前回の記事の続きです。
公判手続は、冒頭手続→証拠調べ手続 →弁論手続→判決宣告の順序で行われます(詳しくは前の記事参照)。
前回の記事では、証拠調べ手続のうちの
証拠調べ請求
を説明しました。
今回の記事では、
証拠調べ請求の方法
を説明します。
証拠調べ請求の方法(立証趣旨を明らかにする)
証拠調べ請求は、検察官にとっては、
犯罪事実を証明する証拠を裁判官に提出することを請求する手続
です。
被告人又は弁護人も、自分が犯人でない証拠や、自分の情状を良くするための証拠を裁判官に提出するために、証拠調べ請求を行う場合があります。
検察官、被告人又は弁護人は、裁判官に対し、証拠調べ請求を行うに当たり、
立証趣旨(証拠とその証拠によって証明すべき事実との関係)
を、証拠調べ請求の書面に記載する方法により、具体的に明示した上で行う必要があります(刑訴法規則189条1項)。
証拠調べ請求した証拠について、相手方(検察官が請求した証拠であれば、被告人又は弁護人)は、その証拠に対し、意見(異議があるのか、ないのか)を述べる必要があります。
そこで、相手方がその意見を適切に述べることができるようにし、かつ、裁判所が証拠の採否を判断できるようにするため、立証趣旨を明らかにすることとされています。
立証趣旨を明らかにせずに証拠調べ請求を行った場合、その請求は裁判官に却下される場合があります(刑訴法規則189条4項)。
証拠調べ請求する証拠の種類
証拠調べ請求する証拠の種類は、
- 人証(にんしょう)(証人・鑑定人・通訳人・翻訳人による法廷での証言による証拠)
- 証拠書類(供述調書、警察官が作成した報告書など)
- 証拠物(殺人事件で犯行に使われたナイフ、防犯カメラ映像が記録されたディスクなど)
に分けられます。
以下で①~③のそれぞれについて説明します。
① 人証の証拠調べ請求
証人の氏名、住居を記載した書面の提出(提出不要となる場合あり)
人証(証人・鑑定人・通訳人・翻訳人)を証拠調べ請求するときは、その者の氏名・住居を記載した書面を裁判官に差し出す必要があります(刑訴法規則188の2第1項)。
人証の証拠調べは、公判において、法廷に人証となる人物(証人)を呼び、証人を尋問する方法(検察官、弁護人、裁判官がその者に質問をし、証言を得る方法)で行われます。
相手方(検察官が証拠調べ請求した場合は、被告人又は弁護人)に対しては、あらかじめ、証人の氏名・住居を知る機会を与えなければなりません(刑訴法299条本文前段)。
ただし、相手方に異議のないときは、証人の氏名、住居を知る機会を与える必要はありません(刑訴法299条1項ただし書)。
相手方に、証人の氏名・住居を知る機会を与えるのは、相手方に対して不意打ちを与えないためです。
よって、相手方に異議のないときは、証人の氏名・住居を知る機会を与えなくても問題がないとなります。
証人への尋問事項を記載した書面(尋問事項書)の提出(提出不要となる場合あり)
人証の尋問を請求した者(検察官が証拠調べ請求した場合は、検察官)は、原則として、裁判官の尋問の参考に供するため、裁判官に対し、証人への尋問事項を記載した書面(尋問事項書)を差し出す必要があります。
ただし、公判において、訴訟関係人(検察官、弁護人又は被告人)にまず証人を尋問させる場合は、裁判官に尋問事項書を提出することは不要になります(刑訴法規則106条、135条、136条)。
また、裁判官がまず尋問する場合でも、 裁判長が相当と認める場合は、尋問事項書を提出させなくてよいとされます(刑訴法規則106条4項)。
証人に対する尋問は、裁判官が先に尋問することもできれば、訴訟関係人(検察官、弁護人又は被告人)に先に尋問させることもできます(刑訴法304条3項、刑訴法規則199条の2)。
また、尋問事項書の提出を要するのに提出しない場合は、裁判官に証人尋問の請求が却下されることがあります(刑訴法規則107条)。
【公判期日ではない日に証人を尋問する場合は、必ず尋問事項書を裁判官に提出しなければならない】
証人尋問は、公判期日に行われるのが原則ですが、例外的に、公判期日外に証人尋問を行うことができます(刑訴法281条)。
公判期日外の証人尋問には、裁判所内で行われるものもあれば、裁判所でない場所で行われるものがあります(刑訴法158条)。
公判期日ではない日、しかも裁判所外で証人尋問が行われる場合とは、証人の健康状態が悪いなどで、公判の日に裁判所に出廷できないなどの場合が考えられます。
公判期日外に証人を尋問する場合には、裁判所は、当事者(検察官、被告人又は弁護人)に、あらかじめ、尋問事項を知る機会を与えなければなりません(刑訴法158条2項、刑訴法規則108条、109条)。
よって、公判期日外に証人を尋問する場合には、証人の証拠調べを請求した者は、必ず尋問事項書を裁判官に提出しなければなりません(刑訴法規則106条4項)。
【公判前整理手続、期日間整理手続に付された事件については、証言予定内容書面の提出を要する】
公判前整理手続、期日間整理手続に付された事件については、相手方に対し、証人の氏名・住居を知る機会を与えるたけでなく、
- 既に作成されている証人の供述調書のうち、その者が公判期日において供述すると思われる内容が明らかになるものを閲覧・謄写する機会を与えること
- 証人の供述調書が存在しないとき、又はこれを閲覧させることが相当でないと認めるときは、その者が公判期日において供述すると思われる内容の要旨を記載した書面(証言予定内容書面)を閲覧・謄写する機会を与えること
が必要とされます(刑訴法316条の14第1項2号)。
証人尋問に要する時間の申告
検察官、被告人又は弁護人は、証人尋問を請求するときは、尋問に要する見込みの時間を裁判官に申し出る必要があります(刑訴法規則188条の3)。
また、証人尋問を請求した検察官又は弁護人は、証人その他の関係者に事実を確かめる等の方法によって、適切な尋問ができるように準備しなければならないとされます(刑訴法規則191条の3)。
②証拠書類・③証拠物の証拠調べ請求
証拠書類、証拠物の閲覧と証拠書類に対する意見(同意・不同意)
証拠書類、証拠物の取調べを請求するときは、相手方(検察官が証拠調べ請求した証拠であれば、被告人・弁護人)に異議がない場合を除き、あらかじめ、相手方にこれを閲覧する機会を与えなければなりません(刑訴法299条本文後段ただし書)。
証拠書類について、弁護人に閲覧をさせたときは、検察官は、弁護人からその証拠書類についての意見(刑訴法326条の同意をするか否か)の回答を求めます。
弁護人が、閲覧した証拠書類(検察官が裁判に犯罪事実を立証するために提出しようとする証拠書類)に対し、同意の意見を述べた場合は、検察官は、その証拠書類を裁判官に提出することができます。
しかし、弁護人が不同意の意見を述べた場合、検察官は、その証拠書類を裁判官に提出することができません。
※ このことは、弁護人が裁判官に提出しようとする証拠書類の場合も同じであり、検察官は、その証拠書類を閲覧し、弁護人に対し、同意・不同意の意見を述べます。
その証拠書類に記載されている供述人(被害者、目撃者、警察官など)の供述が、検察官の立証上必要なものであれば、検察官は、その証拠書類の請求に代えて、供述者を証人として証拠調べ請求することになります(上記の「①人証の証拠調べ請求」の手続を行うことになる)。
これは、裁判のルールが、供述人(被害者、目撃者、警察官など)を直接公判廷に呼んで証言を得るというのが原則となっているためです(これを直接主義をいいます)。
【検察官が証拠調べ請求をしない証拠を被告人・弁護人に閲覧させる必要はない】
検察官が証拠調べ請求する意思のない証拠は、被告人・弁護人に閲覧させる必要はありません。
しかし、場合によっては、検察官が証拠調べ請求する意思のない証拠について、裁判所が、訴訟指揮権に基づき、検察官に対し、開示すべきことを命じることができます。
これを「証拠開示命令」といいます。
この点について、以下の判例があります。
最高裁は、
- 裁判所は、その訴訟上の地位にかんがみ、法規の明文ないし訴訟の基本構造に違背しないかぎり、適切な裁量により公正な訴訟指揮を行ない、訴訟の合目的的進行をはかるべき権限と職責を有するものである
- 本件のように証拠調の段階に入った後、弁護人から、具体的必要性を示して、一定の証拠を弁護人に閲覧させるよう検察官に命ぜられたい旨の申出がなされた場合、事案の性質、審理の状況、閲覧を求める証拠の種類および内容、閲覧の時期、程度および方法、その他諸般の事情を勘案し、その閲覧が被告人の防御のため特に重要であり、かつ、これにより罪証穏滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当と認めるときは、その訴訟指揮権に基づき、検察官に対し、その所持する証拠を弁護人に閲覧させることを命ずることができるものと解すべきである
と判示しました。
裁判所が証拠開示命令を発しない場合、検察官に証拠の開示義務がなく、被告人・弁護人はその証拠の閲覧請求権を有しません。
【裁判官の違法な証拠開示命令に対し、検察官は不服申し立てができる】
上記判例記載の「事案の性質、審理の状況、閲覧を求める証拠の種類および内容、閲覧の時期、程度および方法、その他諸般の事情を勘案し、その閲覧が被告人の防御のため特に重要であり、かつ、これにより罪証穏滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当と認めるとき」という要件を具備しない裁判官の証拠開示命令は違法となります。
違法な証拠開示命令に対し、検察官は、証拠調べに関する異議を申し立てることができます(刑訴法309条)。
検察官は、裁判官が行った異議申し立てに対する決定(異議申し立てに対する裁判所の返答)に対し、不服がある場合は、判例違反として特別抗告(刑訴法433条)をすることができます。
【公判前整理手続、期日間整理手続に付された事件については、裁判所は証拠開示命令や証拠提示命令をすることができる】
公判前整理手続、期日間整理手続に付された事件については、裁判所は証拠開示命令や証拠提示命令をすることができることが法で定められています(刑訴法316条の25、26、27)。
公判前理手続、期日間整理手続は、事件の争点や証拠を整理し、公判が円滑に遂行できるようにすることを目的として行う公判準備手続です。
よって、上記判例によって認められていた裁判所の訴訟指揮権に基づく証拠開示命令に代わるものとして、刑訴法316条の25・26・27において、 証拠開示命令や証拠提示命令の手続がルール化されています(手続の具体的な内容の説明は前の記事参照)。
証拠書類の標目を記載した書面の提出
証拠書類その他の書面の取調べを請求するときは、その標目を記載した書面を裁判所に差し出さなければなりません(刑訴法規則188条の2第2項)。
証拠書類が捜査記録の一部である場合、その捜査記録から分離して取調べ請求をする必要がある
証拠類その他の書面が捜査記録の一部であるときは、検察官は、できる限り他の部分と分離してその取調べを請求しなければなりません(刑訴法302条)。
そして、証拠書類その他の書面の部分についてのみ取調べを請求する場合には、請求する部分を明確にしなければなりません(刑訴法規則189条2項)。
例えば、被害者の供述調書について、弁護人が、その一部についてのみ同意(刑訴法326条)し、供述調書に記載された被害者の一部の供述のみ裁判官に証拠として提出できることになった場合に、弁護人が同意しなかった部分(不同意部分)については、検察官は、黒塗りを入れて隠すなどし、裁判官の目に触れないようにしなければなりません。
このようにするのは、裁判官が予断・偏見を抱くことを防ぐためです。
捜査記録の一部についてのみ証拠能力がある場に、その全部について取調べを請求させると、裁判官が証拠能力のない証拠によって、予断・偏見を抱くおそれがあります。
なので、供述調書の一部分についてだけ同意があったときは、検察官は、その同意部分を明確にした上で、その部分についてのみ取調べを請求することになります。
次回の記事に続く
次回の記事では、証拠調べ請求における
証拠調べ請求において、人証(証人・鑑定人・通訳人・翻訳人)の人定事項を秘匿するなどして保護するための具体的な手続
を説明します。