刑法(殺人予備罪)

殺人予備罪(1) ~「殺人予備罪とは?」「殺人予備罪の成立要件と故意」を解説~

 これから複数回にわたり、殺人予備罪(刑法201条)を説明します。

殺人予備罪とは?

 殺人予備罪は、

他人を殺す目的で、凶器を用意したり、予定の現場を下見したりする罪

です。

 殺人罪(刑法199条)は人命に係わる重罪であることから、殺人の実行の着手にいたる前の準備行為(殺人予備行為)をも処罰の対象とすることによって、人命に対する危害を未然に防止し、その保護を厚くしようとするのが、殺人予備罪の設立の趣旨です。

特別規定

 殺人予備罪の特別規定として、以下の法律があります。

1 破壊活動防止法39条

 同法39条は、政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対する目的をもって、刑法199条の罪の予備、陰謀若しくは教唆をなし、又はこれらの罪を実行させる目的をもってするその罪のせん動をなした者を、5年以下の懲役又は禁錮に処するとしています。

2 組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(組織的犯罪処罰法)6条

 同法6条は、団体の活動として組織的に行われた殺人の予備の刑を加重し、5年以下の懲役としています。

3 軽犯罪法1条2号

 同法1条2号は、正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者を、拘留又は科料に処するとしています。

 刃物を準備するなどの予備行為に殺意がない場合は、軽犯罪法1条2号が成立し得ることになります。

殺人予備罪の成立要件

 殺人予備罪は、殺人罪を犯す目的(※)で、その実行行為にいたらない準備行為を行うことによって成立します。

(※)殺人罪を犯す目的とは

 殺人の目的は、何かあれば誰かを殺すことがあり得るというような漠然としたものでは不十分であって、

計画として具体的に特定したものでなければならない

と解されています。

殺人予備罪の故意

 殺人予備罪は故意犯なので、犯罪の成立には「殺人の予備行為をする」という故意が必要になります(故意についての詳しい説明は前の記事参照)。

 故意は、

確定的故意 と 不確定的故意

に分けることができます。

 確定的故意とは、

犯罪事実の実現を確定的なものとして認識・容認している場合の故意

のことをいいます。

 例えば、Aを殺すつもりで、Aをナイフで刺した場合は、確定的故意があったと認めることができます。

 不確定的故意とは、

犯罪事実の実現を不確定ながらも認識・容認していた場合の故意

のことをいいます。

 例えば、Aが死ぬかもしれないと思いながらAを木刀で殴り、結果、Aを殺してしまった場合は、不確定的故意があったと認めることができます。

 そして、不確定的故意は、

  1. 択一的故意
  2. 包括的故意
  3. 未必の故意
  4. 条件付きの故意

の4つに分けられます。

 ①択一的故意とは、

2つの客体(被害者)のどちらかに犯罪結果が生じるかは確定的であるが、どちらの客体に結果が生じるかは不確定な場合の故意

をいいます。

 たとえば、AとBのどちらかを殺すつもりで、拳銃を発砲したが、AとBのどちらに命中するかは不確実であった状況がこれにあたります。

 「Aを殺す」、「Bを殺す」という2個の結果のうち、どちらか一方の実現を認識・容認したが、どちらが実現するかは不確実であった場合の故意が択一的故意です。

 ②包括的故意とは、

一定範囲内のどれかの客体(被害者)に犯罪結果が生じることは確定的であるが、その個数や客体が不確定な場合の故意

をいいます。

 たとえば、「誰かが死ねばいい」と思って、群衆に向かって拳銃を発砲した場合の故意が包括的故意にあたります。

 一定範囲内にいる客体のどれかに結果が発生することを認識・容認していた場合が包括的故意となります。

 ③未必の故意とは、

犯罪結果の発生を確実なものとして認識・容認していないが、犯罪結果が発生しても構わないと考え、犯罪結果を発生させることが可能なものとして認識・容認している場合の故意

をいいます。

 例えば、相手にバカにされて頭にきたので、相手を木刀で殴った場合に、「相手は死ぬかもしれないが、それでも構わない」と思っていたのなら、殺人の未必の故意が認められ、殺人罪が成立することになります。 

 ④条件付き故意とは、

犯罪の遂行を一定の事態の発生にかからせていた場合の故意

をいいます。

 例えば、仲間と共謀して、共謀した仲間に人を殺させた場合は、殺人の条件付き故意が認められます。

 殺人予備罪は、

  1. 択一的故意
  2. 包括的故意
  3. 未必の故意
  4. 条件付きの故意

のいずれの故意の場合でも成立します。

殺人予備罪における択一的故意(殺意)

 殺人予備罪は、殺意を向ける対象が被害者A、Bのいずれなのかという点の認識が不確実な択一的故意の場合でも成立するとされます。

殺人予備罪における包括的故意(殺意)

 殺人予備罪は、殺害の結果は確定的なものとして予見しているが、それがどの客体(被害者)に生ずるのか、その個数はいくつなのかという点の認識が不確実な包括的故意の場合でも成立するとされます。

殺人予備罪における未必の故意(殺意)

 殺人予備罪で、未必の故意(殺意)の場合に、殺人予備罪の成否について触れた2つの裁判例を紹介します。

 片方の裁判例は、未必の故意(殺意)でも殺人予備罪が成立するとしたのに対し、片方の裁判例は、殺害の明確な決意がなかったとし、未必の故意(殺意)では殺人予備罪は成立しないとした事例です。

 殺意が不明確であるなど、状況によっては、未必の故意(殺意)では殺人予備罪の成立が否定されることがあるといえます。

大阪高裁判決(昭和39年4月14日)

 殺人予備罪について、必ずしも確定的な殺意に基づいて予備行為をする必要はなく、未必的な殺意に基づく場合を含むと判示した事例です。

 裁判官は、

  • 刑法201条にいわゆる「前2条の罪を犯す目的」(以下単に殺人の目的と称する)は殺人予備罪の特別の主観的要素であって、この要素が構成要件であるか、それとも責任要素であるか、はた又違法性要素であるかについては、学説判例の一致しないところであるけれども、いずれにしても、この殺人予備罪が成立するがためには、「殺人の目的」について故意の内容としてその認識を必要とするものといわなければならない
  • この「殺人の目的」についての認識は、確定的排他的であることを要するものではなく、いやしくも目的についての認識があり、言い換えれば、殺意が認められる以上、それが条件付であると否とにかかわらいものというべく、又その目的についての認識、すなわち殺意が未必にかかる場合でも差し支えないものと解するを相当とする
  • 何となれば、未必の殺意をもって人を殺害せんとした場合には殺人罪の既遂、未遂が成立するに反し、未必の殺意をもってその予備をなした場合には殺人予備罪が成立しないということは、殺人罪の予備、未遂、既遂が等しく一連の発展段階であるにもかからず、故意の内容である殺意の点においてその認識に差等を設けることは必ずしも当を得たものではない

と判示し、殺意をもって殺人予備をなした以上、その殺意が未必的であっても殺人予備罪を構成するとしました。

大阪地裁判決(昭和34年2月4日)

 この裁判例は、上記裁判例とは逆に、殺人の目的は明確な決意でなけれぼならず、未必的なものでは足りないとした事例です。

 裁判官は、

  • 被告人Nが刺身包丁をもって、Yに傷害を与えて復讐する意思の下に剌身包丁を隠して携帯してYを探していたことは、証拠によって認められるけれども、被告人Nに、Yの生命を断つ意思、すなわち殺人の明確な犯意があったと認めるに足る証拠はない
  • 被告人Nの司法巡査、検事に対する各供述調書中には、被告人NにはY殺害の意思があった旨の供述記載が存するけれども、その記載が被告人Nの真意に基づくものであるかは甚だ疑わしい
  • 被告人Nの司法巡査、検事に供述した犯意の内容は、右剌身包丁で「Yをいてしもてやる(※痛めつけてやろうか)」というのであったところ、右各取調官はこの被告人Nの表現と刺身包丁の凶器としての凄さから、被告人NはYに対し殺意を抱いていたと速断し、その偏見に捕われた結果、前示のように被告人Nが殺意を認めたかの如き被告人Nの真意に反する供述記載となったものと認められるのである
  • 「いてしもてやる」という表現は、それ自体殺意を表明するものでなやことはもちろん、凶器たる剌身包丁との関連において、同剌身包丁をもって徹底的に傷害を加えてやるという意思を表明しているものとしても、なお、Yの生命を断たんとする決意の発露であるとは速断してはならないのてある
  • 憤怒の余り相手に対し「殺してやる」との怒声を発した場合においてさえも真の殺意(実現可能の殺意)が存在しない場合のあることはしばしば経験されるところである
  • 刑法第201条の殺人予備罪における「殺人罪を犯す目的をもって」は明確な決意でなければならないのであって、剌身包丁は刃渡り22センチの鋭利なものであるから、これをもって徹底的に傷害を加えれば被害者の生命が断たれる危険性が大きい、従って場合によっては被害者は死に至るかも知れないと考えていたとしても、かかる心理状態は殺人予備罪における「殺人罪を犯す目的をもって」に当たるとは言えない

と判示し、殺人予備罪における「殺人罪を犯す目的をもって」は明確な決意でなければならないとし、殺人予備罪の成立を否定し、軽犯罪法1条2号の罪を認定しました。

殺人予備罪における条件付きの故意(殺意)の裁判例

 相手方の態度によっては殺害行為に出るというような、殺害を一定の事態の発生にかからせた条件付きの故意(殺意)の場合で、殺人予備罪の成立を認めた裁判例があります。

大審院判決(明治42年6月14日)

 裁判官は、

  • 「最終の厳談をし、もし応じなければ殺害しよう」と決意していた場合、殺意は条件付きであるとしても、殺害の意思を確定して予備をした以上は殺人予備罪が成立する

としました。

大審院判決(大正14年12月1日)

 裁判官は、

  • 条件付き殺意を有する者が、殺人に関し、予備の行為をなしたるときは、殺人予備罪を構成す

と判示しました。

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