刑法(業務上過失致死傷罪)

業務上過失致死傷罪(27) ~「教育、指導現場における注意義務」を判例で解説~

教育、指導現場における注意義務

 児童を預かる施設などでは、児童の安全に配慮すべき注意義務があり、これを怠ったため児童が死傷する事故が発生すると、業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)に問われる場合があります。

 特に、学齢期に満たない幼児の場合には、特に安全配慮に尽くす必要があります。

幼児を預かる施設における事故事例

 幼児を預かる施設に関する業務上過失致死傷罪の事例として、以下のものがあります。

東京高裁判決(平成7年6月28日)

 保育園における園外(神社参拝)保育の際、園児1名(当時3歳)が保母の気付かないうちに池に落ちて傷害を負った業務上過失致傷罪の事案です。

 当時、神社参拝途上の通路から数メートル奥には防護柵等のない池があったが、新入園児を含む3歳児から5歳児までの約70名の園児を5名の担当保母が引率監視しており、園児の間にかなりの混乱が予想され、その中から園児が池に近寄り転落する危険が多分にあったことを認定した上で、園長、主任保母について、自ら直接園児の引率に当たっていなくても引率保母に上記危険性を十分認識させ緊密な連絡の下に園児の監督を徹底させ転落事故が発生しないように、また、たとえ発生しても速やかに発見救出することができるようにすべき注意義務を認め、業務上過失致傷罪が成立するとしました。

浦和地裁判決(平成8年7月30日)

 私立幼稚園に設置されていた井戸の水が大腸菌O-157に汚染されていたため、これを飲んだ園児2名が同菌に感染し急性脳症により死亡した業務上過失致死罪の事案です。

 裁判官は、

  • 園開設に先立ち、園長が井戸を掘削して園児らの日常飲料水として供給することにしたが、保健所から要殺菌との判定を受け、滅菌器を設置したが故障したので取り外し、井戸水を汲み上げたままの状態で飲料水として提供していた
  • その後、保護者役員会で井戸水が問題とされたが、園長は、定期的に水質検査を行い大丈夫であると虚偽の回答をしたものの、不安になり水質検査をしたところ、井戸水から一般細菌、大腸菌群が検出され、水道法の水質基準に適合しないので煮沸するようにとの通知書を保健所から受け取ったが、これまで異常がなかったので、従前どおり飲料水として使用させていたところ、下痢症状を発症する者が発生し2名の死亡事故となった

と認定した上で、

  • このような状況下で井戸水を園児が摂取すれば、場合により死亡するおそれがあることについて十分予見可能であり、施設管理者である園長としては、井戸水を煮沸するなどして滅菌し、かつ随時水質検査を行い、病原生物等に汚染されていないことを確認した上で供給すべきであったのにこれを怠った

とし、業務上過失致死罪が成立するとしました。

福岡高裁那覇支部判決(平成12年10月31日)

 保育所の園外保育の最中に、園児1名が炎天下の自動車内に放置されて死亡した業務上過失致死罪の事案です。

 引率の保母A、Bが同乗したバスと園長Cの運転する自動車に合計29名の園児が分乗して公園に移動し、Aがバスから園児を引率し、Bがバス内を確認して、昼食を持って昼食場所に行き、Cは駐車場に車を駐車して、園児をバスに向かわせたが、車内を十分に確認せず、被害者を残したままドアを閉め、昼食場所でA、Bと合流したという事実関係の下で、A、B両名が本件園外保育の具体的な行程などを企画立案するとともに、引率者として実施し、参加した園児全員について互いに協力し補い合って、臨機応変に随時役割分担を定めながら監護していたところ、園児は、就学以前の幼児であり、その行動能力に限界がある反面、常に保母の指示に従って集団行動に従うとも限らないのであるが、園内保育と対比すると、園外保育においては、屋外での場所的な移動を伴うため、一部の園児が他の園児から離れるなどして保母の目の届かない場所に至り、生命・身体の危険に遭遇する可能性が増すということができるから、これを引率する保母としては、園児全体の動静を常に注意し、点呼や人数の確認等を随時行うことによって、園児全員が保母の目の届く範囲内にいることを確認し、その安全を確保することが基本的な責務であるとし、Cは日常保母としての業務に携わっておらず、分乗させる人数についても把握しておらず、園児全員の降車やバスの駐車場所付近ないし昼食場所への到着の有無についてA、B、Cの間で確認もしていないことから、園児全員の所在を確認するためには、バスを降車してから昼食を開始するころまでの間に、園児全体の人数を確認する必要があり、本件の園外保育において園児を引率していたA、B両名は、その責務の主体であって、Cの自動車に乗車した園児らに限ってCがA、B両名から監護に関する責務の一部を引き受けたということはできず、A、B両名がCの右園児らに対する監護を信頼するのは相当であったということもできないとして、A、Bの過失を認め、業務上過失致死罪が成立するとしました。

学校における事故事例

 学校における事故事例として、以下のものがあります。

神戸地裁判決(平成5年2月10日)

 高校の生活指導部員である教諭が、高校通用門において、2人の教諭とともに校門指導を行っていたが、始業時刻となったためレール式の鉄製門扉を閉めたため、登校して来た女子高生が、門扉とコンクリート製の門柱に挟まれて死亡した業務上過失致死罪の事案です。

 門扉の大きさ、構造、教諭が過去20数回閉鎖行為を経験して、門扉の重量、構造を十分知っていたこと、実際に生徒から門扉を押し戻されるなどの経験もあり、また生徒が閉まりかける門に向かって走り込むような危険を冒してでも通用門を通過しようとすることを予見し得たことなどにより、事故の予見可能性を肯定し、さらに、従来から、門扉閉鎖作業について危険防止のため分担すべき役割について共通の行為基準があったとはいえず、当日についても、危険防止のための作業分担の打合わせ等も全くなかったから、他の教師に門扉の閉鎖による危険を防止する目的で門の前に待機することを期待できる状況になかったことなどから、信頼の原則を適用する前提を欠いているとして過失を認定し、業務上過失致死罪が成立するとしました。

指導現場における事故事例

 潜水などの危険を伴う行為を指導する際にも、指導者に安全を確保すべき注意義務が課せられます。

 参考となる事例として、以下のものがあります。

最高裁決定(平成4年12月17日)

 海中における夜間の潜水講習指導中に、指導者が不用意に受講生のそばから離れて受講生らを見失い、受講生が圧縮空気タンク内の空気を使い果たして溺死した業務上過失致死罪の事案です。

 潜水指導者としては、各受講生の圧縮タンク内の空気残圧量を把握すべく絶えず受講生のそばにいてその動静を注視しなければならない注意義務があるのに、不用意に一人その場から移動を開始して、受講生のそばを離れ、間もなく同人らを見失っており、注意義務違反が成立するとし、業務上過失致死罪が成立するとしました。

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