刑法(傷害罪)

傷害罪(20) ~傷害罪における共同正犯(共犯)①「共謀者は自ら傷害を負わせなくても、犯罪行為全部の責任を負う」「共謀が認められる場合、同時傷害(刑法207条)は成立しない」「共犯者の一部が殺人罪を犯した場合の他の共犯者の刑責」などを判例で解説~

傷害罪における共同正犯(共犯)の考え方

 傷害罪における共同正犯(共犯)について説明します。

 まず、共同正犯(共犯)とは、

2人以上の行為者が共同して犯罪を犯した場合

をいいます。

 たとえば、2人の犯人が共同して被害者に殴るけるなどの暴行を加えて傷害を負わせた場合、「被告にAとBは、共謀の上、被害者Cに暴行を加え、傷害を負わせた」として、傷害罪の共同正犯(共犯)が成立することなります。

 共同正犯(共犯)の考え方については、前の記事で詳しく説明しています。

傷害罪における共同正犯の判例

 傷害罪における共同正犯についての参考となる判例を紹介します。

共謀者は、 自ら傷害を負わせなくても、犯罪行為全部の責任を負う

 共謀者は、 自ら傷害を負わせなくても、犯罪行為全部につき責任を負います。

 この点については、以下の判例があります。

大審院判決(明治43年6月20日)

 この判例で、裁判官は、

  • 共謀者中、たとえ被害者に負傷せしめざる者ありといえども、他の傷害を加えたる者と共に正犯たるの責を免れるを得ず

と判示し、共犯者の中に、自ら被害者に傷害を加えていない者がいても、傷害罪の正犯(犯罪の実行者)の刑事責任を負うとしました。

 傷害を共謀した以上、傷害行為を実行していなくても、犯行を唆した教唆犯や、犯行を手助けした幇助犯の認定ではなく、犯行を実行した者として正犯者の認定を受けるということです。

最高裁判決(昭和23年5月8日)

 この判例で、裁判官は、

  • 数名の者がある犯罪を行うことを通謀し、そのうち一部の者がその犯罪の実行行為を担当し遂行した場合には、他の実行行為に携わらなかった者も、これを実行した者と同様にその犯罪の責を負うべきものであって、この理は、数名の者が他人に対し暴行を加えようと通謀し、そのうち一部の者が他人に対し暴行を加え、これを死傷に致したときにもあてはまるものである

と判示しました。

 犯罪の実行には参加しなくても、犯罪を行うこと共謀するだけで、犯罪の共同正犯者となります(この共謀形態を「共謀共同正犯」といいます)。

 この判例は、傷害罪の実行行為に加わらなくても、犯行を通謀した以上は、傷害罪又は傷害致死罪の共同正犯者として刑事処罰を受けることを示したものです。

大審院判決(昭和9年12月22日)

 暴行の共謀者の一部が暴行の実行行為に及んだが、同時に暴行を加えた他の者との間で刑法207条(同時傷害)を適用して傷害の罪責を認めた場合おいて、暴行の実行に加わらなかった共謀者に対し、実行行為に及んだ者と同様の罪責を負うとして、刑法60条(共同正犯の規定)、刑法204条(傷害罪)、刑法207条を適用し、同時傷害の共同正犯が成立するとしました。

共謀が認められる場合、同時傷害(刑法207条)は成立しない

 共謀の成立が認められる場合は、共同正犯中、傷害の結果を生じた暴行を加えた者を特定できなくても、刑法207条の同時傷害を適用すべきでないとされます。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(明治44年3月2日)

 この判例で、裁判官は、

  • 刑法207条は、共同者にあらずして2人以上暴行を加え、人を傷害したる場合の規定なるが故に、2人以上共同して人を傷害したる場合にこれを適用する要なし

と判示しました。

最高裁判決(昭和23年6月12日)

 被告人ほか5名が共謀の上、傷害行為をした事案で、裁判官は、

  • 被告人ほか5名が共謀の上、傷害行為をしたものであることは説明の通りであるから、原判決がこれを傷害の共同正犯として刑法第60条(※共同正犯の規定)、第204条(※傷害罪の規定)を適用して処断したのは正当であって、同法第206条(※現場助勢の規定)又は第207条(※同時傷害の規定)は、本件のような共同正犯の場合に対して適用すべき規定でないことはいうまでもないところである

と判示しました。

犯行の途中で逮捕されても、犯罪行為全部の責任を負う

東京高裁判決(昭和48年6月15日)

 この判例は、共謀のうえ公務執行妨害・傷害の行為をして逮捕された場合、その後の共犯者の暴行の結果につき、共犯者としての責任を負うとして、途中で逮捕された者に対して犯行全体の責任を認めました。

 裁判官は、

  • 被告人両名は、本件犯行現場において、他の共犯者と互いに意思を通じ、これと一体となって暴行に及んだことが認められる以上、たとえ犯行の途中で逮捕されたため、その後は右被告人両名自身において、瞥察官に対し、暴行を加えた事実がないとしても、右逮捕以後における共犯者の警察官に対する暴行に基づく公務執行妨害および傷害の結果についても刑責を免れることができないというべきである
  • しからば、右被告人両名に対し、その逮捕以後における共犯者の暴行に基づく分をも含む本件公務執行妨害・傷害について、刑法第60条第95条第1項第204条を適用処断した原判決は正当である

と判示しました。

事前の謀議がなくても傷害罪の共同正犯は成立する

 共同正犯の成立を認めるに当たり、事前の謀議は必要とされません。

 たとえば、犯人AとBが、事前に「Cを痛めつけてやろうぜ」などと言葉を交わしていなくても、犯人AとBのお互いが共謀の意思をもって、一緒にCに殴るけるなどの暴行を加えれば、傷害罪の共同正犯が成立することになります。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(大正7年4月17日)

 この判例で、裁判官は、

  • 傷害罪の共犯を認めるには、犯人が各自相互に暴行をなすの意思あるを認識して、共に暴行を為し、傷害の結果を惹起するをもって足り、犯人間に謀議の事実あることを必要とせず

と判示しました。

東京高裁判決(昭和32年9月30日)

 この判例は、暴行を手段とする恐喝罪により生じた傷害の結果につき、共謀共同正犯が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 共同正犯の成立に必要な共謀すなわち共同犯行の意思連絡ありとするには、必ずしも事前の謀議あることを要せず、二人以上の者相互の間において暗黙裡に互に協力して共通の犯意を実現する意思を相通ずるにおいては、これありとするに十分であり、既に右共謀を遂げ共同してこれが実行行為に出でた以上は、共謀者は各自、右共同行為によつて生じた事実の全部につき正犯としての責を負うべきものである
  • 傷害罪は暴行の結果的加重犯としても成立し、結果の発生を予見しなかったことにつき、犯人に過失あることを必要としないのであるから、二人以上の者が言語による害悪の告知及び暴行を手段として他人を脅迫し財物を喝取することを共謀の上、共同してこれが実行行為を遂行中、共謀者の一人が右脅迫の手段として加えた暴行により被害者に傷害を負わしめたときは、他の共謀者は右恐喝のほか傷害の事実についても、その結果発生を予見しなかったことにつき過失あると否とを問わず、これが共同正犯としての責を負わねばならない

と判示しました。

 事前の謀議を要するものではないといっても、集団暴行においては、現場共謀の認定は困難な場合があります。

 集団暴行において、共同正犯を認定しなかった判例として、以下の判例があります。

福岡高裁判決(昭和47年8月10日)

 中核派学生集団と大学職員、警察官がもみあった際、学生側が火炎びんを投てきした事案で、裁判官は、

  • 被告人は、火炎びんの準備または投てきを現実的に予想し、具体性ある予見を有していたものとは認められず、火炎びんの投てきの際には、集団後方にあって投てきを知らず、発火を見て、火炎びんの投てきを知るや、犯意を放棄して現場から逃げ出しており、火炎びん投てき後、これを認容して暴行を続けた事実はなく、火炎びん投てきに関する限り、共同加功の意思、行為はなかった

として、火炎びんによる火傷の傷害につき、共同正犯を認めませんでした。

傷害行為を黙認した場合でも、傷害罪の共同正犯が成立し得る

 黙認を共謀と認めた事例として、以下の判例があります。

東京地裁判決(昭和34年2月18日)

 この判例は、輩下が被害者に対し暴行を加えたりあるいはナイフで傷害を与えた際、その場にいた首領が暴行を黙認し、傷害の結果を未然に防止する措置をとらなかった事案について、首領に共同正犯の罪責を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 被告人は、暴行が行われている間、終始その場にあってその情況を現認し、事態の大事に進展すべきを知りながら、輩下である他の被告人の暴行を黙認し、そのなすに任せ、わずかに他の被告人らが被害者Sを屋外に引き出そうとするのを自ら阻止したに止まり、傷害の結果を未然に防止するに足る措置をとらず、よって被害者Sに傷害の結果を惹起するに至らしめた

と罪となる事実を認定し、黙認による共謀と認め、犯行を黙認した被告人に対し、傷害罪の共同正犯が成立するとしました。

共犯者一部が殺意を抱いて犯行に及んだ場合でも、暴行又は傷害の故意に止まる共犯者の責任は、傷害(傷害に至らない場合は暴行)にとどまる

 共犯者の一部が殺意を抱いて犯行に及んだ場合でも、暴行又は傷害の故意に止まる共犯者の責任は、傷害(傷害に至らない場合は暴行)にとどまります。

 たとえば、「殺すなんて聞いてないよ。俺は殺すつもりなかったよ。」と言う傷害を犯すつもりだった共犯者にまで、殺人罪の罪を負わせるのは妥当ではないからです。

 共犯者の一部が殺意を抱いて犯行に及んで殺人罪を犯し、他の共犯者は殺人を犯すつもりはなく、暴行罪又は傷害罪の成立にとどまる場合に、どのようなかたちで刑が成立するかを説明します。

 この場合、殺意を有する者には単独の殺人罪が成立し(共犯による殺人罪ではない)、殺意を有しない者には暴行罪又は傷害罪の共同正犯が成立するとなります。

 この点について、以下の判例があります。

最高裁決定(昭和54年4年13日)

 この判例で、裁判官は、

  • 殺人罪と傷害致死罪とは、殺意の有無という主観的な面に差異があるだけで、その余の犯罪構成要件要素はいずれも同一であるから、暴行・傷害を共謀した被告人Cら7名のうちのJが出所前でG巡査に対し、未必の故意をもって殺人罪を犯した本件において、殺意のなかった被告人Cら6名については、殺人罪の共同正犯と傷害致死罪の共同正犯の構成要件が重なり合う限度で、軽い傷害致死罪の共同正犯が成立するものと解すべきである
  • すなわち、Jが殺人罪を犯したということは、被告人Cら6名にとっても暴行・傷害の共謀に起因して客観的には殺人罪の共同正犯にあたる事実が実現されたことにはなるが、そうであるからといって、被告人Cら6名には殺人罪という重い罪の共同正犯の意思はなかったのであるから、被告人Cら6名に殺人罪の共同正犯が成立するいわれはなく、もし犯罪としては重い殺人罪の共同正犯が成立し、刑のみを暴行罪ないし傷害罪の結果的加重犯である傷害致死罪の共同正犯の刑で処断するにとどめるとするならば、それは誤りといわなければならない

と判示しました。

札幌地裁判決(平成2年1月17日)

 暴力団体B組の構成員である被告人甲が、別件での逮捕服役によって収入源を断たれてしまうことを慮り、これを確保するとともにB組の面子を保つため、被告人乙と共に、C方に押し掛け、被告人甲においては殺人の犯意で、被告人乙においては傷害の犯意で被告人両名共謀のうえ、被告人甲において所携(しょけい)の実包5発装填のけん銃でCに対し銃弾2発を連続発射して傷害を与えたという事案です。

 裁判官は、被告人甲に対しては、刑法60条(ただし、傷害の範囲で)(※共同正犯の規定)、203条(※未遂の規定)、199条(※殺人罪の規定)を適用し、殺人未遂罪を認定しました

 そして、被告人乙に対しては、刑法60条204条(※傷害罪の規定)を適用し、傷害罪を認定ました。

次の記事

次回記事に続く

 次回記事では、傷害罪の共同正犯に関し、「承継的共同正犯」「共犯関係の離脱」「間接正犯」について書きます。

傷害罪(1)~(32)の記事まとめ一覧

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