刑法(殺人罪)

殺人罪(38) ~「共犯、幇助犯において、共犯者の一人が被害者を勘違いして死傷させた場合の他の共犯者の刑事責任」を解説~

共犯、幇助犯において、共犯者の一人が被害者を勘違いして死傷させた場合の他の共犯者の刑事責任

殺人を共謀した共犯者の一人が、間違って別の被害者を殺害した場合

 複数人がAの殺人を共謀し、共犯者の一人が錯誤(勘違い)により、Aではなく、Bを殺害した場合でも、他の共犯者に対し、殺人罪が成立します(詳しくは前の記事参照)。

 この点につき判示した以下の判例があります。

大審院判決(昭和6年7月8日)

 数人で殺人を共謀し、殺人を実行したところ、共犯者の一人が誤って別の人物に対する殺害行為に及んだ殺人未遂の事案で、共犯者全員に殺人罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 犯意とは、法定の範囲における罪となるべき事実の認識をいうものなれば、行為者が被害者を誤認し、殺意をもって暴行を加え、他人を殺傷したる場合においても、行為者の認識したる犯罪事実と現に発生したる事実とは、法定の範囲において一致するをもって、行為者は現に発生したる事実につき、認識を欠くものに非ざるや論なく、数人が殺人罪の遂行を共謀したる場合において、共謀者のある者が被害者を誤認し、暴行をなしたるときといえども、行為者及び他の共謀者の認識したる犯罪事実と現に発生したる事実とは、法定の範囲において符合するをもって共謀者全部に現に発生したる事実につき認識を欠くことなし

と判示し、共犯者全員に殺人未遂罪が成立するとしました。

暴行・傷害を共謀した共犯者のうちの一人が殺人罪を犯した場合

 暴行・傷害を共謀した共犯者のうちの一人が殺人罪を犯した場合、殺意のなかった他の共犯者については、傷害致死罪共同正犯が成立します。

 この点につき判示した以下の判例があります。

最高裁決定(昭和54年4月13日)

 裁判官は、

  • 殺人罪と傷害致死罪とは、殺意の有無という主観的な面に差異があるだけで、その余の犯罪構成要件要素はいずれも同一であるから、暴行・傷害を共謀した被告人Cら7名のうちのJが交番前でG巡査に対し、未必の故意をもって殺人罪を犯した本件において、殺意のなかった被告人Cら6名については、殺人罪の共同正犯と傷害致死罪の共同正犯の構成要件が重なり合う限度で、軽い傷害致死罪の共同正犯が成立するものと解すべきである
  • すなわち、Jが殺人罪を犯したということは、被告人Cら6名にとっても暴行・傷害の共謀に起因して、客観的には殺人罪の共同正犯にあたる事実が実現されたことにはなるが、そうであるからといって、被告人Cら6名には、殺人罪という重い罪の共同正犯の意思はなかったのであるから、被告人Cら6名に殺人罪の共同正犯が成立するいわれはない

と判示しました。

札幌地裁判決(平成2年1月17日)

 殺人と傷害の共同正犯の事例です。

 暴力団体G組の構成員である被告人Aが、別件での逮捕服役によって収入源を断たれてしまうことを慮り、これを確保するとともにG組の面子を保つため、被告人Bと共に、C宅に押し掛け、被告人Aにおいては殺人の犯意で、被告人Bにおいては傷害の犯意で被告人両名共謀のうえ、被告人Aにおいて所携(しょけい)の実包5発装填のけん銃でCに対し銃弾2発を連続発射して傷害を与えたという事案です。

 裁判官は、被告人Aに対しては、刑法60条(ただし、傷害の範囲で)(※共同正犯の規定)、203条(※未遂の規定)、199条(※殺人罪の規定)を適用し、殺人未遂罪を認定しました

 そして、被告人Bに対しては、刑法60条204条(※傷害罪の規定)を適用し、傷害罪を認定ました。

傷害の意思で正犯を幇助し、正犯が殺人を犯した場合

最高裁判決(昭和25年10月10日)

 正犯(傷害の実行者)が、被害者に傷害を加えるかもしれないと認識しながら、正犯に対し、あいくち(短刀)を貸与して幇助したところ、正犯が殺意をもって被害者をあいくちで刺殺した事例で、傷害の認識で短刀を貸与した幇助者に対し、殺人罪ではなく、傷害致死幇助罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 被告人の認識したところ、すなわち犯意と現に発生した事実とが一致しない場合であるから、刑法第38条第2項の適用上、軽き犯意についてその既遂を論ずべきであって、重き事実の既遂をもって論ずることはできない
  • 原判決は、右の法理に従って、法律の適用を示したもので、幇助の点は客観的には、殺人幇助として刑法第199条第62条第1項に該当するが、軽き犯意に基き、傷害致死幇助として、同法第205条第62条第1項をもって処断すべきものであることを説示したものであることは、判文上極めて明かであって、原判決の法律の適用は正当である

と判示しました。

共犯者のどちらの暴行で致死にいたらせたか不明な場合における共同正犯の認定

東京高裁判決(昭和46年3月23日)

 暴行を共謀した者のうちで、被害者を日本刀で刺して死亡させたのが、被告人両名のいずれかではあるが、いずれの者か判断できないとして、暴行の共謀による傷害致死の限度で責任を認め、量刑した事例です。

 裁判官は、

  • 被告人A、Bは、被害者に刺傷を与えた実行者でもなく、また、その共謀者でもないものとしてその刑を考量すべきである
  • 実行者がいずれともわからないからといって、その殺人の罪責を両者に分担させるような感じをもたせてはならないことは裁判の原則上当然の事理である

旨判示し、殺人罪で懲役7年に処した原判決は重すぎるとして、殺人罪よりも軽い傷害致死罪の量刑の基準で処断する判決を言い渡しました。

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