刑事訴訟法(公判)

伝聞証拠⑰~刑訴法326条の同意証拠の証拠能力の説明

 前回の記事の続きです。

 前回の記事では、刑訴法325条の供述の任意性の調査の説明をしました。

 今回の記事では、刑訴法326条の同意証拠の証拠能力の説明をします。

刑訴法326条の同意証拠の証拠能力の説明

 伝聞証拠は、当事者の反対尋問による吟味を経ていないため、原則、証拠能力が付与されず、裁判官は証拠として採用することができません。

 しかし、伝聞証拠に証拠能力を付与するための条文が以下のとおり設けられています。

 今回は、伝聞証拠に証拠能力を付与する条文である「刑訴法326条(同意証拠)」について説明します。

 刑訴法326条は、

伝聞証拠であっても、当事者(検察官又は被告人)が証拠とすることに同意した書面・供述は、証拠とすることができる

ことを規定したものです。

 ただし、当事者の同意だけで直ちに証拠能力を与えるものではなく、相当性が要求されています。

 これは、反対当事者が同意しているとはいえ、真実性を欠き、あるいは証拠価値が希薄な証拠にまで証拠能力を認めると、裁判官が事実認定を誤るおそれがあるためです。

 刑訴法326条は、

  • 1項において同意書面・同意供述の証拠能力について
  • 2項において被告人が不出頭の場合に証拠に同意があったものとみなす擬制同意について

定めています。

 以下で1項、2項に分けて説明します。

刑訴法326条1項の同意書面・同意供述の証拠能力の説明

 刑訴法326条1項は、

検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、その書面が作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、刑訴法321条ないし刑訴法325条の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる

と規定します。

 言い換えると、検察官又は被告人・弁護人が裁判に提出する証拠について、検察官又は弁護人が「証拠にしてもよい」と同意した証拠については、伝聞証拠であっても証拠にすることができるとするものです。

 内容について詳しく説明します。

同意の主体は検察官又は被告人である

 検察官又は被告人・弁護人が裁判に提出する証拠について、「証拠にしてもよい」と同意ができる者は、

  • 検察官
  • 被告人

です。

 弁護人には同意権はありません。

 ただし、弁護人は被告人の代理人たる地位から包括的代理権をもっているため、被告人の意思に反しない限り、代理権の行使として、同意・不同意の意思表示をすることができます。

 弁護人がする同意・不同意の意思表示は、代理権の行使としてなされるものです。

 このことから、

  • 被告人が同意すれば、弁護人が不同意であっても同意の効果が生じる
  • 被告人が不同意であれば、弁護人が同意しても同意の効果は生じない

となります。

 この点、参考となる以下の裁判例・判例があります。

福岡高裁判決(昭和25年3月24日)

 裁判官は、

  • 刑事訴訟法第326条にいわゆる被告人とは被告人のほか、その包括的代理人としての弁護人をも包含するものと解するのを相当とする
  • すなわち弁護人は、被告人の意思に反しない限り包括的代理権を有するものであるから、弁護人が書面又は供述を証拠とすることに同意した場合には、被告人が即時、右同意を取り消したような場合は格別、そうでない限り、被告人が同意したのと同様の効果を生ずるものと解すべきである

と判示しました。

最高裁判決(昭和27年12月19日)

 裁判官は、

  • 被告人において全面的に公訴事実を否認し、弁護人のみがこれを認め、その主張を完全に異にしている場合においては、弁護人の答弁のみをもって、被告人が書証を証拠とすることに同意したものとはいえないのであるから、裁判所は弁護人とは別に被告人に対し、証拠調請求に対する意見及び書類を証拠とすることについての同意の有無を確めなければならないものと解しなければならない
  • 然らば第一審裁判所が以上の手続を経ず弁護人の証拠調請求に異議がない旨の答弁だけで書証を取り調べた上これを有罪認定の資料としたことは訴訟手続に違法があるものといわざるを得ない

と判示しました。

 弁護人が同意すると述べた際に、被告人が別段に意思表示をしないときは、被告人も同意したものと認められます。

 この点、参考となる以下の判例があります。

最高裁判決(昭和26年2月22日)

 裁判官は、

  • 第一審公判において弁護人が所論の書面を証拠とすることにつき同意した際、被告人は在廷しながら反対の意思を表明しなかつたことはもちろん、これに対し何ら異議をも述べずむしろこれに同意したものたることが認められるのである
  • この事は爾後該書面につき証拠調がなされた際にあっても被告人において何ら異議を述べなかったことに徴して明白なのである
  • されば、右書面を証拠とするにつき被告人の同意がなかったことに立脚する所論(※弁護人の主張)は、その前提事実を欠くものである

と判示しました。

大阪高裁判決(平成13年4月6日)

 被告人が終始黙秘しており、弁護人が被告人の同意の意思を確認することなく、全ての証拠を同意した事案について、被告人が積極的に否認しているわけではないこと、捜査段階において事実を認めていたこと、弁護人の同意の意見に対して異議を申し立てていないことを理由に、弁護人の同意の意見は被告人の意思に反したものではないとした事例です。

 裁判官は、

  • 被告人は積極的に本件犯行を否認しているのではなく、単に黙秘したにすぎず、しかも、捜査段階においては、警察官に対しては事実を認める供述をしており、検察官に対しては、黙秘はしていたものの、検察官の「さい銭箱から現金を盗もうとして家の人に発見され、盗みに失敗したことは間違いないか」との質問に、被告人は黙ってうなづき、事実を認める態度を示し、それが記載された調書に署名指印しており、原審弁護人はそのような証拠を吟味し、被告人とも接見した上で、上記のような意見を述べたものと認められ、弁護人の同意の意見に被告人が異議を述べてもいないことも併せ勘案すると、原審弁護人の上記同意の意見は、被告人の意思に反したものとはいえず、弁護人の包括代理権にもとづく同意により、被告人に直接確認することなく検察官請求証拠を採用し取り調べたことが、刑訴法326条1項に違反するものとはいえない

と判示しました。

同意の相手は裁判所である

 検察官又は被告人・弁護人が裁判に提出する証拠について、検察官又は被告人が行う「証拠にしてもよい」とする同意の意思表示は、

裁判所

に対して行います。

 同意は、裁判所に対する訴訟行為なので、その意思表示も裁判所に対してなされなければならないものです。

 裁判所に対し、検察官又は被告人が同意の意思表示をすると、伝聞証拠に証拠能力が与えられ、裁判所はその伝聞証拠を証拠として用いることができるようになります。

 なお、検察官又は被告人が行う「証拠にしてもよい」とする同意は、公判に向けての事前準備の際に、他の当事者に対して同意の見込みを通知(検察官から被告人・弁護人へ通知、又は、被告人・弁護人から検察官へ通知)する必要があります(刑訴規則178条の6)。

 この事前の同意の見込みを通知は、裁判所に対する同意の意思表示ではないため、同意の効果は生じません。

検察官又は被告人が同意した後の効果

 検察官又は被告人が伝聞証拠に同意すると、伝聞証拠の原供述(第一次供述者の供述)の任意性が推定され、裁判所の任意性調査義務刑訴法325条)がなくなります。

 また、同意の後は、検察官又は被告人・弁護人は、原則として、原供述の任意性を争うこともできなくなります。

 ただし、任意性のない自白は同意があっても証拠能力は与えらえません(刑訴法319条1項

 参考となる裁判例として以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和46年4月16日)

 裁判官は、

  • 検察官から取調請求のあった被告人の供述調書に対し弁護人が証拠とすることに同意し、被告人もとくに異議を述べなかった場合は、その供述が任意になされたものであることを是認しその証拠能力を認めた趣旨と解すべきであって、その後に至りその供述の任意性を争うことは前後矛盾した行為であり、特段の事情のないかぎり許されないというべきである

と判示しました。

東京高裁判決(昭和46年5月18日)

 一審原審)で供述の任意性に同意しているのに、控訴審になってはじめて任意性を欠く旨の主張をすることは認めれないとした事例です。

 裁判官は、

  • 原審弁護人は原審において各供述調書を証拠とすることに同意し、その任意性についても全く争わなかったことが明らかである
  • そして、記録を精査しても、その任意性を疑わしめる資料は見当らない
  • 弁護人は、被告人の司法警察員、検察官に対する各供述調書の自白は取調官の執行猶予約束による自白であると主張するが、原審では全く主張せず、控訴審に至ってはじめて主張するのである
  • そして、やむを得ない事由によって原審において主張することができなかったものとは認められない
  • したがって、供述の任意性についての新たな事実の主張は、控訴審においてできないものといわなければならない(刑訴法382条の2第1項参照)

旨判示しました。

同意の撤回は原則として許されない

 同意の撤回は、原則として許されません。

 これは、同意の撤回を自由に認めると、訴訟手続の安定性や迅速性を害するためです。

 逆に言えば、同意の撤回が訴訟手続の安定性や迅速性を害しない場合であれば、同意の撤回が認めれられる場合があります。

 具体的には、

  • 同意の意思表示をしたが、証拠調べ前(裁判官が検察官又は被告人・弁護人から提出された証拠を調べる前)に同意を撤回する場合

であれば同意の撤回が認められます。

 対して、

  • 証拠調べが開始され、その途中に同意を撤回する場合
  • 証拠調べ終了後に同意を撤回する場合

は、同意の撤回によって訴訟手続の安定性や迅速性が害される場合に当たり、同意の撤回は許されないとされます。

 この点を判示した裁判例として以下のものがあります。

大阪高裁判決(昭和63年9月29日)

 証拠とすることについての同意ないしは異議がない旨の弁護人の意見は、証拠調べ実施後においては撤回できないとされた事例です。

 裁判官は、

  • 証拠とすることについての同意ないしは証拠調べに異議がない旨の意見の撤回は、証拠調べの実施前においてはこれが許されると解されるが、既に証拠調べを実施した後においては、これにより裁判所は心証を形成している上、手続の安定性・確実性・迅速性などの観点からしても、許されないものと解すべきである

と判示しました。

名古屋高裁金沢支部判決(昭和25年10月4日)

 裁判官は、

  • 一旦、証拠とすることに同意した書面について、しかも証拠調べ手続の履行後、先に与えた同意を撤回することは法律上許されないと解すべきである

と判示しました。

刑訴法326条2項の被告人が不出頭の場合に証拠に同意があったものとみなす擬制同意の説明

 刑訴法326条2項は、

  • 被告人が出頭しないでも証拠調べを行うことができる場合において、被告人が出頭しないときは、刑訴法326条1項の同意があったものとみなす
  • ただし代理人又は弁護人が出頭したときは、この限りでない

とする規定です。

 「被告人が出頭しないでも証拠調を行うことができる場合」とは、

1⃣ 刑訴法284条285条で規定する被告人が公判期日に出頭することを要しない軽微事件の場合

(前記の軽微事件で刑訴法326条1項の同意がなされたものと擬制するのは、被告人・弁護人が誰も出頭しないときは、不出頭それ自体で同意の意思が推定され得る上、同意がないとすると訴訟が進行しないためです)

2⃣ 勾留されている被告人が正当な理由がなく出頭を拒否し、刑事施設職員による裁判所への引致を著しく困難にした場合(刑訴法286条の2

3⃣ 出頭した被告人が裁判官の許可を受けないで退廷し、又は法廷秩序維持のため裁判官の退廷命令を受けた場合(刑訴法341条

が該当します。

 刑訴法326条2項の被告人が不出頭の場合に証拠に同意があったものとみなす擬制同意は、本来、1⃣の被告人が公判期日に出頭することを要しない軽微事件の場合について定めたものです。

 2⃣、3⃣の場合に擬制同意が認められるかについては、判例・裁判例で見解が分かれています。

 3⃣の場合(刑訴法341条)に擬制同意の適用を認めた以下の判例があります。

最高裁判決(昭和53年6月28日)

 裁判官は、

  • 刑訴法326条2項は、必ずしも被告人の同条1項の同意の意思が推定されることを根拠にこれを擬制しようというのではなく、被告人が出頭しないでも証拠調べを行うことができる場合において被告人及び弁護人又は代理人も出頭しないときは、裁判所は、その同意の有無を確かめるに由なく、訴訟の進行が著しく阻害されるので、これを防止するため、被告人の真意のいかんにかかわらず、特にその同意があったものとみなす趣旨に出た規定と解すべきである
  • 同法341条が、被告人において秩序維持のため退廷させられたときには、被告人自らの責において反対尋問権を喪失し、この場合、被告人不在のまま当然判決の前提となるべき証拠調べを含む審理を追行することができるとして、公判手続の円滑な進行を図ろうとしている法意を勘案すると、同法326条2項は、被告人が秩序維持のため退廷を命ぜられ同法341条により審理を進める場合においても適用されると解すべきである

と判示しました。

 この判例に対し、3⃣の場合(刑訴法341条)において、刑訴法321条1項の書面につき擬制同意の適用を否定した以下の裁判例があります。

東京高裁判決(昭和42年7月27日)

 裁判官は、

  • 刑訴法第326条第2項は、被告人が出頭しないでも証拠調べを行うことができる場合において、被告人が出頭しないときは、同条第1項の同意があつたものとみなす、ただし、代理人又は弁護人が出頭したときは、この限りでない旨規定しているが、その法意は、5万円以下の罰金又は科料にあたるいわゆる軽微事件(刑訴法第284条)等において、被告人及び弁護人又は代理人のいずれも公判期日に出頭しないときは、裁判所は、書面を証拠とすることの同意の有無を確めるに由なく、そのため訴訟の進行が著しく阻害されるから、これを防止する便宜策として、これらの者が正当な理由がなく出頭しない場合に限り、証拠調べを含む事件の審理全般を裁判所に一任する意思に出たものと認め、刑事訴訟法第326条第1項の同意があったものとみなして訴訟の促進を図ったものにほかならない
  • 従って、いわゆる軽微事件についても、被告人は公判期日に出頭の義務こそなけれその権利を有しないわけではないから、もし召喚に応じて公判期日に出頭したときには、同条第2項を適用すべき限りでないことはいうまでもない
  • しかして、公判期日に出頭した被告人が秩序維持のため裁判長から退廷を命ぜられたときは、いわゆる軽微事件たると否とを問わず、その陳述を聴かないで判決をすることができ(同法第341条)、この場合においては、被告人が公判期日に出頭していないまま、当然判決の前提となるべき証拠調を含む審理を追行することができるとしても、そのように一旦は公判期日に出頭し、その後秩序維持のため裁判長から退廷を命ぜられて退廷した被告人は、同法第326条第1項の同意、不同意を含む被告人としての訴訟上の諸権利を行使する意思を放棄しているのではないことが窺われるから、これを前述の如く証拠調べを含む事件の審理全 般を裁判所に一任する意思に出たものと認められる、正当な理由がなく公判期日に出頭しない者と同日に論ずることは失当であるというべく、少なくとも同法第321条第1項にいわゆる「被告人以外の者が作成した供述書又はその供述を録取した書面」に関する限り、殊にそれが当該公判期日において、退廷命令以前には未だ取調請求がなされず、従ってその取調決定のなされることが全く予想されていない場合には、当該被告事件がいわゆる軽微事件であると否とにかかわりなく、同法第326条第2項の規定は適用されないものと解するのが相当である

と判示しました。

次回の記事に続く

 次回の記事では、

刑訴法327条の合意書面

の説明をします。

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