前回の記事の続きです。
殺人罪と
- 業務上過失傷害罪
- 公務執行妨害罪
- 決闘罪
との関係を説明します。
① 業務上過失傷害罪との関係
殺人罪と業務上過失傷害罪(刑法211条)が併合罪になるとした以下の判例があります。
人を熊と誤認して猟銃を2発発射し、下腹部等に命中させて瀕死の重傷を負わせたという業務上過失傷害罪と、誤射に気付き、殺意を抱いてさらに猟銃を1発発射し胸部等に命中させて即死させた殺人罪とは、併合罪になるとしました。
② 公務執行妨害罪との関係
警察官に暴行を加えて公務の執行を妨害し、その際に殺意を生じ、巡査から奪った拳銃で倒れた巡査を射殺した場合は、公務執行妨害と殺人の併合罪であるとした以下の裁判例があります。
東京高裁判決(昭和39年1月20日)
被告人は、ほか数名と共謀して、同僚を連行中の巡査から同僚を奪い返し、その際、巡査から所携の拳銃で発砲されることを防ぐため、巡査から拳銃を取り上げるなどの暴行をなし、巡査の職務を妨害する犯意で、ほか数名とともに、巡査に対し、組みつき転倒させるなど暴行を加え、所携の拳銃を取り上げた後、引き続き被告人が単独で殺意をもって奪取後の拳銃で巡査を射殺した場合、被告人の公務執行妨害行為と殺害行為とは別個の行為であって、両罪は併合罪の関係にあり一所為数法(※観念的競合のこと)の関係にあるとは認められないとしました。
③ 決闘罪との関係
殺人の意思をもってする決闘の場合には、決闘罪(決闘に関する件)のほかに殺人罪(又は殺人未遂罪、殺人予備罪)が成立し、決闘罪に関する件3条により、殺人罪の刑の重さで処断されます。
参考となる判例として、以下のものがあります。
裁判官は、
- 決闘とは、当事者間の合意により、相互に身体又は生命を害すべき暴行をもって争闘する行為を汎称するのであって、必ずしも殺人の意思をもって争闘することを要するものではない
- しかし、決闘にも殺人の意思をもって為されるものもあり得るのであるから、その場合には決闘の罪のほか、殺人の罪の成立することは前記決闘に関する法律第3条に「決闘によって人を殺傷したる者は、刑法の各本条に照らして処断す」とあるによっても明らかである
- それゆえ、殺人の意思をもって決闘の準備をした場合には、殺人予備罪が成立するものといわなければならない
と判示しました。
東京地裁八王子支部判決(平成6年12月26日)
裁判官は、
- 決闘による殺人未遂について付言するに、決闘罪に関する件3条は、決闘によって人を殺傷した者を刑法各本条に照らして処断することとし、あたかも、決闘罪の加重的類型として、決闘によって「殺傷」の結果を生じた場合について特別の構成要件を定め、刑法の殺人罪、傷害罪、傷害致死罪の刑に照らして処断することとしたもののごとくみられないでもないが、そのように解すると、殺意をもって決闘した場合であっても、「殺傷」の結果が生じなかった場合は、決闘罪に関する件2条の決闘罪の成立しか認められず、また、本件のように、傷害の結果を生じた場合であっても、殺人未遂罪の刑によることはできないことになるか、このような取扱いは、他の場合よりも決闘による場合を寛大に扱うことになり、これか不当であることは明らかである
- したがって、決闘による殺人未遂については、決闘罪と殺人未遂罪の両罪が成立するものと解すべきである
と判示しました。
【参考事例】
被害者からナイフを手渡されて喧嘩を挑まれ、その執拗な挑発に応じて被害者を刺殺したという場合について、決闘殺人罪は成立せず、単に殺人罪が成立するとした事例があるので紹介します。
神戸地裁判決(昭和61年7月30日)
《判決内容》
検察官は、本件において、決闘罪に関する件3条の適用があるとの立場をとって起訴しているが、当裁判所は同法を適用しなかったので、その理由を明らかにしておく。
本法は、西欧型の決闘の風習がわが国でも広まるおそれのあることを慮り、その弊害を除去し、社会の治安を維持するため、決闘を禁ずる目的から、明治22年に制定された特別法であるが、同法にいう「決闘」の意義に関しては、ひろく「当事者間の合意により相互に身体または生命を害すべき暴行をもって争闘する行為」と解されている。
ところで、本件においても、最終的には、被告人と被害者との間でナイフを使った喧嘩(以下「ナイフ闘争」という)をすることについての合意が成立したものと認められるのであるから、本法3条が本件に適用されるとの見解も成り立つ余地のあることは否定できない。
しかしながら、本件の具体的な内容を検討してみると、本件は、被害者らから些細なことで因縁をつけられた被告人が、1時間近くの長きにわたりナイフ闘争に応ずるようしつこく挑発されたり脅されたりした上、被告人があくまでナイフ闘争を拒みつづけると見るや、業をにやした被害者がナイフを持った手で被告人に殴りかかったり、ナイフを被告人の首筋に押し当てたりするに至ったため、被告人においても、被害者の一連の言動に憤慨・激高するとともに、もはやその場から逃げることもかなわぬ以上、ナイフ闘争を拒絶しつづけるわけにはいかないと観念したすえ、不本意ながらもこれに応じたものであって、ナイフ闘争の合意が成立するまでの経過に特異な事情の存することが特徴的である。
本法が予定している合意が、常に当事者の自由かつ任意の意思に基づくものに限られるとは言い得ないとしても、「決闘」という言葉の持つ日常的な語感に照らし、本件のごとく異常ないきさつの下に形成された闘争の合意をも含むと解するのは「決闘」概念の不当な拡張というべきであろう。
更に、およそ喧嘩と呼ばれる争いにおいては、大なり小なり闘争の合意が存すると解されるところ、これら喧嘩闘争の事案につき、本法が無限定に適用されるものでないことは明らかであって、本法の立法目的との関係からしても「決闘」概念の適用範囲には相応の限界があると解すべきである
以上の諸点を総合すると、本件は、決闘罪に関する件の立法者が想定していた規制対の射程外にあるものと認めるのが相当であり、刑法199条のみを適用すべき事案と考えられる。
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