刑法(傷害罪)

傷害罪(10) ~傷害罪における違法性阻却①「傷害罪における違法性阻却事由」「私的領域における行為(家族内トラブル)の違法性阻却」を判例で解説~

 これから複数回にわたって、傷害罪における違法性阻却について説明します。

違法性阻却事由とは?

犯罪は

  • 構成要件該当性
  • 違法性
  • 有責性

の3つの要件がそろったときに成立します。

 犯罪行為の疑いがある行為をしても、その行為に違法性がなければ犯罪は成立しません。

 この違法性がない事由、つまり違法性がないが故に犯罪が成立しないとする事由を「違法性阻却事由」といいます。

 違法性が阻却される主な行為として、

  1. 正当防衛
  2. 緊急避難
  3. 法令行為
  4. 正当業務行為
  5. 自救行為
  6. 被害者の承諾による行為
  7. 被害者の推定的承諾による行為
  8. 労働争議行為

が挙げられます。 

(この点については、前の記事で詳しく説明しています)

傷害罪における違法性阻却事由

 傷害罪について、違法性の阻却が問題となる場合が多い主なものに、

  • 私的領域(家族内トラブル)における行為
  • 懲戒権行使
  • 被害者の承諾
  • 治療行為
  • 正当防衛
  • 緊急避難

などが挙げられます。

 行為が適法であるため、違法性が阻却されるか否かは、具体的場合に応じ違法性阻却の一般原則に従って、社会的相当性を有するか否かの見地から判断されます。

 例えば、自救行為に関し、東京高裁判決(昭和27年5月30日)において、裁判官は、

  • 自己の財物を持ち去ったとの疑念を抱く十分な根拠がある者に対して、事実の有無を問い、その返還を求めることは法の禁止するところではないが、社会通念上許された限度を超え、 仲間数名と共に、多衆の威力を示すと共に脅迫的言辞態度を示した上、暴行を加えることの許されないことは当然であって、いわゆる自救行為として犯罪とならないということはできない

と判示しています。

私的領域における行為(家族内トラブル)の違法性阻却

 傷害罪において、私的領域(家族内トラブル)における行為の違法性の有無が問題となった判例を紹介します。

大阪地裁判決(昭和37年12月24日)

 内妻に対し、腰掛とほうきで頭部、背部などを殴り、かみそりで頭髪の一部を切り取るなどの暴行によって、加療約3日の打撲傷等の傷害を負わせた事案です。

 裁判官は、

  • 夫婦喧嘩に基づく軽微な傷害行為の可罰性には一定の限界があり、それが特に強暴な暴行に基づくものでなく、正常な夫婦関係が維持されている限り、国家の刑罰権より放任された行為として可罰的違法性を欠くものといわなければならない
  • 他人のみだりにうかがうことを許さない純粋に私的な生活関係である夫婦間に往々見られる夫婦喧嘩に基く軽微な傷害には、それが特に強暴な暴力に基くものでなく、夫婦関係の破壊を伴わない限り、明らかに刑法によつてこれを処罰するだけの必要も価値も認められず、かえってその処罰により他の弊害をもたらす恐れがあるからである
  • 被告人の上記傷害行為は、婚姻が夫婦の同等の権利を基本として相互の協力により維持されなければならない民主的社会において、倫理的な非難を免れることはできないし、広い意味においては不法行為でさえあるであろう
  • しかしながら、これを刑法的見地から見るならば、それが治療日数3日の軽微な傷害であって、特に強暴な暴行に基くものでもなく、夫婦関係の破壊も伴わない以上、当事者間の自律に委ねられ国家の刑罰権より放任された領域の行為として、刑法上の違法性を阻却し、罪とならないものといわなければならない

と判示し、傷害罪は成立しないとして無罪を言い渡しました。

 この判例の見解のように、他人のみだりに窺うことを許さない純粋に私的な生活関係である夫婦間に往々見られる夫婦喧嘩に基づく軽微な傷害にまで、法が踏み込むことについて消極であるべきとする基本的な考え方は重要です。

 しかし、この判例に対する評価として、

  • なぜこれが暴行、傷害に当たらないと言えるのか
  • 他人の介入を許さない私的領域故の被害拡大の危険性もあるのではないか

などの慎重な検討を要するとされています。

 現在の社会においては、夫婦間の暴行・傷害についても、刑事事件として立件され、違法性を阻却せず、厳しく処罰される傾向にあります。

 DV 、子どもの虐待などの家庭内における暴行、傷害事件が多発し、家庭内の生命身体の安全のための法的措置の強化が必要とされている現在の社会では、裁判において、私的領域内の出来事であるからとして暴行、傷害事案が可罰性に欠けるとか、可罰性が減少するなどと解されることは少ないといえます。

次回記事に続く

 次回記事では、「懲戒権の行使(監督者による罰)」に関する違法性阻却について書きます。