刑法(強制性交等・強制わいせつ致死傷罪)

強制性交等・強制わいせつ致死傷罪(6) ~「同時傷害の特例(刑法207条)を適用して強制性交等致傷罪を認定することはできない」を判例で解説~

同時傷害の特例(刑法207条)を適用して強制性交等致傷罪を認定することはできない

 数人の者が順次同一の被害者を姦淫し、死傷の結果を生じさせたような場合に、行為者相互間に意思の連絡がなく、共犯とならないときは、誰の行為によって死傷の結果が生じたかが明らかである場合を除き、強制性交等致傷罪、強制わいせつ致傷罪(刑法181条)の責任を問い得ないことになります。

 そのような場合に、本罪について同時傷害の特例(刑法207条)の規定の適用又は準用できるかの可否が問題とされます。

 通説は、同時傷害の特例の規定が刑法の基本原則である責任主義の大きな例外であることを理由に、強制性交等致傷罪、強制わいせつ致傷罪の適用は消極の立場をとっています。

 参考となる裁判例として、以下のものがあります。

盛岡地裁判決(昭和32年6月6日)

 裁判官は、

  • 検察官は、刑法207条は、文理上から見て単純傷害についてだけ適用すべきものと限定されていない
  • 法文には「人を傷害し」とあって、強姦致傷(現行法:強制性交等致傷罪)はもとより、強盗致傷その他遺棄、逮捕、監禁等に伴う致傷、すなわち傷害プラス他の法益侵害の発生した場合にあまねく適用されるべきである旨主張する
  • しかし所論のように、わが刑法の立法形式に従って事を論ずる道を選んでみても、207条の体系的位置を観察すると、同条は傷害の罪の章下に規定されているのである
  • 同章に掲げる傷害、傷害致死および暴行等の犯罪は、すべて人の身体そのものを保護法益とする侵害犯である
  • しかるに、所論各犯罪はこれと全く罪質を異にし、強姦罪(強制性交等罪)は主として個人の性的自由ないし貞操を、逮捕・監禁罪は人の身体行動の自由を、強盗罪は私有財産権をそれぞれ保護法益とする侵害犯であり、また遺棄罪は人の生命・身体を保護法益とする危険犯であって、これらの罪が死傷の結果を随伴したとしても、もとよりそれによって犯罪の本質に変動を来すものではない
  • 傷害の章下に規定された207条を目して、単純傷害のみならず、これと罪質を異にする所論のような犯罪を包摂し、傷害の結果を伴う結果的加重犯一般について、その通則を定めたものであると解することは、特にその旨の明文があれば格別、明文がない以上は、罪刑法定主義の原則に反し許されないところであるといわなければならない
  • 検察官はまた、207条の立法理由は、立証の困難を救済しようとする趣旨に出でたものであり、この必要性は、人の身体に対する単純暴行に基づき傷害の結果を生じた場合も、他の法益侵害が傷害の結果を併発した場合も同一であるから、同条は傷害の結果を惹起した結果的加重犯一般に適用すべきである旨主張する
  • この論旨は必ずしも明確ではないが、第一に、もし所論が右のような刑事政策的必要性が同一であるから、207条は立法者が傷害の結果を伴うすべての結果的加重犯について通則を定めたものと解すべきであるという趣旨であれば、刑事政策の看点からしてもそのように解すべきでないことは、上来詳論したとおりである
  • 第二に、もし所論が207条について本来は単純暴行が死傷の結果を招いた場合を対象とする特例であることを肯定しながら、所論強姦致傷等の結果的加重犯において傷害を生ぜしめた者を知ることができないという事態を生じたときは、立証の困難を救済しなければならないという刑事司法の実践的必要性は同一であるから、207条の法意はこの場合にも適用されるべきであるという趣旨であれば、それはまさに刑罰法規の類推適用を意味する
  • 罪刑法定主義を堅持するかぎり、かような見解は顧みる余地がないことはいうまでもない
  • 上述のとおりであって、検察官の主張は理由がないから、被告人らを強姦致傷罪(強制性交等致傷罪)に問ぎ(もんぎ)することは許されない

と判示し、同時傷害の特例を適用して強制性交等致傷罪を認定することはできないとしました。

仙台高裁判決(昭和33年3月13日)

 裁判官は、

  • いわゆる同時犯に関する刑法第207条は、法文上明らかなとおり、傷害の結果またはその軽重について法律上の推定をなすのであるから、個人責任の原則に反し、刑法上重大な特例である
  • 従って、これを厳格に解釈し、みだりに外形上類似の犯罪にまで拡張適用すべきものではない
  • 強姦罪(現行法:強制性交等罪)は、本来性道徳に関する犯罪で、それが致傷の結果を伴う場合には、強姦致傷罪(現行法:強制性交等致傷罪)として刑を加重するに過ぎないのであるから、これを全く保護法益を異にする暴行、傷害に関する特例規定である刑法207条の適用はないと解すべきである
  • かく解することによって、刑の不均衡、犯罪捜査の困難を来たすことがあろうとも、右明文上の重大な特例に加えて、さらに解釈上の特例を設けることは、罪刑法定主義の建前からも厳に慎まなければならない
  • 従って、原判決が、被告人らの原判示各所為に対して、右法案を適用せず、全被告人を強姦罪(強制性交等罪)もしくは強姦未遂罪(強制性交等未遂罪)をもって処断したことは正しく、この点において法令の適用を誤った違法は存しない

と判示しました。

千葉地裁判決(昭和33年7月4日)

 裁判官は、

  • 検察官は、「被告人らの判示各強姦の所為により、Aに対し、10日間の治療を要する処女膜裂傷の傷害を負わせたがその軽重を知ることができないものである」との事実を掲げ、右は刑法第181条第177条第207条により強姦致傷罪(強制性交等致傷罪)に該当すると主張する
  • しかし、右第207条は、暴行者間に共同加功の意思がない場合でも、そのいすれかの暴行により傷害の結果を生ぜしめたものと認められる限り、暴行者全員が傷害の共犯として処罰されることを規定したものであって、個人責任を基調とする刑法の例外的規定であるのみならず、右規定が刑法総則中にはなく、各則傷害罪の章下にあることを考え合わせると、同条は 傷害致死をも含めた傷害罪にのみ適用すべき特例であって、本件の如く罪質を異にする強姦致傷(強制性交等致傷罪)の場合にまで適用すべきものではないと解する
  • 従って、被告人らに強姦致傷(強制性交等致傷罪)の刑責を問うことはできない

と判示しました。

 強盗傷人罪刑法240条)についても、同時傷害の特例(刑法207条)は適用されないと判示した以下の判例があります。

東京地裁判決(昭和36年3月30日)

 裁判官は、

  • 刑法第207条のいわゆる同時犯の規定は傷害、傷害致死罪の場合と異なり、本質的にその罪質を異にする強盗傷人罪における傷害の場合には適用のないものと解するのを相当とする

と判示しました。

次の記事

強制性交等・強制わいせつ致死傷罪の記事まとめ一覧