刑法(業務上過失致死傷罪)

業務上過失致死傷罪(28) ~「危険な設置物や動物、建物の設備、製造物の瑕疵、荒天や混雑による危険となった場所の管理者の注意義務」を判例で解説~

危険な設置物や動物、建物の設備、製造物の瑕疵、荒天や混雑による危険となった場所の管理者の注意義務

 業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)は、様々な態様の過失事犯が存在します。

 以下で参考となる事例を紹介します。

危険な設置物や動物の管理者の過失責任が問われた事例

 危険な設置物や動物の管理者については、その安全を確保すべき注意義務があります。

 そのような例としては以下のものがあります。

大阪高裁判決(昭和43年12月4日)

 外部からの立入りが可能な空地内に放置した業務用大型冷蔵庫に幼児が入り込んで窒息死した業務上過失致死罪の事案です。

 冷蔵庫の保管者には、結果発生が予見可能であるから、冷蔵庫等を空地に置くのを、やめ、あるいは置くにしても、扉が開かないようにロープ等で縛るなどの方法を講ずべき注意義務があったとし、業務上過失致死罪が成立するとしました。

広島高裁松江支部判決(昭和51年3月8日)

 市が管理する公園の熊を入れた檻に手を差し出した4歳の幼児が熊に上腕部をかみ切られた業務上過失致傷罪の事案です。

 危険な動物の飼育、管理等を含む公園の管理を担当する公園看守人は、施設の状況、変化に注意し、危険、異常を発見したときは、直ちに上司に報告して指示を求め、指示、改修がされるまでの間は、 自らの判断によって容易になし得る範囲内の応急の措置をとるべきであったとして過失を認め、業務上過失致傷罪が成立するとしました。

建物の設備に関する事故

 建物の設備に関する事故として次のような事例があります。

東京地裁判決(平成4年2月26日)

 ディスコの照明装置の落下事故について、照明装置の電動昇降装置の設計・制作・備付けを担当した業者の過失責任を認め、業務上過失致死傷罪が成立するとした事案です。

 事故は、照明装置の電動昇降装置に使用されていたローラーチェーンが疲労破断したことによるもので、その原因は、ローラーチェーンに作用する荷重が加えられたことであると認定した上で、照明装置の電動昇降装置の設計・製作・備付けを担当した業者には、本件昇降装置を設計するに当たり、

(ア)製作を請け負った照明装置の枠部分の重量を把握することはもちろん、枠に取り付けられる照明器具等の電気装飾品の重量などについても調査するなどして照明装置の総重量を正確に把握し

(イ)これに径比(ローラーチェーンを巻き取るドラムの直径とその軸に取り付けられた部品のピッチ径の比)を乗じてローラーチェーンに作用する荷重を正確に算出し

(ウ)起動及び停止の衝撃をも見込んで、その繰り返し作用する荷重に対して、疲労破断を招かない十分な強度を有するローラーチェーンを選定し、昇降装置を設計設置すべき注意義務があり

(ア)及び(イ)の注意義務を果たしておれば、安全率(ローラーチェーンの選定基準として作用荷重の破断荷重に対する安全率)を10程度とるべきことは認識していたのであるから、結果発生の回避に十分な程度の口ーラーチューンの選定が可能であったのに、(ア)及び(イ)の注意義務を怠ったため、本件結果を発生させたものと認められ、過失責任は明らかであるとしました。

東京地裁判決(平成17年9月30日)

 高層ビルの出入口に設置した大型自動回転ドアに児童が挟まれて死亡した業務上過失致死罪の事案です。

 裁判官は、

  • 本件回転ドアを製造販売した会社で、同社が開発、販売、設置する大型自動回転ドアに関して、安全対策を含む業務全般を統括していたAにおいては、過去に同じ回転ドアによる挟まれ事故が発生していたことを認識していたととなどから予見可能性を肯定した上で、本件回転ドアを設置し運転させるに当たり、挟まれ事故を未然に防止するために、戸先が固定方立に接近した状況で人がドア内に進入するのを防止する、あるいは、人が戸先と固定方立との間に挟まれても死傷の結果を生じさせない装置を備え付けるなどの注意義務がある
  • 本件高層ビルを管理する会社において、本件回転ドア等の設備に関して、安全性確保を含む改修工事の計画、実施、品質管理などの業務を実質的に統括していたBにおいても、上記同様の安全対策を講ずべき注意義務があり、同ビル管理会社において、本件高層ビルの共用部分の設備を管理、運営して来訪者の安全を確保し、死傷事故の発生を防止する業務に従事していたCにおいては、本件ビルの別の同機種大型自動回転ドアで約3か月前に発生した挟まれ事故以隆本件回転ドアに適切な安全対策が講じられるまでの間に挟まれ事故が発生しないように、本件回転ドアの固定方立付近に、戸先が固定方立に接近した状況で人がドア内に進入するのを防止するための人員を配置したり、あるいは、適宜、本件自動回転ドアの回転ドアとしての運転を止め、スライドドアとして運転するなどの安全方策を講ずべき注意義務があったが、いずれも義務を怠った

とし、業務上過失致死罪の成立を認めました。

最高裁決定(平成21年12月7日)

 人工の砂浜の東側突堤中央付近において、防砂板が破損して砂が海中に吸い出されることにより、砂層内に発生した空洞の上を小走りで移動中の被害者が、その重みによって空洞が崩壊したため生じた陥没孔に転落して生き埋めとなり、約5か月後に死亡した事案で、砂浜の管理等の業務に従事していたAの過失が認められ、業務上過失致死罪が成立するとした事例です。

 本件事故以前から、南側突堤沿いの砂浜及び東側突堤沿いの南端付近の砂浜において繰り返し発生していた陥没については、Aもこれを認識し、その原因が防砂板の破損による砂の吸い出しであると考えて、陥没を埋め戻したり、陥没が発生している区域への立入りを禁止するなどの対策を講じていたが、本件現場を含む東側突堤沿いの北方の砂浜では、砂浜の表面に異常が生じたとの報告がなされておらず、対策を講じていなかったところ、実際には、本件現場付近では、砂層中に、砂の吸い出しによる空洞が生じており、本件事故が発生したため、予見可能性が問題となりました。

 この点で、一審判決は、本件事故以前に本件現場付近に陥没がなく、砂浜表面に異常が生じないまま、砂層内に大きな空洞が発生し、それが崩壊して陥没が発生するという現象が、土木工学上一般的に知られたものではなかったことから、因果関係の基本的な部分についての予見が不可能であったとして無罪としました。

 これに対して、控訴審は、実際には東側突堤沿いの北方の砂浜でも陥没様の砂浜表面の異常が発生していたことは否定できないとした上で、南側突堤と東側突堤の構造が同じであり、東側突堤においても防砂板が破損して陥没孔が発生する可能性があることは予見可能であったとしました。

 このように一審、控訴審の判断が分かれていたところ、最高裁は

  • 被告人らは、本件事故以前から、南側突堤沿いの砂浜及び凍側突堤沿い南端付近の砂浜において繰り返し発生していた陥没についてはこれを認識し、その原因が防砂板の破損による砂の吸い出しであると考えて、対策を講じていたところ、南側突堤と東側突堤とは基本的な構造は同一であり、本来耐用年数が約30年とされていた防砂板がわずか数年で破損しているととが判明していたばかりでなく、実際には、本件事故以前から、東側突堤沿いの砂浜の南端付近だけでなく、これより北寄りの場所でも、複数の陥没様の異常な状態が生じていた
  • 以上の事実関係の下では、被告人らは、本件事故現場を含む東側突堤沿いの砂浜において、防砂板の破損による砂の吸い出しにより陥没が発生する可能性があることを予見することはできたものというべきである

として控訴審判決を支持しました。

製造物の瑕疵に関わる事故の事例

 製造物の瑕疵に関わる事故において、同種の事故が発生した時点でリコールなどの措置を講じることによって後発事故を防ぐべきであったとし、過失責任を認めた事例として以下のものがあります。

最高裁決定(平成24年2月8日)

 トラックのタイヤホイールと車軸を結合する機能を有するハブという部品が輪切り破損したため、走行中のトラックのタイヤが突然脱落し、歩道上にいた3人に衝突して死傷の結果を生じた業務上過失致死傷罪の事案です。

 トラックの製造会社で品質保証業務を担当していた者に対し、もともとハブは道路運送車両法上の走行装置に当たり、堅牢であることが要求される一方、車検の検査項目にはなく、廃車になるまで交換せずに使用されることが想定されている部品であるところ、同社のトラック、バスでは本件事故の約10年前から、走行中に突然ハブが輪切り破損する事故が続発しており、本件事故の3年前にも同型のハブを使用した車両でハブの輪切り破損による大きな事故が発生しており、本件事故についても予見可能性があったとした上で、3年間に生じた事故の処理に当たり、本件ハブを装備したトラック、バスについてリコール等の改善措置を行うための措置を講じて、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があったとし、業務上過失致死傷罪の成立を認めました。

東京地裁判決(平成22年5月11日)

 マンションの一室に設置されていたガス湯沸器が不正改造のために不完全燃焼を起こし、居住者ほか1名が一酸化炭素中毒により死傷した業務上過失致死傷罪の事案です。

 湯沸器を製造販売した会社の社長Aと製造会社の品質管理部長Bに対して、本件の改造が特別な技術を要しない簡単な作業であるところ、本件湯沸器と同機種において本件と同様の改造が多数発見され、その改造を原因とする事故も相当数発生していたことから、同機種の湯沸器の使用に伴って死傷事故が発生する危険性が客観的に存在していたことを認定した上、事故を防止するために、本件と同機種の湯沸器を対象として、使用者等に注意喚起を徹底し、物理的に把握可能なすべての同機種を点検し、本件同様の改造がされている機種を回収すべき注意義務があるとし、業務上過失致死傷罪の成立を認めました。

本来は危険でない場所が、荒天や混雑のため危険となった場合について、その危険を回避すべき注意義務が認められた事例

 本来は危険でない場所が、荒天や混雑のため危険となった場合について、その危険を回避すべき注意義務が認められた事例として以下のものがあります。

長崎地裁厳原支部判決(昭和63年6月8日)

 海中に孤立した岩礁で夜釣りをしていた磯釣り客2名が、海が荒れて高波にさらわれ海中に転落するなどして死傷した場合について、瀬渡し業者としては、瀬渡しした釣客を、海が荒れる前に収容して安全な場所に避難させるなどすべき注意義務があったとし、業務上過失致死傷罪が成立するとしました。

最高裁決定(平成22年5月31日)

 花火大会が実施された公園と最寄り駅を結ぶ歩道橋で多数の参集者が折り重なって転倒して11人が死亡、183人が負傷した業務上過失致死傷罪の事案です。

(ア)歩道橋の構造やその南端部や南側階段は花火の絶好の観覧場所となるため、その付近に参集者が滞留して、大混雑を生じることが容易に予想された

(イ)歩道橋南側階段下の路上に夜店が出ていた上、南側階段南西側の広場が花火の観覧に絶好の場所であったため、そこに参集者が集まり場所取りなどをすることにより、階段南側からの参集者の流出が妨げられ、このことによっても歩道橋南端部や南側階段は参集者が滞留することが予想された

(ウ)花火大会は午後7時45分に開始し、午後8時30分に終了する予定であったところ、開始時刻にあわせて多数の参集者が公園に集まるとともに、終了前後からはいち早く帰路につこうとする参集者が歩道橋に殺到し、歩道橋内で双方向に向かう参集者の流れがぶつかり、滞留が一層激しくなることが予想された

(エ)本件花火大会の前年末に開催された花火大会で5万5000人が参集した際に、110番通報が多数されるほどの混雑密集状態となり、警備員と警察官の誘導によりかろうじて雑踏事故の発生を防止できたところ、本件ではそのときを上回る10万人を超える参集者が予想された

(オ)事前に混雑防止のための有効な方策が講じられていなかったなどの事情があったところ、当日午後7時ころには歩道橋上に参集者が滞留し始め、その後、さらに混雑が進行していく状況にあり、雑踏警備に関し現場において警察官を指揮する立場にあった警察署地域官Aにおいては、上記の各事情のうち少なくとも(エ)を除く客観的事情については認識しており、(エ)についても混雑があったことの説明を受けており、午後8時ころに、本件花火大会を実質的に主催する市との契約に基づき自主警備を行っていた警備会社の支社長で、現場で警備員を統括していたBから歩道橋内への流入規制の打診を受け、配下の警察官からも歩道橋への流入規制のための機動隊の導入の検討を求める報告を受けたのであるから、遅くともこの時点で歩道橋内が流入規制等を必要とする過密な滞留状態に達していたことを認識しており、Bについては上記の少なくとも客観的事実を認識していた上、午後8時ころまでに、配下の警備員から警察官による流入規制の依頼を要請されたことから、遅くともこの時点で歩道橋内が流入規制等を必要とする過密な滞留状態に達していたことを認識しており、遅くとも午後8時10分ころまでに機動隊に対して出動指令があれば適切な誘導等を行うことにより、本件事故を回避することができたことが認められるとした上で、遅くとも午後8時ころまでには、歩道橋上の混雑状態は、市職員及び警備員による自主警備によっては対処し得ない段階に達していたのであり、そのころまでには、上記各事情に照らしても、A、Bともに、直ちに機動隊の歩道橋への出動が要請され、これによって歩道橋内への流入規制等が実現することにならなければ、午後8時30分ころに予定されている花火大会終了の前後から、歩道橋内において双方向に向かう参集者の流れがぶつかり、雑踏事故が発生することを容易に予想できたものと認められるとし、Aに対して、午後8時ころの時点において、直ちに配下警察官を指揮するとともに、機動隊の出動を警察署長らを介し又は直接要請することにより、歩道橋内への流入規制等を実施して雑踏事故の発生を防止すべき注意義務があり、Bには、午後8 時ころの時点において、直ちに市の担当者らに警察官の出動要請を進言し、又は自ら自主警備側を代表して警察官の出動を要請することにより、歩道橋内への流入規制等を実施して雑踏事故の発生を防止すべき注意義務があったが、これを怠ったとし、業務上過失致死傷罪が成立するとしました。

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