これから数回にわたり、殺人未遂罪(刑法199条、刑法203条)について説明します。
まずは、「未遂」の考え方を説明します。
「未遂」を理解するに当たり、最初に犯罪の成立過程(時系列)を理解するのが有用です。
犯罪の成立過程(時系列)
犯罪の成立過程(時系列)は、
決意→実行の着手→実行の終了→結果の発生
の4段階になります。
「実行の着手」または「実行の終了」に至ったが、何らかの事情によって結果が発生しなかった場合を『未遂』といいます。
未遂犯とは?
未遂犯とは、
犯罪の実行に着手したが、犯罪に該当する結果が発生せず、犯罪の内容(構成要件)を完全に充足しなかった場合
をいいます。
刑法においては、未遂は、「犯罪の実行に着手したがこれを遂げなかった」と規定されています(刑法43条)。
既遂と未遂の違い
「未遂」と反対の概念は「既遂」です。
犯罪行為を実行したとき、
構成要件を充足した場合
に犯罪は既遂となります。
これに対し、犯罪行為をしたとき、
構成要件に該当する行為はあったが、構成要件を充足しなかった場合
に犯罪は未遂となります。
未遂が処罰されるのは例外
刑法は、既遂を犯罪の基本型にしており、既遂を処罰することを原則にしています。
なので、未遂犯を処罰するのは例外という法律の設計になっています。
例外がゆえに、未遂で犯罪を処罰するためには、法律の条文に個別の規定が存在する必要があります(刑法44条、203条、243条など)。
※「未遂」についてのより詳しい説明は前の記事参照
殺人罪における未遂
殺人未遂が成立するか否かを判断するに当たり、殺人の実行の着手があったかどうかを見極める必要があります。
殺人の実行の着手があり、殺害の結果が発生していなければ、殺人未遂罪が成立します。
殺人の実行の着手がなければ、殺人未遂罪も殺人罪も成立しません。
実行の着手の認定規準
殺人罪の着手時期は、一般的には、行為者が
殺意をもって人の生命に対する現実的危険性のある行為を開始した時
です。
以下で
- 殺人の実行の着手が認められ、殺人未遂罪が成立するとされた事例
- 殺人の実行の着手が認められず、殺人未遂罪は成立しないとされた事例
を紹介します。
① 殺人の実行の着手が認められ、殺人未遂罪が成立するとされた事例
大審院判決(明治35年10月30日)
継母を殺害しようと企て、昇汞(毒物)を付着させたあんもちを供したところ、継母はたまたま帰って来た子守りの女児にその内の2個を分け与え、子守りの女児がこれを食べ苦しんで吐き出したという事案で、子守りの女児に対する殺人未遂罪の成立を認めました。
大審院判決(昭和7年12月12日)
「猫いらず」という殺鼠剤を混入したまんじゅうを殺害すべき相手に交付し、食べる前に発覚した事案で、殺人の実行の着手があるとし、殺人未遂罪が成立するとしました。
名古屋地裁判決(昭和44年6月25日)
被害者に睡眠薬を飲ませて昏睡させた上、木棒で殴って完全に気絶させ、自動車で峠まで運び、運転席に座らせ、崖に衝突させるか自動車もろとも谷間に墜落させるかして、交通事故にみせかけて殺害することを計画し、睡眠薬を飲ませて睡眠中の被害者を木棒でなぐったが、被害者が目を覚まし抵抗したため、殺害の目的を遂げなかったという事案です。
裁判官は、
- 殺人行為そのものに向けられた一連の計画的行為の一部が実行され、それが次の段階の行為ひいては最終的な殺害行為を容易にするという関係にあるときは、結果発生の客観的危険性のある行為ということができる
として、殺人の実行の着手が認め、殺人未遂罪が成立するとしました。
名古屋高裁判決(判平成19年2月16日)
被告人が被害者Aに自動車を衝突させ、転倒させて動きを止めた上、刃物で刺し殺すとの計画を立てていた場合につき、 自動車をAに衝突させた時点で殺人罪の実行の着手があるとした上、Aに自動車を衝突させて傷害を負わせた後、刃物で刺すことを断念した被告人に殺人の中止未遂が成立するとした事案です。
裁判官は、
- 被告人は、自動車をAに衝突させてAを転倒させ、その場でAを刃物で刺し殺すという計画を立てていたところ、その計画によれば、自動車をAに衝突させる行為は、Aに逃げられることなく刃物で刺すために必要であり、そして、被告人の思惑どおりに自動車を衝突させてAを転倒させた場合、それ以降の計画を遂行する上で障害となるような特段の事情はなく、自動車を衝突させる行為と刃物による刺突行為は引き続き行われることになっていたのであって、そこには同時、同所といってもいいほどの時間的場所的近接性が認められることなどにも照らすと、自動車をAに衝突させる行為と刺突行為とは密接な関連を有する一連の行為というべきであり、被告人が自動車をAに衝突させた時点で殺人に至る客観的な現実的危険性も認められるから、その時点で殺人罪の実行の着手があったものと認めるのが相当である
- 被告人がAに自動車を衝突させた時点で既に実行の着手は認められ、一定の傷害は発生しているものの、重いものではなく、結果として被害者の生命に危険が生じるほどのものではなかった
- なお、関係証拠によれば、被害者が治癒するまで50日間程度要していることが認められるものの、これは、Aが長く疼痛を訴えたためであって、当初は加療約10日間程度の傷害と診断されていたほどで、結果が軽傷であったとの認定を左右する事情にはならない
- そして、被告人の計画が転倒させた被害者を刃物で刺し殺すというものであったことに照らせば、本件では、実行行為が完全に終了する前に未遂に終わったということができる
- 被告人が被害者を刃物で刺すことを断念した理由、原因は、責任能力に対する判断の過程で認定したとおり、Aへの一種の憐憫の情が湧いたか若しくは自己の行動についての自責の念が起きたためと認めるのが合理的であって、その後の被告人の行動は、刃物を自動車に残したまま降車し、Aに「ごめんなさい。」等の言葉を掛けただけで、Aに暴行や脅迫に及んでいない以上、被告人は自己の意思により殺人の実行行為を途中で中止したものと認めるのが相当である
と判示しました。
東京高裁判決(昭和48年8月7日)
犯人が運転する自動車に被害者を同乗させて海中に転落し、被害者を溺死させようとした事案につき、海中に転落することで実行行為として完了しているとして実行の着手ありとし、殺人未遂が成立するとしました。
裁判官は、
- 死亡の可能性もあり、犯人において必要と認める行為をした以上、実行の着手がある
とし、殺人未遂罪が成立するとしました。
大審院判決(大正7年11月16日)
毒物混入りの砂糖を配達人を使って被害者宅に郵便で郵送して到達させたが、被害者が毒物混入りの砂糖を食べなかった事案で、毒物を飲食し得べき状態に置いた時に毒殺行為に着手したといえるとして、名宛人が毒薬入り砂糖を受領した時に実行の着手が認められるとし、殺人未遂罪の成立を認めました。
この判例は、
- 他人が食用の結果、中毒死に至ることあるべきを予見しながら、毒物をその飲食し得べき状態に置きたる事実あるときは、毒殺行為に着手したるものにほかならず
と判示し、毒物を郵送する方法での殺人罪の実行の着手時期について述べた点も注目されます。
② 殺人の実行の着手が認められず、殺人未遂罪は成立しないとされた事例
大審院判決(明治36年6月23日)
MからBを毒殺する目的で毒薬の調合を頼まれたAが、毒薬を調合し、Mに交付した事案で、毒殺する目的でMに毒薬を交付しただけでは実行に着手したといえず、Bが毒薬を現実に服用するか服用すべき状況に供した時に始めて着手があると判示し、Aに対し、殺人未遂罪は成立せず、殺人幇助が成立するとした事例です。
裁判官は、
- 毒殺罪については、殺意をもって毒薬を調合し、これを服用せしめんとする人に渡したるとのみ所為は、未だ毒殺の実行に着手したるものにあらず
- 従って、現に毒殺を服用せしめ、又は目的の人が服用すべき状況に毒薬を供したると時において初めて実行の着手ありたるものとす
と判示しました。
大審院判決(明治37年6月24日)
モルヒネ(毒物)を撤布した酢飯を竹皮と風呂敷に包み、被害者の住宅の敷居内約30cmのところに差し置いたというだけでは、被害者が服用すべき状態に置いたといえないとし、殺人未遂罪は成立しないとしました。
裁判官は、
- 必然、人の飲食すべき状態に毒物を提供するにあらざれば、未だこれを施用したるものというを得ず
と判示し、殺人罪の実行の着手を否定し、殺人未遂罪の成立を否定しました。
実行の着手がなく、殺人予備罪にとどまるとされた事例
実行の着手がなく、殺人未遂罪は成立せず、殺人予備罪(刑法201条)にとどまるとされた事例として以下の裁判例があります。
神戸地裁姫路支部判決(昭和34年11月27日)
刺身包丁を携え、被害者宅に押し入って被害者を探し歩いたが、被害者が物音に驚いて逃走したため発見できなかった事案で、裁判官は、
- 被害者及びその家族は、被告人侵入の際の物音に驚いてすでに表戸を開いて逃走していたので、被害者はもちろん、その家族の姿も見付けることができなかったのであって、その間、何ら被害者のための実行行為に及んでいないことが認められる
- 本件のような場合、被告人が刺身包丁を携帯して被害者宅に侵入し、被害者の姿を探し求めて屋内を通り歩いた行為自体をもっては、未だ殺人の実行行為ということはできない
- 従って、殺人未遂については証明が無かったことに帰するが、殺人予備を認めたので無罪の言渡をしない
と判示し、実行の着手がなく、殺人未遂罪は成立しないが、殺人予備罪が成立するとしました。
広島地裁判決(昭和39年11月13日)
殺意をもって腹巻きに差し込んでいたあいくち(ナイフ)を抜こうとして手をかけたが、被害者がそれを見て身の危険を感じ逃走したため、あいくちさやから抜くまでにいたらなかった行為について、殺人の実行の着手はなく、殺人未遂罪は成立しないとし、殺人予備罪を認定した事例です。
裁判官は、
- 被告人は、殺意をもってあいくちに手をかけたが、未だ抜かなったことが認められる
- 従って、被告人の殺意に基づく行為は、未だ殺人の実行に着手したものではなく、殺人の予備の段階にとどまったものと解するのが相当である
と判示しました。
宇都宮地裁判決(昭和40年12月9日)
被告人の父と弟妹らの日常通行する農道の道端に農薬入りジュースを置き、同人らに拾わせて飲用させて殺害しようとしたが、ほかの家の者が拾って飲用して死亡し、父と弟妹らについては殺害の目的を遂げなかった事案です。
ほかの家の者を死亡させた点について殺人罪が成立し、父と弟妹らについては殺害の目的を遂げなかった点については、殺人の実行の着手がないとし、尊属殺人罪(現在は法廃止)の未遂罪の成立を否定し、殺人予備罪が成立するとしました。
裁判官は、
- 実行の着手については、従来学説上種々の対立があり、判例また学説と必ずしも軌を一にしないけれども、当裁判所としては、行為が結果発生のおそれある客観的状態に至った場合、換言すれば、保護客体を直接危険ならしめるような法益侵害に対する現実的危険性を発生せしめた場合をもって実行の着手があったと解するもので、この考えは殺人罪における実行の着手に関する左記諸判例から必然的に帰納されたものである
- (1)「毒殺罪については、殺意をもって毒薬を調合し、これを服用せしめんとする人に渡したる所為は、未だ実行に着手したるものに非ず。現に毒薬を服用せしめ又は目的の人が服用すべき状況に毒薬を供したる時において始めて実行の着手あるものとす」(大審院明治36年6月判決)
- (2)「刑法第293条(旧法)の罪を構成するには、被害者に対して毒物を施用したる事実あるを必要とす。而して本件被告が選びたる塩酸モルヒネは、人をして服用せしむるによって殺害の目的を達すべきものなるをもって、被告にてこれを被害者の服用すべき状態に置きたる事実、すなわち例えば、人に対し飲食物として贈与するか然らざれはその使用すべき食器にこれを装置し、あるいは飲食物を措くべき場所にこれを提供するか、いずれの場合を問はず必然人の飲食すべき状態に毒物を提供する事実あるを要す」(大審院明治37年6月24日判決)
- (3)「特定人を殺す目的をもって人を殺すに足る毒物を含有するまんじゅうをその者の家に持参し、毒物含有の事実を秘して、その者に交付したる場合に在りては、犯人において毒殺の実行手段をつくしたりものなれば、その者が未だ現実該まんじゅうを食せずとするも、既に殺人の着手ありたりというべく、従って本件において、原判決が被告人が毒薬黄燐を含有する猫いらずと称する殺鼠剤定価十銭のもの約3分の1をまんじゅう7個に混入し、Y方へ赴き、Y及びその家人の食することあるべきを認識しながら、これをYに交付したるところ、Yがこれを食せざるに先ち、事発覚してY殺害の目的を遂げざりし事実を認定し、被告人の行為を刑法第203条、第199条に問擬したるは正当にして…」(大審院昭和7年12月12日判決)
- (4)「被告は毒薬混入の砂糖をKに送付するときは、S又はその家族においてこれを純粋の砂糖なりと誤信して、これを食用し、中毒死に至ることあるを予見せしにかかわらず、猛毒薬昇汞1封度を白砂糖1斤に混じ…歳暮の贈品たる白砂糖なるが如く装い、小包郵便に付してこれをSに送付し、Sはこれを純粋の砂糖なりと思惟し受領したる後、調味のため、その1さじを薩摩煮に投じたる際、毒薬の混入し居ることを発見したるため、S及びその家族は、これを食するに至らざりし」(事実につき)「他人が食用の結果中毒死に至ることあるべきを予見しながら毒物をその飲食し得べき状態に置きたる事実あるときは、これ毒殺行為に着手したるものにほかならざるものとす」「右毒薬混入の砂糖はSがこれを受領したる時において、S又はその家族の食用し得べき状態の下に置かれたるものにして既に毒殺行為の着手ありたるものというを得べきこと上文説明の趣旨に照らし、寸毫も疑なきところなりとす」(大審院大正7年11月16日判決)
- 「実行の着手」なる概念については行為が犯罪構成要件の一部を実現することであるとし、また法益侵害の一般的、抽象的な危険の発生をもって実行の着手があるとする説もある
- かような見地からすれば、本件の場合は、被告人が毒入りジュースを農道に分散配置した時において既に犯罪の実行の着手ありとすることになろうし、また常識も一般的にこれを肯認するであろう
- しかしながら、農道に単に食品が配置されたというだけでは、それが直ちに他人の食用に供されたといえないことは明らかである
- すなわち、農村においては野ねずみ、害虫等の駆除のため毒物混入の食品を農道に配置することもあるであろうし、道に棄てた物を必ずしも人が食用に供するとは限らないからである
- もっとも本件のようにビニール袋入りのジュースでは、これを他人が発見した場合、右のような目的に使用された毒物混入食品とは思わないであろうから、比較的に拾得飲用される危険は成人はともかく、幼児などについては相当大きいといわなければならない
- 被告人は、自分の家族なればこそ以前に他人の棄てた食品を拾得して食用に供した経験があるからこれを拾得するだろうが、自分の家族以外の他人がかようなことをするはずはないと述べるけれども、本件毒物を配置した場所は自分の居宅敷地内ではなく道路であり、居宅の付近であるが、弟妹らが平素よく遊びに出掛ける箇所であるとはいえ、居宅から約400mも離れており、また以上いずれの箇所も他人が通行する場所であるのだから、他人にも拾得される危険の存することは論をまたないところである
- ただ左様な危険の存するからといって、ただちに本件被告人の行為をもって犯罪実行の着手と認めることができないのは前示のとおりであるばかりでなく、前記引用の諸判例に示された法律上の見解からすれば、なおさら本件被告人の行為をもって他人の食用に供されたと見ることはできないからである
- 以上の次第で、本件においては毒入りジュースの配置をもって尊属殺および普通殺人の各予備行為と解し、ただ本件被害者らによって右ジュースが拾得飲用される直前に普通殺人について実行の着手があり、殺害によって普通殺人罪が既遂に達しこれと尊属殺人の予備罪とは観念的競合となると解する
と判示しました。
大阪地裁判決(昭和44年11月6日)
殺意をもち凶器を携え、被害者の居室に侵入したが、それ以上の行動に出なかった場合について、殺人の実行行為の着手があったと認められないとし、殺人未遂の成立を否定し、殺人予備罪が成立するとした事例です。
裁判官は、
- 殺人罪における実行の着手とは、人を殺害する意思をもって殺人の実行行為を開始することをいうのである
- 被告人が被害者Mに対し包丁をもって切りつけ、また突き刺す行動に出なかったことはもちろん、さような態度にさえ出ようとする余裕のなかったことが明らかであるから、被告人の右動作はMに対する関係においては未だ殺害の実行行為を開始したものというをえないものと解するのが相当である
- また被害者Nに対する関係においては、被告人は殺害の意思をもっていたとはいえ、包丁をもって単に室内に入っただけであって、それ以上の行動には出ていないのであるから、被告人がNに対し、殺害の実行行為を開始したといいえないことはもちろんである
- されば、被告人の本件行為はM、N両名に対し、殺害の実行行為着手前の段階に属するものと解するのが相当であるから、被告人のM、N両名に対する殺人の予備と認定した次第である
と判示しました。
大阪高裁判決(昭和57年6月29日)
夫婦喧嘩の末、被害者である妻Aが、子ども部屋に逃げ込み閉じこもったため、都市ガス(一酸化炭素の含まれていない天然ガス)を漏出させた上、点火して焼き殺す意図で、簡易ライターを手に持ちガス栓を開き15分間ガスを漏出させたが点火するにいたらなかった場合で、殺人の実行行為の着手があったと認められないとし、殺人未遂の成立を否定し、殺人予備罪が成立するとした事例です。
裁判官は、
- 原判決は「自宅1階4畳半の子供部屋にA子が逃げ込み、その長男Bと共に同部屋に閉じこもり、A子らに同部屋から出てくるように何度も呼びかけたが、これに応じないことに激高すると共に、A子の右態度からA子が浮気をしていて、その前夫と同様自分も捨てられるものと思いつめ、そうなるよりむしろ、ガスを漏出させてそれに点火してA子を焼殺し、自己も焼死して無理心中しようと企て、直ちに、右子供部屋に隣接している台所のガス栓に接続されているガスレンジ及びガス湯沸器のホースを引き抜きガス栓2本を開き、屋内に都市ガス(天然ガス)を約15分間にわたり漏出させ、これに所携の簡易ライターで点火することでA子を焼殺しようとし、その生命に危険を生ぜしめたが、ガスの元栓を閉鎖されて逮捕されたため、同女殺害の目的を遂げなかった」との事実を認定し、これにガス等漏出罪及び殺人未遂罪を観念的競合として適用している
- そのガス等漏出罪の適用は正当であるけれども、殺人未遂の点につき、天然ガスには一酸化炭素が含まれていないから、これが漏出しても、いわゆるガス中毒死を招く危険はないものであるところ、本件において、被告人は屋内に充満したガスに点火して木造2階建の自宅を燃やし、A子を子供部屋で焼き殺すか、又は火に驚いて出て来ればこれを屋内でつかまえて焼き殺す意図をもって、ガスを漏出させた上、簡易ライターを手に持っていたことが認められ、原判決もこの事実を判示しているものと解される
- そうすると、被告人は建造物に対する放火を手段として、その一室に閉じこもっているA子を焼殺しようと企て、その放火の準備として原判示ガスを漏出させたが、点火するには至らなかったのにほかならず、このように、建造物に対する放火が殺人の手段となっている場合においては、放火の着手が同時に殺人の実行行為の着手にあたるもので、至近距離に裸火があって、ガスを漏出すれば直ちに着火することが明らかであるような場合は格別、右放火の準備として屋内にガスを漏出した上、簡易ライターを手に持っていたにとどまる被告人の右行為は、いまだ殺人の実行行為に着手したものにあたらず、殺人を目的とした殺人予備の行為に該当すると解するのが相当である
と判示しました。
①殺人罪、②殺人予備罪、③自殺教唆罪・自殺幇助罪・嘱託殺人罪・承諾殺人罪の記事まとめ一覧