前回の記事の続きです。
前回の記事では、公務執行妨害罪の暴行に当たるとされた事例を紹介しました。
今回の記事では、前回の記事とは反対に、公務執行妨害罪の暴行に当たらないとされた事例を紹介します。
公務執行妨害罪の暴行に当たらないとされた事例
福岡高裁判決(昭和25年6月27日)
司法警察員が、差押許可状の執行として被告人の家にあったどぶろくを差し押さえようとするに当たり、その容器をその場に転がして、どぶろくを流失させた行為について、公務執行妨害罪の暴行に当たらないとしました。
この判決で、裁判官は、
- 容器の転倒あるいは醪(濁り酒)の流失が司法警察員等に対して行われたのであれば格別、単に容器をその場にころがして醪を流失せしめたのみでは、未だもって公務員に対し暴行又は脅迫が為された場合に該当するものとは解し難い
と判示しました。
この事案では、被告人が醪を流出させたのが、警察官が差押許可状を呈示し、その執行に着手した後であったのか証拠上判然としないという事情があいまって、公務執行妨害罪の成立が否定されたものです。
この裁判例から、被告人の暴行が、公務の執行に着手する以前の行為であったと認定される場合は、公務執行妨害罪の成立が認められにくくなると考えられます。
東京高裁判決(昭和26年4月13日)
警察官が、被告人の家において密造酒を押収しようとして屋外で待機していたところ、被告人が突如屋内に駆け込み、鉈を振るって密造酒入の樽を打ち壊したので、警察官がこれを制止したのにかかわらず、怒声を上げて威嚇的態度を示しながらその樽を壊したり横倒しにしたりした行為について、公務執行妨害罪の暴行に当たらないとしました。
この裁判例も、上記裁判例と同じく、被告人の暴行が、公務の執行に着手する以前の行為であったと認定されたため、公務執行妨害罪の成立が否定されたと考えられます。
収税官吏の捜索押収中の現場において、犯則物件を破壊したり、押収物件を積んだ自動車内からその押収物件を取り出して投棄破壊したりしたというだけで、収税官吏の面前で前記物件を破壊したという事実が認められないときは、公務員に対し間接に暴行を加えたとは認め難いとし、公務執行妨害罪の成立を否定しました。
この判決で、裁判官は、
- 被告人が前記物件に対し、暴行をする際、ただ付近に公務執行中の収税官吏がいた事実が認められるだけであって、証拠物件として保管監視中の収税官吏の面前で右物件を破壊したとの如き事実も認められず、これをもっては職務執行中の公務員に対し間接に暴行を加えたものと認め難い
- もしその他にこの所為が職務執行中の公務員に対し、間接に暴行を加えたものと認めるに足る証拠がないとすれば、被告人の所為は器物毀棄罪を構成するに過ぎない
と判示しました。
この裁判例は、明らかに公務員の面前での行為でないことを理由に、公務員に対する暴行と認定されなかったものです。
高松高裁判決(昭和37年4月19日)
執行吏が仮処分命令に基づき建てた公示札を、その執行吏から2、3間離れた目前で撤去し、これを谷底へ撤去した行為について、公務執行妨害罪の暴行に当たらないとしました。
東京地裁判決(昭和41年1月21日)
参議院事務次長に迫り、その机上にあった書類を両手でかき回して散乱させた行為について、公務執行妨害罪の暴行に当たらないとしました。
秋田地裁判決(平成9年9月2日)
交通違反で取調べを受けた際、警察官から点数切符を奪って切り裂いた行為について、公務執行妨害罪の暴行に当たらないとしました。
この判決で、裁判官は、
- 被告人がテーブルの上に置いてあったバインダーから点数切符をつかみ取った行為は有形力の行使であることは明らかである
- その際に、S巡査の左手がバインダーまたは点数切符に添えられており、被告人の行使した有形力がS巡査に感応するものであったとしても、それだけでは、公務員に対する暴行ということはできない
- 例えば、公務員が職務執行中、書類等を所持していたところ、その隙を見てそれをひったくる行為は、当該公務員の身体に感応するものではあるが、それだけでは公務員に対する暴行とはいえない
と判示しました。