前回の記事では、違法性阻却事由である「懲戒権の行使(監督者による罰)」について説明しました。
今回の記事では、違法性阻却事由である「治療行為」について説明します。
治療行為の違法性阻却
治療行為は、正当業務行為として、違法性が阻却される事由となります。
治療行為が違法性を阻却するとされるためには、
- 正当な医療目的であること
- 患者の同意又は推定的同意があること
- 医学上一般に承認されている方法によること
が必要であるとするのが通説です。
治療行為は、医学的に相当なものでなければならないことはもちろんです。
治療行為が違法性阻却事由として争点になった事例として、以下の判例があります。
病気平癒のため加持祈薦を行うに当り、数名がかりで長時間継続して被害者の腹部、胸部、咽喉部等に強圧または強扼を加え、頸部扼圧により窒息死させた事案において、「加持祈薦」は、到底医学上一般に承認せられた治療行為と同一視するを得ない違法な有形力の行使であって、これが刑法上暴行に該当するものであるとして傷害致死罪の成立を認めました。
裁判官は、
- 傷害致死の罪は、傷害罪の結果的加重犯であり、傷害罪はまた暴行罪の結果的責任としても成立するものであって、 その犯意の成立には暴行の認識あるをもって足り、必ずしも傷害の認識あるを要せず、しかも一般に犯意ありとするには行為の違法性の認識あるを要しないのはもとより、違法性認識の可能性あることをも必要としないのであるから、いやしくも他人の身体に暴行(違法な有形力)を加える認識のもとに暴行の所為に出で、よってこれを死に致した場合には、たとえ犯人が錯誤によりその行為を法律上許されたものと信じていたとしても、傷害致死罪の成立あるを免がれない
- なるほど疾病治療の目的をもって、医学上一般に承認された手段方法により患者の身体に有形力を行使しまたは傷害を加えること、すなわち、いわゆる治療行為は、その性質上、刑法にいわゆる暴行もしくは傷害に該当しないか、または違法性がないものとして罪とならないことは答弁書所論(※弁護人の主張)のとおりであるが、同じく疾病治療の目的に出でたとしても、客観的には暴行ないし傷害に該当する違法な有形力を、主観的には疾病治療のため有効かつ適切な治療行為であると誤信してこれを患者の身体に加えた場合の如きはこれと異なり、行為者は暴行ないし傷害に該当する外形的事実はこれを認識しながら、ただ錯誤によりこれが評価を誤り、これを適法な治療行為であると信じたため、行為の違法性の認識を欠いて行動したに過ぎないのであって、事実の認識を欠いたのではないから、暴行ないし傷害の犯意ありとするに妨げはなく、よって生じた結果につき、傷害ないしは傷害致死の罪責を負わねばならない
と判示しました。
札幌地裁判決(昭和36年3月7日)
加持析薦による傷害致死事案で、裁判官は、
- 弁護人は、被告人の本件所為は被害者M子の精神病を治す目的でなされた祈とう行為であって、治療行為としての性質を有するものであるから、正当な業務行為として違法性が阻却される旨、また、被告人が本件加持祈とう行為をなすに際し、被害者側の承諾があったのであるから、被告人の所為は違法性が阻却される旨主張するのである
- しかし、前掲各証拠を総合すれば、なるほど主観的には被告人が治療目的のために本件所為をなしたことは認められるけれども、被告人が加持祈とうに際して、判示のように手拳および大じゆずでM子の全身を相当強く殴打したこと、右殴打に際して逃れようとするMを強制力をもって動けないようにしたこと、右殴打行為によりMは全身にわたり変色する程の大打撲傷を負ったことなどが認められる
- いわゆる加持祈とう行為が何ら有形力を伴わない念仏の唱和に終始する場合は格別、病弱な婦女の意に反して、その身体を押えつけ前記のような暴行を加えることにより、M子の精神病が治癒するという保障は現在の医学知識上認められないのみか、その行為は社会常識上著しく常規を逸脱し、身体に重大な損害を与えることはもちろん、ひいてその死を来たすべき有形力の行使であって、現代社会において、とうてい治療のための行為として許容さるべき筋合いのものではない
- したがって、また本件において、いわゆる被害者の承諾によって行為の違法性が阻却される問題を生ずる余地のないことも右に説示したところによっておのずから明らかである
と判示し、加持祈薦による暴行は、現在の医学知識上認められないのみか、その行為は社会常識上著しく常規を逸脱し、現代社会においてとうてい許容さるべき筋合のものではないとして、傷害致死罪の成立を認めました。
仙台高裁判決(平成9年3月13日)
対象となった者に付いている悪霊を追い出すなどの名目で「御用」と称する暴行を加えて被害者を殺害した事案です。
裁判官は、
- 被告人は、「御用」と称する暴行を加えることによって被害女性Vが死亡するおそれがあることを予見しながら、それもやむを得ないとして、Aらと共謀の上、敢えてVに対し、執拗に暴行を加え、Vを死亡するに至らせたことが認められる
と判示し、悪霊を追い出すなどの名目による暴行の正当性を否定し、傷害致死罪の成立を認めました。
この判例で、裁判官は、
- 精神異常者の平癒を祈願するために宗教行為として加持祈薦行為がなされた場合でも、それが原判決の認定したような他人の生命、身体等に危害を及ぼす違法な有形力の行使に当るものであり、それにより被害者を死に致したものである以上、憲法20条1項の信教の自由の保障の限界を逸脱したものというほかなく、これを刑法205条に該当するものとして処罰することは、何ら憲法の右条項に反するものではない
- 被告人の本件行為は、被害者Aの精神異常平癒を祈願するため、線香護摩による加持祈祷の行としてなされたものであるが、被告人の右加持祈祷行為の動機、手段、方法およびそれによって右被害者の生命を奪うに至った暴行の程度等は、医療上一般に承認された精神異常者に対する治療行為とは到底認め得ないというのである
- しからば、被告人の本件行為は、一種の宗教行為としてなされたものであったとしても、それが前記各判決の認定したような他人の生命、身体等に危害を及ぼす違法な有形力の行使に当るものであり、これにより被害者を死に致したものである以上、被告人の右行為が著しく反社会的なものであることは否定し得ないところであつて、憲法20条1項の信教の自由の保障の限界を逸脱したものというほかはなく、これを刑法205条に該当するものとして処罰したことは、何ら憲法の右条項に反するものではない
と判示し、被告人の行為は治療行為として違法性を阻却せず、傷害致死罪が成立するとしました。
次回記事に続く
次回の記事では、「被害者の同意」に関する違法性阻却について説明します。