刑法(殺人予備罪)

殺人予備罪(3) ~「どのような行為が殺人予備罪の行為になるか」「殺人を共謀する行為は、殺人予備罪を構成しない」を解説~

どのような行為が殺人予備罪の行為になるか?

 殺人予備罪(刑法201条)は、

他人を殺す目的で、凶器を用意したり、予定の現場を下見したりする罪

です。

 どのような行為が殺人予備罪の行為になるかを説明します。

 殺人予備罪の行為の代表例は、

  • 凶器や毒薬を準備する

というような物的・有形的な行為です。

 物理的・有形的な行為のほか、無形的なものも殺人予備罪を構成する行為になり、例えば、

  • 被害者宅の様子を見に行って犯行の方法を検討する
  • あらかじめアリバイエ作をし、間接的に犯行を容易にする

といった行為も殺人予備罪の行為になります。

 ただし、客観的に殺人の実行行為を可能にし、容易にする性質のものでなければなりません。

 例えば、人を呪い殺すつもりで藁人形を作ったりする行為は、殺人の実行を可能にする行為ではないので、殺人予備罪になりません。

殺人予備罪が成立するためには、客観的・実質的な危険性が認められさえすればよい

 殺人予備が成立するためには、客観的・実質的な危険性が認められさえすればよく、殺人の実行の着手との時間的・場所的な近接性は必ずしも要求されません。

 犯罪の現場に赴き、被害者に近づくなど、実行の着手にいたらないこれに近接した行為も殺人予備になり得えます。

 参考となる裁判例として、以下のものがあります。

東京地裁判決(平成8年3月22日)

 オウム真理教信者らが組織的にサリン生成プラントを建設してサリンの大量生成を企てた行為について、殺人予備罪を認定した事例です。

 裁判官は、

  • サリンが一定量生成されたこと、生成に必要な化学薬品等が購入されたこと等を総合的に考慮して、殺人罪の構成要件実現のために客観的に相当の危険性の認められる程度の準備が整えられた時期が殺人予備の成立時期である

としました。

殺害計画が内心にとどまるうちは、殺人予備罪を構成しない

 殺害計画の実行を決意するなどの単なる内心的事実は、殺人予備罪を構成しません。

 例えば、殺人計画をノートに書く行為について、殺人計画がノートに記載されて形に現れたとしても、この段階では殺人の予備として十分な危険性もなく、これを殺人予備罪として処罰すれば、実質的に内心を処罰するのと変わらないから、この段階では殺人予備罪は成立しないといえます。

殺人を共謀する行為は、殺人予備罪を構成しない

 複数の人が殺人を共謀することは、殺人予備になるかどうかについて、結論は、殺人予備罪になりません。

 殺人を複数人で共謀する行為は、単なる内心的事実にとどまらないだけでなく、相互に意思を通じあわせ決意を強め合うことにより、犯罪実現の危険も増しているから、法で処罰すること自体は不当といえません。

 しかし、刑法は、予備のみを処罰するもの(殺人予備、放火予備、通貨偽造予備、身代金目的誘拐・強盗予備)と、予備及び陰謀(犯罪を実行することについて、二人以上の者が合意することをいう)の両者を処罰するもの(内乱罪外患罪私戦罪)とを区別しているから、共謀が成立したという事実だけでは、予備罪として処罰しない趣旨であると解されています。

 ただし、他の有形的・無形的な殺人の準備がこれに結び付けば、共謀も予備行為の一部となります。

 共謀が予備罪に結び付いた事例として、強盗罪の事案ではありますが、以下の裁判例があります。

福岡高裁判決(昭和28年1月12日)

 この判例は、被告人が、匕首(短刀)を所持携帯していた共犯者から「どこか押し入るのによい所はないか」と話しかけられ、被害者の家を教えて共謀が成立し、時間をつぶす間に、被告人が強盗に用いるための匕首の刀身を雑草などで研磨した行為を行い、その後、強盗の共犯関係から離脱した事案について、「数人が強盗を共謀し、強盗の用に供すべき『匕首』を磨くなど強盗の予備をなし」と判示し、被告人に対し、強盗予備罪の共同正犯の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 数人が強盗を共謀し、強盗の用に供すべき「匕首」を磨くなど強盗の予備をなした後、その うちの一人がその非を悟り、犯行から離脱するため現場を立ち去った場合、たとい、その者が他の共謀者に対し、犯行を阻止せず、又該犯行から離脱すべき旨明示的に表意しなくても、他の共謀者において、右離脱者の離脱の事実を意識して残余の共謀者のみで犯行を遂行せんことを謀った上、犯行に出でたときは、残余の共謀者は離脱者の離脱すべき黙示の表意を受領したものと認めるのが相当であるから、かかる場合、離脱者は当初の共謀による強盗の予備の責任を負うに止まり、その後の強盗につき共同正犯の責任を負うべきものではない
  • けだし、一旦強盗を共謀した者といえども、強盗に着手前、他の共謀者に対し、これより離脱すべき旨表意し、共謀関係から離脱した以上、たとい後日、他の共謀者において、犯行を遂行してもそれは、離脱者の共謀による犯意を遂行したものということができない
  • しかも、離脱の表意は必ずしも明示的に出るの要がなく、黙示的の表意によるも何ら妨げとなるものではないからである
  • さすれば、当裁判所が説示した被告人の前示所為は、まさしく刑法第237条所定の強盗予備罪を構成することが明かである

と判示しました。

次の記事

①殺人罪、②殺人予備罪、③自殺教唆罪・自殺幇助罪・嘱託殺人罪・承諾殺人罪の記事まとめ一覧