは、他人の財産権侵害の要素を欠くため、他人の所有物の焼損に比べ軽く処罰されます。
しかし、放火した建造物が放火犯人の自己所有物であっても、
には、損害を他人に及ぼし、また及ぼすおそれがあるので、刑法115条は、そのような他人の利益の侵害となる行為を、他人の所有物の焼損と同じく処罰することとしたものです。
なお、刑法115条は犯人の財産権の行使を制限することを内容とした規定ではなく、憲法29条に反しないことが判例で示されています(最高裁判決 昭和33年3月27日)。
刑法115条の適用範囲
刑法115条は、
の行為についても適用があります。
この点を判示した以下の判例があります。
大審院判決(昭和7年6月15日)
火災保険に付した犯人が自己所有する建造物に放火した場合、刑法109条1項の非現住建造物等放火罪が成立し、さらに、火災保険に付した犯人が自己所有する建造物の放火する予備行為を行った場合、刑法109条1項の非現住建造物等放火予備罪(刑法113条)が成立するとした事案です。
裁判官は、
- 自己の所有に係り、現に人の住居に使用せず、又は人の現在せざる建造物にして火災保険に付しあるものに放火したるときは、刑法第115条、第109条1項の罪を構成すべく、従ってその予備行為は同法第113条の罪を構成す
と判示しました。
裁判官は、
- 刑法115条の規定する現に人の住居に使用せず又は人の現存しない建造物に対する放火罪が、その未遂をも罰する法意であることは、放火の目的物に、同条所定の事実が存するときは、たとえそれが自己の所有に係る場合といえども他人の物を焼燬(焼損)した場合と同様に取扱われ刑法109条1項の犯罪を構成する旨を定めていること、そしてこの場合は同法112条によりその未遂罪をも罰していることに照して明らかである
と判示しました。
刑法115条の「自己の所有に係る」とは?
刑法115条の条文中にある「自己の所有に係る」とは、犯人が放火した建造物が
犯人の所有に属すること(犯人自身がその所有権を有すること)
をいいます。
また、「自己の所有に係る」とは、犯人のほか、共犯者の所有に属する場合も含まれるとするのが通説です。
刑法115条の「差押え」とは?
刑法115条の条文中にある「差押え」とは、
公務員がその職務上保管すべき物を自己の占有に移す強制処分
をいいます。
例えば、
などが該当します。
なお、公務員が物を占有せずに単に他人に対して一定の作為、不作為を命ずる処分は差押えではありません。
民事執行法の規定による不動産の差押えは、その占有を移すことなく単に一定の作為、不作為を命ずるにすぎないので、刑法96条の差押えには当たらないと解されていますが、刑法115条の罪の要件としては、公権力により処分を禁止する表示がなされた以上、その利益を保護する観点から、差押えに含まれると解されています(学説)。
国税徴収法に基づく滞納処分としての差押えも、刑法115条の差押えに含まれると解されています(学説)。
刑法115条の「物権」とは?
刑法115条の条文中にある「物権」とは、
をいい、対抗要件を備えていることは不要です。
刑法115条の「賃貸」とは?
刑法115条の条文中にある「賃貸」とは、
賃貸借契約に基づき有償で貸与すること
をいいます。
賃貸借契約が成立すればその効力が生じるので、目的物を現実に交付しなくても、また、賃料を受領していなくても、刑法115条の適用があります。
刑法115条の「保険」とは?
刑法115条の条文中にある「保険」とは、
物の滅失、損傷に対する保険
をいいます。
刑法115条の「他人の物を焼損した者の例による」とは?
刑法115条の条文中にある「他人の物を焼損した者の例による」とは、
他人の所有物を焼損した場合である刑法109条1項(非現住建造物等放火罪)又は刑法110条1項(建造物等以外放火罪)の適用を受ける
という意味です。
単に法定刑が高められるだけでなく、構成要件自体が刑法109条1項(非現住建造物等放火罪)又は刑法110条1項(建造物等以外放火罪)によることになります。
具体的には、
- 刑法109条1項の非現住建造物等放火罪
又は
- 刑法110条1項の建造物等以外放火罪
が成立し、かつ各罪に刑法115条が適用されることになります。
刑法115条が適用された「刑法109条1項の非現住建造物等放火罪」又は「刑法110条1項の建造物等以外放火罪」が成立するに当たり、公共の危険の発生は不要である
刑法109条1項の非現住建造物等放火罪は抽象的公共危険罪であり、犯罪の成立を認めるに当たり、公共の危険の発生は必要ないため、刑法115条により刑法109条1項の非現住建造物等放火罪が成立するためには、公共の危険の発生を要件としません。
この点を判示した以下の判例があります。
大審院判決(昭和11年2月18日)
裁判官は、
- 火を放ちて火災保険に付したる自己所有の刑法第109条第1項記載物件を焼燬(焼損)したる罪は、公共危険の発生を要件とせず
と判示しました。
なお、自己所有の保険に付された納屋と他人所有の納屋とを焼損した場合には、包括的に観察し、刑法109条1項のみを適用し、刑法115条を適用する必要はありません。
この点を判示した以下の判例があります。
大審院判決(昭和7年12月14日)
裁判官は、
- 刑法第109条第1項における他人の所有物と自己の所有物とを併せ、焼燬(焼損)したる場合においては、自己の所有物が保険に付しあるときといえども、同法115条を適用するの要なきものとす
と判示しました。
故意
犯人が、家屋に保険が付してあることなどの刑法115条所定の要件に該当している事実の認識を欠いたときは、刑法115条を適用して重く処罰することはできません。
※ 故意の有無と犯罪の成否についての説明は前の記事参照
ただ、差押え、物権設定賃貸借契約、保険契約が無効であり、又は失効したものと信じたときには法律の錯誤として目的物の性質についての認識を阻却しない場合があるとする学説があります。