刑法(傷害致死罪)

傷害致死罪(15) ~傷害致死罪における違法性阻却事由③「被害者の同意」を判例で解説~

 前回の記事では、違法性阻却事由である「治療行為」について説明しました。

 今回の記事では、違法性阻却事由である「被害者の同意」について説明します。

被害者の同意の違法性阻却

 被害者の同意に基づく傷害については、一定の場合には違法性を阻却せず、傷害罪が成立するという考え方が有力です。

 これは、個人の権利を尊重し、その身体に対する自己の処分権を最大限に認めるとしても、人の身体を侵害する行為が、被害者の承諾さえあれば、いかなる場合にも傷害罪が成立しないというのは、健全な社会通念に合致するとはいえないためです。

 被害者の承諾があっても、暴行・傷害の違法性を阻却せず、傷害致死罪が成立するとした判例として、以下の判例があります。

大阪高裁判決(昭和40年6月7日)

 性交の際、相手方の同意の下に、その首を絞め窒息死するに致らせた事実につき、相手の同意が暴行の違法性を阻却しないとして傷害致死罪の成立を認めた事例です。

 この判例で、裁判官は、

  • そもそも被害者の嘱託ないし承諾が行為の違法性を阻却するのは、被害者による法益の放棄があって、しかもそれが社会通念上一般に許されるからであると解する
  • したがって、法益の公益的なもの、あるいは被害者の処分し得ない法益は、行為の相手方たる個人の嘱託ないし承諾があっても違法性を阻却しない
  • また、たとえ個人の法益であっても行為の態様が善良の風俗に反するとか、社会通念上相当とする方法、手段、法益侵害の限度を超えた場合もまた被害者の嘱託ないし承諾は行為の違法性を阻却しないものと解する
  • この絞首が暴行であることはいうまでもなく、かつ、かかる方法による暴行は、たとえ相手方の嘱託ないし承諾に基くものといっても、社会通念上許される限度を越えたものと言うべく、従って違法性を阻却するものとは解せられない
  • おもうに、寝間着の紐で絞めるとなると、単に手で絞める場合に比すると一段とその調節は困難であり、相手方の首に対する力の入り具合を知り難いものである
  • かつ、被害者が真に苦しくなった時、被告人に対し、その意思(ゆるめてくれという)を表示伝達する方法、手段が準備されておらず、かつ被告人側から見れば性交の激情の生じた時、紐に対する力を制御する方法、手段が準備されていない
  • これは窒息死という生命に対する危険性を強度に含んでいるのである
  • してみると、被告人の本件絞首は、違法性を阻却しない暴行というべく、それによって窒息死に致らしめたもので、被告人の所為は傷害致死罪に当たるものと解する

と判示し、生命に対する強度の危険性を含む本件は違法であるとした上、被害者の承諾は違法性を阻却せず、傷害致死罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和52年11月29日)

 性交中のいわゆる加虐行為により死に致らしめた行為が、被害者の承諾に基くものであっても、違法性が阻却されないとした事例です。

 裁判官は、

  • 被告人の本件絞頸行為が被害者の性的満足をはかるため、同人の要求、承諾にもとづいて行われたことは証拠上明らかであるが、性交中において双方が合意したうえ、あるいは相手方の承諾を得たうえで行われる、いわゆる加虐行為としての暴行や傷害あるいはこれによる致死の結果について違法性が阻却されるためには、単にそれが被虐者の承諾、嘱託にもとづくというだけでなく、その行為が社会的に相当であると評価されるものであることを要する
  • 本件においては、被告人は、被害者と情交中、仰向けに寝ている同人に馬乗りになり、ナイロン製バンドをその首に巻きつけて、約10分間絞め続けたことが認められるのである
  • 以上の事実に徴すれば、性行為中における本件絞行為は、その客観的態様に照らし、被害者を窒息死せしめるおそれが強く、しかも被害者及び被告人において、その危険性の認識、判断を欠如するか、あるいは希薄にしかもちえないことを通常とする点において、生命侵害の危険性はさらに強まるものと考えられるので、かかる絞頸行為が社会的相当行為として許容されないことは、明らかといわなければならない
  • したがって、本件絞頸行為は、社会的相当性の限度を超えるものであるから、被害者の承諾によるものであっても、その違法性を阻却しないものと解するのが相当である

と判示し、絞首行為は社会的相当性を欠くとして、被害者の同意があっても違法性を阻却せず、傷害致死罪を成立するとしました。

大阪地裁判決(昭和52年12月26日)

 いわゆる加被虐性性行為の行きすぎで、相手方を死亡させた事案につき、傷害致死罪の成立を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 相手方の嘱託ないし承諾の下になされた有形力の行使は、一般的には、違法性を欠き、そもそも「暴行」の定型性を有しないというべきであるが、右の有形力の行使が相手方の生命の危険や身体の重大な損傷の危険を包含しているような場合においては、相手方の嘱託ないし承諾により「暴行」の定型性あるいは違法性が阻却されるものではないと解する
  • 被告人と被害者が行っていた性行為は、被告人が、全裸の被害者にさまざまな姿勢をとらえて、同女を強く緊縛したうえ、刃物を同女の身体各部に突きあてたり、束ねたロープで同女を思いきり殴打したり、あるいは同女を緊縛しているロープをつかんで同女の身体を持ちあげて強くゆさぶつたり、タオルやロープで同女の首をしめるなどして、しばしば同女を窒息死寸前の失神状態にするというこの種性行為としても、極限的な態様のきわめて異常で危険なものである
  • したがって、右行為が暴行の定型性を十分に具備しており、また、違法性をも有するものといわなくてはならない

と判示し、傷害致死罪の成立を認めました。

 上記各判例のとおり、性交中の絞首行為は、社会的相当性に欠けるものであって違法であると判断されます。

 この判断においては、「生命侵害の危険性」を違法性阻却の実質的な基準としている点がポイントになります。

東京高裁判決(平成9年8月4日)

 医師免許を有しない被告人が、美容整形手術と称して医療行為(豊胸手術)を行い、被施術者を手術侵襲及び麻酔薬注入に基づくアレルギー反応によりショック死させたという医師法違反・傷害致死罪の事案です。

 裁判官は、

  • 美容整形手術に関し、医師免許を有しない者が、必要とされる措置をとらずに行った豊胸手術は、身体に対する重大な損傷、さらには生命に対する危難を招来しかねない極めて無謀かつ危険な行為であって、社会的通念上許容される範囲・程度を超えて、社会的相当性を欠くものであり、たとえ被害者の承諾があるとしても、もとより違法性を阻却しないことは明らかである

旨判示し、無免許で、医学的にも必要の措置を講じないで行った豊胸手術について、被施術者の承諾があっても傷害罪・傷害致死罪の違法性を阻却しないとしました。

東京地裁判決(昭和41年6月22日)

 この判例は、大学ワンダーフォーゲル部のクラブ活動の慣行となっていたため、許されるものと考えて、いわゆるシゴキ行為をした者の責任について判示しました。

 クラブ活動の錬成山行中に、被告人である上級生部員が、錬成のためのシゴキとして新人部員の頭部を木の棒でなぐるなどの暴行を加え、3名の新人部員にけがを負わせ、1名の新人部員を暴行により死亡させた傷害罪及び傷害致死罪の事案です。

 まず、被告人の弁護人は、

  • 本件錬成山行中、上級生部員が新人に有形力を加えるのは、団体山岳行動に耐えうる体力気力と山岳生活の能力を養成するためであるが、山岳行動は生命の危険度の高いスポーツであり、団体行動の場合には一人の力の低下は全体の力の低下を招くから、訓練は厳しくならざるを得ないが、農大においては体育部に属しているため、特に激しくなるのである
  • 本件においてもそのような新人錬成という目的のために有形力を加えたものであり、新人の気力回復あるいは危険防止のためにも必要なことで、その手段、方法において許容し得る相当な範囲内の行為である
  • 従って、たとえ外形上暴行罪の構成要件に該当する行為であっても、それは刑法第35条により違法性が阻却されるものである

と主張しました。

 この主張に対し、裁判官は、

  • 大学教育の一環としてのクラブ活動であるから、錬成においては人間形成を第一義に考えてなされるべく、体力、気力の養成に逸るのあまり、いささかも人間性を軽視するが如きことがあってはならない
  • 従って、体力・気力を養成する為なりとして、登山靴で身体を踏みつけ、あるいは蹴ることや、木棒や紐で身体を殴打することは人格蔑視も甚しく、平手、拳で身体を殴打することも許さるべきではなく、わずかに睡気をさますために新人の承請を得て、平手で顔を叩くなど緊急にして必要な例外の場合が許されるのみである
  • 新人錬成山行は、あくまでも訓練行動であって、たえず、ぎりぎりの行動が要求される山岳行動とは、その趣を異にするのであるから、激励する等他にとるべき方法が考えられるのにかからず、何のためらいもなく、被告人らが時を接して殴打したことは、悲壮感すら感ぜられるところであって、決して正当化されるものではない
  • 疲れてふらふらになつたMに、数人の上級生が殴る蹴るの暴行を加えて通り過ぎた後、被告人が通りかかって行ったもので、このような状況を考慮し、又、この殴打によつて鼻血が出た事実を合せ考えると、やはり著しく相当性を越えた行為であると言わざるを得ない
  • 殴る蹴るということは、一個の人格を否定する行為である
  • このような事が大学体育部の名において行われてよいはずはない

などと判示し、傷害罪及び傷害致死罪の成立を認めました。

大阪地裁判決(平成4年7月20日)

 大学の日本拳法部の部員である被告人が、部員Aが退部届を出したことに立腹し、空手用の面をAに装着させ、パンチンググローブを着用した手拳でAの顔面を2回殴打する暴行を加え、Aに延髄頸髄挫傷等の傷害を負わせて死亡させた事案です。

 裁判官は、

  • 被害者は、被告人の「稽古」の申し出を明示的には拒絶していないけれども、先輩からの申し出を拒絶できない立場にあったため、やむなくこれに応じたものであり(被害者の本件直前の退部届の提出によっても、被害者の心情は十分に窺うことができる)、被害者には本件「稽古」について真意に基づく同意があったものとは認められない
  • 被告人の本件行為は日拳部の練習時間、練習場所において行われたものであるが、いかなる観点からもスポーツとして是認される日本拳法の練習とはいえず、それに名を借りた制裁行為と見るべきであり、到底正当行為と見ることはできないというべきである

と判示し、傷害致死罪の成立を認めました。

大阪地裁判決(昭和62年4月21日)

 空手の練習と称して、深夜人気のない場所で、皮製ブーツで被害者を多数回足蹴りするなどして、多数肋骨骨折等の傷害を負わせて死亡させた事案で、裁判官は、

  • そもそも、 スポーツの練習中の加害行為が被害者の承諾に基づく行為としてその違法性が阻却されるには、特に『空手』という危険な格闘技においては、単に練習中であったというだけでは足りず、その危険性に鑑みて、練習の方法・程度が、社会的に相当であると是認するに足りる態様のものでなければならない
  • 練習場所としては不相当な場所で、なんら正規のルールに従うことなく、かかる危険な方法、態様の練習をすることが社会的相当行為の範囲内に含まれないことは明らかであって、被告人の本件行為は違法なものである

と判示し、傷害致死罪の成立を認めました。

被害者の承諾を理由に、傷害致死罪の違法性を阻却した判例

 被害者の承諾を理由に、傷害致死罪の違法性を阻却した事例として、以下の判例があります。

 なお、被害者の同意により、傷害致死罪の違法性が阻却される事例は稀です。

大阪高裁判決(昭和29年7月14日)

 性交の際、相手の同意を得て、その首を絞めた結果窒息死亡するに至らしめた行為について、相手の同意が違法性を阻却するとした事例です。

 裁判官は、

  • 婦女の首を絞めることはもとより暴行行為であるが、性交中、その快感を増やさんがため、相手方の首を絞めるようなことが行われたとしても、相手方の要求若しくは同意を得ている以上、違法性を阻却するものとして、暴行罪成立の余地なきものというべく、ただその場合、相手が傷害を受けて死亡したとき、嘱託による殺人罪を構成するが如く、たとえ相手方の同意があっても、これを不問に付し得ないのである
  • 本件のように、被告人が、被害女性との性交に際し、同女の首を締めたことがあり、いずれも同女が死亡するに至らなかった場合には致死につき、不確定犯意又は未必の故意があったということはできず、単に危険の発生を防止すべき義務を尽くさなかった点において過失致死罪に問擬(もんぎ)すべきである

と判示し、被害者の承諾を理由に傷害致死罪の成立を否定し、過失致死罪で処断すべきであると判示しました。

次回記事に続く

 次回の記事では、「正当防衛」に関する違法性阻却について書きます。

傷害致死罪(1)~(23)の記事まとめ一覧

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