これから複数回にわたり、殺人罪における中止未遂(中止犯)を説明します。
まずは、中止未遂と障害未遂の基本的な考え方を説明します。
未遂の種類
未遂は、犯罪が成立しなかった原因によって、
「中止未遂」と「障害未遂」
に分けられます。
中止未遂とは?
中止未遂とは、
犯罪の実行に着手したが、自分の意思により犯罪を中止したため、犯罪が既遂に達しなかった場合
をいいます(刑法43条ただし書)。
中止未遂の場合は、
必ず刑が減軽(刑を軽くすること)
または
免除(刑を軽くすること)
されるところが特徴です。
自分の意思により犯罪を中止したことを高く評価し、必ず刑を軽くするという法律の設計になっているのです。
障害未遂とは?
障害未遂とは、
犯罪の実行に着手したが、中止未遂にあたる理由以外の理由により、犯罪が既遂に至らなかった場合
をいいます(刑法43条本文)。
障害未遂の場合は、中止未遂と違い、
裁判官の裁量により、刑が減軽または免除される
ことがあります。
中止未遂と違い、必ず刑が軽くなるわけではないことがポイントです。
中止未遂を詳しく解説
中止未遂の成立要件
中止未遂が成立するためには、
犯罪の実行の着手後に、自分の意志により犯罪の実行をやめた
という条件が必要になります。
具体的には、
犯罪の完成を阻止する行為をした
という積極的な行為が必要になります。
『犯罪の完成を阻止する行為』とは、
- 犯罪行為に着手後、その終了前に犯罪行為の継続を放棄した場合(着手未遂)
- 犯罪行為の終了後において、結果の発生を阻止する行為をした場合(実行中止)
の2パターンがあります。
『犯罪行為に着手後、その終了前に犯罪行為の継続を放棄した場合(着手未遂)』とは?
たとえば、
- 拳銃を相手の頭に突きつけたが、引き金を引くのをやめた場合
- バッグの中から財布を盗もうとして、バッグの中に手を突っ込んだが、バッグの中から財布を抜きとるのをやめた場合
が『犯罪行為に着手後、その終了前に犯罪行為の継続を放棄した場合(着手未遂)』にあたります。
『犯罪行為の終了後において、結果の発生を阻止する行為をした場合(実行中止)』とは?
たとえば、
被害者の首を果物ナイフで突き刺したところ、流血を見て驚愕するとともに悔悟の情から、被害者の首にタオルを当てたり、救急車を呼んで医師の手当てを受けさせたりして被害者の一命を取り止めた場合(福岡高裁 S61.3.6)
は、『犯罪行為の終了後において、結果の発生を阻止する行為をした場合(実行中止)』となります。
中止未遂となるためには、犯人自身が、結果の発生を阻止すべく、真摯な努力をしたことが必要になります。
結果発生防止のための真摯な努力をしたと認められるためには、
- 第三者に助けを頼むだけ
- 被害者を病院に連れていくだけ
- 救急車を呼ぶだけ
という程度では足りず、これだけでは中止未遂になりません。
中止未遂となるためには、犯人自身が、結果発生防止のための最善の努力を尽くす必要があるのです。
障害未遂を詳しく解説
障害未遂となるかどうかの考え方はシンプルです。
中止未遂が成立しなければ、障害未遂が成立する
という考え方になります。
障害未遂かどうかの判断基準のポイントは以下のとおりです。
- 犯罪の発覚を恐れて犯行に着手しなかった場合
- 恐怖、驚愕、憎悪で犯行を着手しなかった場合
というように、恐怖、驚愕・憎悪という心理的要因が影響して犯行を中断した場合は、中止未遂の成立要件である「自分の意志により犯罪の実行をやめた」にはあたらず、障害未遂になります(最高裁判例 S24.7.9)。
これに対し、
- 反省、後悔、あわれみの気持ちで犯行に着手しなかった場合
- 縁起をかついで犯行に着手しなかった場合
は、「自分に意志により犯罪の実行をやめた」にあたり、中止未遂になるとされます。
次回記事に続く
次回の記事で、殺人罪における中止未遂(中止犯)について、事例をあげて説明していきます。
①殺人罪、②殺人予備罪、③自殺教唆罪・自殺幇助罪・嘱託殺人罪・承諾殺人罪の記事まとめ一覧