前回の記事の続きです。
公共の危険とは?
失火罪は刑法116条において、
- 放火して、現に人が住居に使用せず、かつ、現に人がいない建造物、艦船又は鉱坑を焼損した者は、2年以上の有期拘禁刑に処する
- 失火により、第109条に規定する物であって自己の所有に係るもの又は第110条に規定する物を焼損し、よって公共の危険を生じさせた者も、前項と同様とする
と規定します。
刑法116条2項の失火罪が成立するためには、失火により「公共の危険」が発生したことが必要になります。
この記事では、この「公共の危険」の意義について説明します。
失火罪における「公共の危険」の意義につき、判例は以下のように判示しています。
大審院判決(大正5年9月18日)
裁判官は、
- 刑法第116条第2項にいわゆる公共の危険を生ぜしめたるとは、火を失して自己の所有に係る第109条の物又は自己若しくは他人の所有に属する第110条の物を焼燬(焼損)し、よって第108条及び第109条の物に延焼せんとし、その他一般不定の多数人をして生命身体及び財産に対して危害を感ぜしむるにつき相当の理由を有する状態を発生したることをいうものとす
- 蓋し、法は、第108条及び第109条の物を焼燬する行為は、抽象的に一般不定の多数人に対し、生命身体及び財産に危害を及ぼずおそれあるものとし、これを処罰するも自己の所有に係る第109条の物及び自己又は他人の所有に属する第110条の物については、その焼燬のみにては未だ犯罪を構成せず、その焼燬の結果、具体的に一般不定の多数人に対し、生命身体及び財産に危害を及ぼすおそれありたるとき始めてこれを処罰すべきものとなすをもって、ただ前掲物件を焼燬したるにとどまり、未だ第108条の物及び他人の所有に属する第109条の物に延焼せんとし、その他一般不定の多数人をして上叙(上記)の危害を感ぜしむるの状態に至らざるにおいては、たとえ他人の所有に属する他の第110条の物に延焼し、もしくは焼するおそれあらしむるも、これをもって直ちに一般不定の多数人をして生命身体及び財産に対し危害を感ぜしむべき状態を発生したるものというべからざれば、その行為は公共の危険を生ぜしめたるものとして処罰すべきにあらず
と判示しました。
失火罪の成立を認めるに当たり、公共の危険の発生の認識は不要である
失火罪の成立を認めるに当たり、犯人が公共の危険の発生を認識していることは不要とされます。
建造物等以外放火罪(刑法110条)において、同罪の故意を認めるために、公共の危険の発生の認識を必要とするかについて、判例は、刑法110条1項について
公共の危険の発生の認識を不要
としています(最高裁判決 昭和60年3月28日)。
これを踏まえ、失火罪においても、同罪の故意を認めるに当たり、公共の危険の発生の認識は不要と考えられています。
公共の危険が認められた事例
失火罪において刑法第116条第2項の公共の危険が認められた事例として、以下の判例があります。
大審院判決(明治44年6月16日)
汽船内で火を失して荷物等を焼損した事案につき、裁判官は
- 被告が同汽船に託送したる荷物内の油紙より発火し、右荷物及び生糸等を焼燬(焼損)し、よって公共の危険を生ぜしめたりと判示しありて、右判示の如く汽船内において火を失し、判示のごとく物件を焼燬したるときは、その火力は公共の危険を生ぜしめたるものといわざるべからず(いわなければならない)
と判示しました。
公共の危険が発生していないとされた事例
公共の危険が発生していないとされた事例として、以下の判例があります。
大審院判決(大正5年9月18日)
裁判官は、
- 原判決においては、本件被告の過失により焼燬(焼損)する森林は、民家に延焼のおそれなき距離にあり、又は付近に刑法第108条及び第109条記載の物件存在せざるのみならず
- 四隣の私有林及び国有林に延焼して公共の危険を生ぜしむべき具体的事実なきをもって、本件被告の行為は、刑法第116条第2項に規定する過失により、第110条の物を焼燬し、公共の危険を発生せしめたるものに該当せんと判示し、被告に対し、無罪を言い渡したるは相当なり
と判示しました。
次回の記事に続く
次回の記事では、
- 火災の発生につき過失が認められ、失火罪が成立した事例
を書きます。