強制わいせつ罪の故意
強制わいせつ罪(刑法176条)などの故意犯については、犯罪を犯す意思(故意)がなければ、犯罪は成立しません(詳しくは前の記事参照)。
この記事では、強制わいせつ罪の故意について説明します。
強制わいせつ罪の成立を認めるには、その故意として、
- 性的意図
が必要になります。
さらに、刑法176条後段の13歳未満の者に対するわいせつな行為については、
- 年齢の認識
が必要になります。
① 性的意図
強制わいせつ罪は、
行為者(犯人)自身の性欲を刺激し、あるいは満足させるという性的意図の下になされること
を要します。
犯人に性的意図があったと認めるためには、
犯人が自己の行為が、被害者に対する性的侵害になる性質の行為であることを認識すれば足りる
とされます。
この点について判示した以下の判例があります。
東京地裁判決(昭和62年9月16日)
この判例は、女性下着販売業の従業員として稼働させるという目的のために、婦女の全裸写真を強制的に撮影しようとした行為について、被告人が男性として性的に刺激興奮させる性的意味をも有する行為であることを認識して行為に出たときは強制わいせつ罪が成立するとした事例です。
事案は、女性の下着を好む男性客相手の女性下着販売業を営む被告人が、営業の実体を秘して求人公告を出し、それを見て21歳の女性Aが応募して来たことから、A女を無理矢理従業員として働かせるため、強いてA女を全裸にしてその写真を撮影しようと考え、そのような行為がA女に性的羞恥心を与え、自らを男性として性的に刺激、興奮させる行為であることを認識しながら、あえてこれを行おうと企て、A女に暴行を加えたが、A女を全裸にしてその写真を撮影することはできず、同女に判示の傷害を負わせたという強制わいせつ致傷罪(刑法181条)の事案です。
まず、被告人の弁護人は、
- 被告人が、本件行為に及んだ目的は、被害者A女を裸にし、その姿態を写真撮影することによって、A女を被告人が経営する女性下着販売業の従業員として働かせようということにあったのであり、被告人自身の性欲を刺激、興奮させ又は満足させようという意図は全くなかったのであるから、強制わいせつ致傷罪は成立せず、せいぜい強要未遂罪及び傷害罪が成立するに過ぎない
とし、被告人に性的意図はなかったのだから強制わいせつ罪は成立しないと主張しました。
この主張に対し、裁判官は、
- A女を全裸にしその写真を撮る行為は、A女を男性の性的興味の対象として扱い、A女に性的羞恥心を与えるという明らかに性的に意味のある行為、すなわち、わいせつ行為であり、かつ、被告人は、そのようなわいせつ行為であることを認識しながら、換言すれば、自らを男性として性的に刺激、興奮させる性的意味を有した行為であることを認識しながら、あえてそのような行為をしようと企て、暴行に及んだものであることを優に認めることができる
- したがって、被告人の本件所為が強制わいせつ致傷罪に当たることは明らかである
と判示し、A女を全裸にしその写真を撮る行為について、性的意図があったと認定し、強制わいせつ致傷罪が成立するとしました。
② 年齢の認識
強制わいせつ罪(刑法176条)は、前段・後段ともに被害者の年齢についての認識を必要とするかのような規定の体裁となっていますが、前段については、13歳以上であることの認識は不要と解されています。
13歳未満であると誤信して13歳以上の被害者に対して暴行又は脅迫によってわいせつ行為をした者を不可罰とする趣旨ではないことが明らかだからです。
対して、刑法176条後段については、対象者が13歳未満であることの認識が必要となります。
なので、犯人が、わいせつ行為の対象者が13歳以上であると誤信し、対象者の同意を得てわいせつ行為をしたところ、実は13歳未満であったという場合は強制わいせつ罪は成立しません。
この点について、大阪地裁判決(昭和55年12月15日)において、
- 強制わいせつ罪は、被害者の年齢が13歳未満であることの認識の存在が故意要件となっているところから、これが認められない場合、強制わいせつ罪は成立しない
と判示しています。
なお、この判例は、13歳未満で精神薄弱の女児に対し、その年齢の点についての認識を欠いたままわいせつの行為をした事案について、準強制わいせつ罪(刑法178条)の成立を認めた事例です。
判例の内容の詳細は以下のとおりです。
裁判官は、
- 刑法176条後段に規定する13歳未満の男女に対する強制わいせつ罪は、その手段方法の如何を問わないから、同法178条に規定する心神喪失状態に乗じるなどの方法をもってわいせつ行為に及んでも、同条の準強制わいせつ罪は成立せず、176条後段の強制わいせつ罪が成立するのであるが、右強制わいせつ罪は、被害者の年齢が13歳未満であることの認識の存在が故意要件となっているところから、これが認められない場合同罪は成立しないことになる
- しかし、その場合において、犯行手段が178条に規定する方法によっていると認められる事案においては、同条の準強制わいせつ罪が成立すると考えるのが相当である
- 178条の準強制わいせつ罪は、被害者の年齢を問わず、同条に規定する手段方法によるわいせつ行為をした場合に成立するのであり、176条の補充規定の性質をもつと解されるからである
- そこで、本件について検討すると、被害者A子は、言葉は満足に話すことができず、小学校一年生初期の数の計算もできない状態で、知能程度が3、4歳くらいの一見明白な精神薄弱児童であって、小学校のいわゆる複式養護学級に在籍していたことが認められる
- そうすると、被害者は、当然、性生活の意義について理解する能力もなかったといわねばならず、刑法178条にいう「心神喪失」の状態にあったものと考えられる
- そして、右のような被害者に対し、その知能が低いことを知りながら、本件のようなわいせつ行為に及んだ以上、被害者の右心神喪失に乗じたものと認めて差し支えない
と判示し、強制わいせつ罪(刑法176条)ではなく、準強制わいせつ罪(刑法178条)の成立を認めました。
強制わいせつ罪の記事まとめ(全5回)
強制わいせつ罪(1) ~「強制わいせつ罪とは?」「保護法益」「主体・客体」「強制わいせつ罪における暴行・脅迫の程度」を判例で解説~
強制わいせつ罪(2) ~「わいせつ行為の定義と具体的行為」を判例で解説~
強制わいせつ罪(3) ~「強制わいせつ罪の故意(性的意図、年齢の認識)」を判例で解説~
強制わいせつ罪(4) ~「13歳未満の者に対して暴行・脅迫によってわいせつ行為をした場合には、刑法176条の前段後段を問わず刑法176条の一罪が成立する」「複数の被害者がいる場合、被害者の数に応じた個数の強制わいせつ罪が成立する」を判例で解説~
強制わいせつ罪(5) ~「強制わいせつ罪と①公然わいせつ罪、②強制性交等罪、③特別公務員暴行陵虐罪、④逮捕監禁罪、⑤わいせつ目的略取・誘拐罪、⑥住居侵入罪、⑦強盗罪、⑧児童福祉法違反・児童ポルノ製造罪・青少年保護育成条例違反との関係」を判例で解説~