刑法(過失傷害罪)

過失傷害罪⑴ ~「過失傷害罪とは?」「過失とは?(①注意義務違反、②結果予見可能性と結果回避可能性、③注意能力は一般通常人の注意能力を標準とする)」を判例で解説~

 過失傷害罪(刑法209条)について、2回にわたり解説します。

過失傷害罪とは?

 過失傷害罪(刑法209条)は、単純な過失によって人に傷害を与えた者に対する処罰を規定したものです。

 「業務上過失」「重過失」によって人に傷害を負わせた場合には、過失傷害罪ではなく、刑法211条業務上過失傷害罪重過失致傷罪)が成立します。

 また、単なる過失を含め、自動車運転上の過失によって人に傷害の結果を負わせた場合には、過失傷害罪ではなく、過失運転致傷罪自動車運転死傷行為処罰法5条)が成立します。

 したがって、本条で処罰されるのは、「業務上過失」「重過失」に当たらない単純な過失のうち自動車運転上の過失以外の過失によって人に傷害を負わせた場合に限られます。

 つまり、過失による傷害のうち、

  • 業務上過失傷害ではない
  • 重過失致傷ではない
  • 過失運転致傷罪ではない

ことが検討された後に、過失傷害罪の成立が認められるという思考過程になります。

過失とは?

 過失傷害罪の処罰の対象となる行為は、過失によって人に傷害を与えることです。

 過失の意義について説明します。

 過失とは、

注意義務違反

と解されています。

 注意義務違反とは、

注意をすれば結果を認識することができ、結果を回避し得たにもかかわらず、不注意により認識を欠き、結果を回避しなかったこと

をいいます。

 このうち結果を認識すべき義務を『結果予見義務』、結果を回避すべき義務を『結果回避義務』といい、これが注意義務の中核的な内容となります。

 注意義務における注意とは

具体的事件の客観的状況において社会通念上一般的に要求されると考えられる程度の注意

と解されています(最高裁判決 昭和24年3月17日)。

過失が肯定されるためには、結果予見可能性と結果回避可能性が肯定される必要がある

  注意義務違反として過失が肯定されるためには、「結果予見可能性」と「結果回避可能性」の2つが肯定されることが要件となります。

 法は不可能を強いるものではないので、結果を予見し、その予見に基づいて結果回避の措置をとるべきであり、それが可能であったのにこれを怠った場合に過失が肯定されるという考え方がとれらます。

注意能力は、一般通常人の注意能力を標準とする

 注意義務における注意能力の標準(注意能力の限界)について、一般通常人の注意能力を標準とするか、あるいは行為者の具体的な注意能力を標準とするかの問題があります。

 法は、 もともと社会の一般通常人(平均人)を対象とした規範であるので、前者の

一般通常人の注意能力を標準とするのが妥当である

とされています。

 判例も注意能力の標準について、その趣旨の判示をしています。

最高裁判決(昭和24年3月17日)

 法が許容する率を超えたメタノールを含有するアルコールを販売した有毒飲食物等取締令違反の事案で、裁判官は、

  • 原審において、過失を認定するための基本とした注意義務の内容は、当該具体的事案の客観的状態において、社会通念上、通常一般的に要求されると考えられる程度の注意であった
  • そして被告人は、その注意義務を怠ったものとして、過失罪に問うたものである
  • 特別の判示がない限り、被告人は普通人(平均人)として取扱われ、従って、被告人は普通人としての注意義務を有することが判決上認められている
  • されば、本件過失罪の判示としては、これで十分であると考えられる

と述べ、注意義務とは、一般通常人の注意能力を標準とする旨を判示しました。

最高裁判決(昭和24年4月23日)

 上記判例と同じく、法が許容する率を超えたメタノールを含有するアルコールを販売した有毒飲食物等取締令違反の事案で、裁判官は、

  • アルコールを他に飲用として販売するには、信頼するに足る確実な方法によって、その成分を検査し飲用して差し支えないものであることを確かめ、飲用者に不測の身体障害を起させることのないように注意しなければならないことはもちろんであって、これは、現在の我が国一般の科学的知識の程度の下においても、通常人のとるべき注意義務であるといわなければならない

と述べ、注意義務とは、一般通常人の注意能力を標準とする旨を判示しました。

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